第135話:アイギス・フォート防衛戦(後編) - 双つの剣
ドゴォォォォォォォンッ!!
鼓膜を破るような轟音と共に、石畳が爆ぜた。
「がはっ……!?」
リゼットの苦悶の声が、土煙の中に消える。
“獣王”グラッフが振り下ろした戦斧の一撃。
それは、とっさに防御態勢をとったリゼットの大斧ごと、彼女を地面深くに叩き伏せるほどのデタラメな威力だった。
足元の石畳がクレーターのように陥没する。
リゼットは衝撃で内臓を揺さぶられ、口から鮮血を吐き出した。
陥没した穴の中で、指一本動かせない。
「リゼット!」
カイルが叫び、駆け寄ろうとする。
だが、彼の行く手を、肉の壁が阻んだ。
「グルァァァッ!!」
グラッフの親衛隊である、全身を鎧で固めた重装オークたちだ。
それらが数体、主の狩りを邪魔させまいと、カイルの周りを取り囲んでいたのだ。
「どけぇぇッ! 邪魔だァッ!!」
カイルは風を纏ったシールドバッシュで、正面のオークを吹き飛ばす。
だが、分厚い肉の壁をこじ開けるには、わずかな時間が必要だった。
その、ほんの数秒のタイムラグが、致命的だった。
グラッフは残虐な笑みを浮かべ、陥没した地面で動けないリゼットを見下ろしていた。
「ふん、口ほどにもない。まずは貴様からだ! 挽肉になれ!」
グラッフが、血に濡れた巨大な戦斧を、再び頭上へと振り上げる。
「させませんッ!!」
裂帛の気合と共に、イリスが叫んだ。
彼女は親衛隊の隙間を縫うように身軽に疾走し、カイルより一瞬早く、グラッフの懐へと滑り込んだ。
(間に合って……!)
彼女はリゼットを庇うように、グラッフの前に立ちはだかる。
手には、愛用の白銀の騎士剣。
対するは、城壁をも砕く破壊の戦斧。
「死ねぇぇぇッ!!」
暴風のような圧と共に、戦斧が振り下ろされる。
イリスは剣を掲げ、全身全霊の魔力障壁を展開して受け止めた。
ガギィィィィンッ!!
火花が散り、耳をつんざく金属音が響く。
「くぅっ……!!」
イリスの膝が、ミシミシと音を立てて折れ曲がる。
重い。
まるで山そのものが落ちてきたかのような、圧倒的な質量。
剣の刀身がきしみ、魔力障壁が悲鳴を上げてひび割れていく。
(重い……! 骨が砕ける……!)
グラッフの膂力は、彼女の想像を遥かに超えていた。
押し潰される。
このままでは、私も、リゼットも……!
(でも、退くわけにはいかない! 私が耐えなければ、リゼットが死ぬ!)
イリスは歯を食いしばり、目を見開いた。
死の恐怖が、冷たい刃となって心臓に突きつけられる。
だが、彼女は一歩も引かなかった。
友人として、騎士として、ここで引くことはできない。
ピキッ。
愛剣に亀裂が走り、限界を告げる音がした。
「終わりだァァァッ!!」
グラッフが勝利を確信し、さらに力を込める。
その時だった。
ドガァァァァンッ!!
横から、緑色の疾風がグラッフの戦斧に激突した。
「俺の仲間に……手ぇ出してんじゃねえぇぇッ!!」
カイルだ。
彼は親衛隊を強引に突破し、限界を超えた風の魔法剣を盾に纏わせ、全身全霊のタックル(シールドバッシュ)で、グラッフの戦斧を横から強引に弾き返したのだ。
ギィィィンッ!!
