第124話:路地裏の再会
首都エルムヘイム、広場。
出発直前の張り詰めた空気が、俺たち三人を包んでいた。
「……よし、装備の点検は完了だ」
俺は、カイルとイリスを見回して言った。
カイルは愛用の盾を背負い、軽く肩を回している。 イリスは腰の剣を確認し、真剣な眼差しで頷いた。
「おいレン。今更だけどよ」
カイルが、ふと疑問を口にした。
「レヴァーリア連合王国ってのは、大陸の南東だろ? ここからじゃ山脈も越えなきゃなんねえし、かなりの距離だぜ」
「行ったこともねえ場所の座標もなしに、どうやって飛ぶつもりだ? まさか、適当に飛んで壁の中に埋まるとかナシだぜ?」
俺は苦笑して首を振った。
「心配するな、カイル。座標なら、頭の中にある」
俺は、こめかみを指差した。
「以前、フィーナの背に乗って大陸を先行偵察した時のことを覚えているか?」
「ああ。お前とフィーナちゃんで、大陸中を飛び回った時か」
「その時、主要な都市や交通の要所は、上空からあらかた【マッピング】してあるんだ。レヴァーリアの自由都市近郊の座標も、その時に記録してある」
「へぇ! さすがレンだな、用意周到だぜ!」
カイルが感心したように口笛を吹く。
イリスもまた、感嘆の眼差しを向けてきた。
「あの時の偵察が、今になって活きるとは……。公王陛下の先見の明には、いつも驚かされます」
「たまたまだよ。……だが、時間はかけられない」
俺は表情を引き締めた。
「敵地での長居はリスクだ。一撃離脱で決めるぞ」
「「了解!」」
俺は目を閉じ、記憶の底にある座標を呼び起こした。
雑多な熱気。 潮風の匂い。 そして、混沌とした街並みの記憶。
イメージが、鮮明に像を結ぶ。
「……行くぞ。転移!」
視界が歪み、俺たちの姿が光の中に消えた。
◇◇◇
次の瞬間。 俺たちの足元は、石畳の感触に変わっていた。
「……うっぷ。相変わらず、長距離転移は胃に来るぜ……」
カイルが顔をしかめる。
俺たちが降り立ったのは、薄暗い路地裏だった。 だが、その空気はエルムヘイムとはまるで違っていた。
「……匂うな」
カイルが鼻をひくつかせる。
潮の香りと、強い香辛料の香り。 そして、多くの人間が密集して暮らす場所特有の、生活の熱気と汚水の臭いが混じり合っている。
路地から一歩出ると、そこには雑多な街並みが広がっていた。
「これが、レヴァーリアの自由都市ですか……」
イリスが周囲を見回す。
エルムヘイムのような、整然とした街並みではない。 石造りの土台の上に、木造の建物が無秩序に増築され、ひしめき合っている。 三階建て、四階建ての建物が、今にも崩れそうなバランスで密集し、空を狭く切り取っていた。
通りを行き交う人々も様々だ。 肌の色も、服装もバラバラ。 商人に傭兵、船乗りたちが、大声で怒鳴り合い、笑い合っている。
「活気はあるが……治安は良くなさそうだな」
俺は呟いた。 自由都市。 それは、誰でも受け入れる寛容さと、力なき者が食い物にされる冷酷さが同居する場所だ。
「さて、と。こんだけ人が多いと、探すのも一苦労だぜ」
カイルが人混みに辟易したように言う。
「どうやって探す? 一軒一軒聞いて回るか?」
「いえ、それは時間がかかりすぎます」
イリスが顎に手を当てて思案する。
「彼女の通り名は『大斧』……。目立つ武器ですから、裏通りや傭兵ギルド周辺で聞き込みをすれば、目撃情報は掴めるかもしれませんが……」
「いや、もっと手っ取り早い方法がある」
俺は言った。 リディン隊長の話を思い出す。
『彼女は、戦災孤児たちを守りながら戦っている』
ならば、彼女がいる場所は、華やかな大通りや、荒くれ者が集まる酒場ではないはずだ。
「彼女は子供たちを守っていると言っていた。……なら、この都市の『吹き溜まり』を探せばいい」
俺は【魔力感知】を展開した。 意識を、都市の光が届かない暗部――スラム街の方角へと集中させる。
無数の気配が脳内に流れ込んでくる。 その中に、一つだけ。
複数のドス黒い敵意に囲まれながら、一際強く、そして荒々しく燃え上がる『闘気』の反応があった。
「……見つけた」
俺は目を開き、北西の方角を指差した。
「あっちだ。……戦闘中だぞ!」
「なんだって!?」
「急ぐぞ!」
俺たちは地面を蹴り、雑多な路地を疾走した。
◇◇◇