金属が擦れ合う不快な音と共に、戦斧の軌道が逸れ、地面を大きく抉った。
「ぬっ!?」
グラッフが体勢を崩す。
強引な突撃の反動で、カイルの盾を持つ腕が痺れ、苦痛に顔が歪むが、彼は痛みを無視してイリスの隣に並び立った。
「カイル殿……!」
イリスが呆然と見上げる。
カイルは荒い息を吐きながら、乱暴に汗を拭った。
「イリス! 立て! 今は俺が支える!」
彼の瞳は燃えるように熱く、真っ直ぐに前を見据えていた。
「……二人でこいつをぶっ飛ばすぞ!」
その言葉と、隣に立つ頼もしい存在感に、イリスの迷いは消え失せた。
「……はいっ!」
彼女は力強く立ち上がり、剣を構え直す。
二人は肩を並べ、眼前の“獣王”を睨み据えた。
「参りましょう、カイル殿! 私たちの力、お見せしましょう!」
「おうよ!」
二人の体から、魔力が溢れ出す。
互いを意識する恥じらいや遠慮といった迷いは消え、同じ敵に向かって力を合わせる意志が完全に共鳴する。
「小賢しいわッ! 纏めてひねり潰してくれる!」
グラッフが咆哮し、戦斧を旋回させて突進してくる。
「来るぞ!」
カイルが前に出る。
「オラァッ!」
グラッフの横薙ぎの一撃を、カイルが盾で受け流す。
衝撃を風の膜で逸らし、カイルは踏ん張る。
その隙を突き、イリスが駆ける。
「はぁっ!」
彼女の騎士剣が、闇の残像を描いてグラッフの脇腹を狙う。
「甘い!」
グラッフは巨体に見合わぬ反応速度で戦斧の柄を返し、イリスの攻撃を防ぐ。
だが、そこには既にカイルが肉薄していた。
「こっちだ!」
カイルの剣が、風の刃となってグラッフの顔面を襲う。
「ぬんッ!」
グラッフは腕でそれをガードするが、風の刃は剛毛を切り裂き、浅い傷を負わせる。
「チッ……ちょこまかと!」
グラッフが剛腕を振るい、カイルとイリスを同時に吹き飛ばそうとする。
二人はアイコンタクト一つで左右に散開し、攻撃を回避する。
そして、着地と同時に再び突っ込む。
カイルが敵の注意を引きつけ、正面から攻撃を受け止める絶対的な「盾」となり。
イリスがその死角から、鋭い刺突を繰り出す必殺の「矛」となる。
ガギンッ! キィンッ! ドガッ!
激しい金属音と魔力の光が交錯する。
攻防は数合、数十合と続いた。
「……いける!」
イリスが確信する。
グラッフの動きは見切れている。二人の連携は完璧だ。このまま畳み掛ければ……!
だが。
「……ククク。面白い」
グラッフの喉の奥から、不気味な笑い声が漏れた。
「人間風情が、この俺をここまで楽しませるとはな……。褒めてやろう」
グラッフの全身の筋肉が、異様な音を立てて膨張し始めた。
ビキビキビキッ……!
「なっ……!?」
カイルが目を見開く。
グラッフの体毛が逆立ち、その瞳が血の色よりも濃い、どす黒い真紅へと染まっていく。
彼の首にかけられていた、巨大な魔石のネックレスが砕け散った。
それは、彼の力を「抑えていた」枷だったのだ。
「だが、遊びは終わりだ。……見せてやろう。『獣王』の真の力を!!」
ドオオオオオオオォォォンッ!!
グラッフを中心に、赤黒い魔力の爆風が巻き起こる。
それは、単なる魔力強化などではなかった。
生物としての枠組みを超えた、強制進化。
「グオオオオオオオオオッ!!」
咆哮一閃。
ただの叫び声が衝撃波となり、カイルとイリスを吹き飛ばした。
「ぐわぁっ!?」
「くぅっ!」
二人は地面を転がり、何とか受け身を取って立ち上がる。
だが、目の前の光景に息を呑んだ。
そこにいたのは、一回り以上巨大化した、異形の怪物だった。
筋肉は鋼鉄のように硬化し、戦斧には禍々しい真紅のオーラが纏わりついている。
「ここからは……狩りの時間だ」
グラッフが動いた。
速い。あの巨体でありながら、まるで風のように肉薄してくる。
「カイル殿、来ますッ!!」
イリスの叫び声。
だが、カイルの目は敵の動きを捉えていた。
これまでの死闘で研ぎ澄まされた感覚が、グラッフの動きをギリギリで追っている。
「おらぁぁぁッ!」
カイルは全力で盾を構え、グラッフの突撃に合わせた。
ズガァァァァァンッ!!