自由都市の北西区画。 そこは、腐敗したゴミの臭いと、殺気が充満する貧民街だった。
崩れかけた広場の中央。 一人の女性が、大勢の男たちに囲まれていた。
「へっ……! はぁ、はぁ……!」
リゼット・ブランは、荒い息を吐きながら、愛用の大斧を構え直した。
全身は傷だらけだ。 肩で息をしている。 それでも、彼女の瞳から闘志が消えることはない。
「しぶといアマだぜ……!」
彼女を取り囲むのは、約二十名の荒くれ者たち。 奴隷商人に雇われた、質の悪い傭兵崩れだ。
彼らの視線の先、リゼットの背後には、十数人の子供たちが震えながら身を寄せ合っていた。 薄汚れた服を着た、戦災孤児たちだ。
「どきな、姉ちゃん。そのガキどもは金になるんだよ」
リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべて剣を向ける。
リゼットは、口元の血を親指で拭うと、不敵に笑って見せた。
「へっ……! あたしを誰だと思ってんのさ!」
彼女は大斧を豪快に振り回し、男たちを牽制した。 その風圧だけで、前列の男たちがたじろぐ。
「ドラグニアの『大斧』、リゼット様だぞ! その汚い手で、このガキ共(宝物)に指一本触れさせないよ!」
「……チッ。面倒な女だ」
リーダーが舌打ちをする。
「おい、魔法使い! 弓兵! 構えろ!」
彼の号令で、後方に控えていた男たちが一斉に杖と弓を構えた。
「一斉射撃だ! 女ごと串刺しにしろ!」
「……ッ!」
リゼットが息を呑む。 回避することはできる。 だが、避ければ背後の子供たちが犠牲になる。
(……逃げ場なしかよ)
彼女の膝が、恐怖で笑う。 死ぬかもしれない。 いや、今度こそ本当に死ぬだろう。
(……イリス。あんたなら、どうする?)
親友の真面目な顔が脳裏をよぎる。 彼女なら、きっと一歩も引かない。 騎士としての誇りを胸に、最後まで守り抜くだろう。
(なら、あたしも引けないねえ……!)
リゼットは覚悟を決めた。 大斧を盾のように構え、仁王立ちになる。 自らの体を、子供たちを守る「肉壁」とするために。
「放てぇッ!!」
無数の魔法と矢が、リゼットに向かって放たれた。
彼女は目を閉じず、迫りくる死を見据えた。
その時。
ドシュッ! ドシュシュシュッ!!
空から、何かが降り注いだ。
「ぐああっ!?」
「な、なんだ!?」
リゼットに届くはずだった矢が、魔法が、上空から飛来した見えない弾丸によって撃ち落とされた。 それだけではない。 後方にいた魔法使いと弓兵たちが、次々と吹き飛ばされていく。
「なっ……上か!?」
リーダーが空を見上げる。
「おらぁっ! 邪魔だ邪魔だぁ!!」
今度は正面から、緑色の疾風が突っ込んできた。
「ぐべっ!?」
巨大な盾を構えた男が、砲弾のような勢いで敵の包囲網に激突した。 シールドバッシュ。 その一撃で、屈強な男たちがボウリングのピンのように宙を舞う。
包囲網の一角が、物理的に粉砕された。
そして。 その開かれた道を、銀色の閃光が駆け抜けた。
ヒュンッ!
鋭い剣閃が、リゼットに迫っていた刃を弾き飛ばす。
リゼットの隣に、一人の騎士が滑り込んだ。 懐かしい、背中の温もり。
「――お待たせしました、リゼット!」
凛とした声。 リゼットは、驚愕に目を見開いた。
「え……?」
その声。 その銀色の鎧。 その、真面目腐った横顔。
「その声……嘘、イリス!?」
「はい。お迎えに上がりました」
イリスは、涙を堪えるように微笑むと、剣を構え直した。
「背中は預けます!」
二人は、言葉を交わすよりも早く、自然と背中合わせの陣形を取った。 騎士学校時代、数え切れないほど繰り返した、阿吽の呼吸。
背中に感じる親友の体温が、リゼットの震えを止めた。 力が、体の底から湧き上がってくる。
リゼットは、大斧を持ち直し、ニカッと笑った。
「……ふふっ、最高だね!」
彼女は、涙で潤んだ瞳で、敵を見据えた。
「あんたが生きててくれて、本当によかった!」
絶望的な戦場は一転した。 最強の盾と矛が揃った今、もはや奴隷商人たちになす術はない。
「さあ、反撃といきますよ、リゼット!」
「おうよ! 派手に暴れるよ、イリス!」
再会の喜びを刃に乗せて。 二人の猛攻が、始まった。
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