「ぐぉおおおっ……!?」
これまであらゆる攻撃を防いできた風の盾が、悲鳴のような金属音を上げる。
その衝撃でカイルの体が砲弾のように弾き飛ばされた。
城壁に激突し、瓦礫が舞う。
「カイル殿!」
イリスが駆け寄ろうとするが、その目前にグラッフが立ちはだかる。
「よそ見か? 女」
「しまっ……!」
剛腕が振るわれる。
イリスは剣で受け止めるが、その衝撃は先ほどまでの比ではなかった。
「ぐぅっ……!」
剣が手から弾き飛ばされ、イリスは地面に叩きつけられる。
「終わりだ」
グラッフが戦斧を振り上げる。
カイルは瓦礫の中で動けない。イリスも武器を失った。
絶体絶命。
圧倒的な力の差。絶望が心を塗りつぶそうとする。
だが。
「……まだだ!」
カイルが、血を吐きながら立ち上がった。その手には、盾がまだ握られている。
「カイル殿……逃げてください……!」
「逃げる? 誰がだ?」
カイルはニヤリと笑った。口元は血だらけだが、その目は死んでいない。
「俺は……『盾』だ。お前を守るって、決めたんだよ!」
カイルの全身から、再び緑色の魔力が噴き出す。
それは、限界を超えて生命力を燃やす、決死の輝き。
「イリス! 剣を拾え! 俺がコイツを止める! その一瞬に、全部賭けろ!」
「……ッ!」
イリスの胸に、熱いものがこみ上げる。
恐怖など、もうない。
あるのは、この男と共に、勝利を掴むという覚悟だけ。
「……はいっ!!」
イリスが叫び、弾き飛ばされた剣へと走る。
「小賢しいわぁぁぁッ!!」
グラッフがカイルへ向けて戦斧を振り下ろす。
「うおおおおおおおおっ!!」
カイルは避けない。
全ての魔力をひしゃげた盾の一点に集中させ、真正面から突っ込んだ。
ドゴォォォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃が走る。
カイルの腕から、骨がきしむ嫌な音が響く。
だが、彼は止まらなかった。
盾ごと、グラッフの懐に強引にねじ込み、その動きを止めたのだ。
「今だぁぁぁッ! イリスゥゥゥッ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
イリスが跳んだ。
カイルが作った、最初で最後の一瞬の隙。
彼女の白銀の剣に、自身の全魔力と、カイルから流れ込んでくる風の魔力が収束する。
(合わせます……カイル殿に!)
(頼んだぜ……イリス!)
二人の呼吸が、完全に重なった。
闇と風が混じり合い、黒き嵐となる。
「【双牙・旋風】!!」
イリスの剣が、グラッフの首筋、魔力の防護が最も薄い一点を貫いた。
ズシュッ!!
「な……馬鹿……な……」
グラッフの動きが止まる。
赤黒いオーラが霧散し、その瞳から光が消えていく。
「この……俺が……人間……ごとき……に……」
ドサァッ……。
地響きと共に、巨星が堕ちた。
静寂が戻る。
「はぁ……はぁ……」
カイルはその場に大の字に倒れ込み、イリスはその場に膝をついた。
ボロボロの二人。だが、その顔には勝利の笑みが浮かんでいた。
「……やったな、イリス」
「はい……カイル殿……」
二人は互いの手をしっかりと握りしめ、そして意識を手放した。
最強の敵を打ち破ったのは、二人の絆が生んだ奇跡の一撃だった。
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