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あの星に煌めきを  作者: そーら
第六章 全てのはじまり
35/64

煌めきを辿って

 



「_____♪」


 ヘッドフォンに手を掛けて、身体の全てを声に乗せる。そこに自分はいない。いるのはこの声で歌う少女。


 綺麗で美しい、しかしどこか儚げであどけなさの残る可愛らしい漣 つぼみの声。この業界に入って初めて出会った彼女の声を、彼女は大切に表現する。


「………はい、オッケーです。確認しますので少々お待ち下さい。」


「ふぅ………。」


 ヘッドフォンを降ろし、一息吐いた。

 すると、そこに現れたのは漣 つぼみではなく、星屑 奏空。今日はBlooming!のキャラクターソングの収録日だった。

 空いた少しの時間で、今の歌を自分なりに振り返る。気を付けていた部分は納得の行く出来、歌詞のミスも無いと確認すると、あとは音響監督の返事を待つのみだ。


「………星屑さん、非常に良かったのですが…ラスサビの部分だけこう、心の奥底に眠る感情を捻り出すような感じでお願いします。」


「心の奥底に眠る感情………はい、分かりました。」


「それではDメロから流します。」


 歌詞が印刷された用紙の残り少ない余白に監督からのディレクションをメモして声と感情を作る。

 少女の緻密で繊細な脆く、今にも崩れてしまいそうな複雑な感情を込める。普段は感情を表に出さない彼女だからこそ、伝えられるものがあると信じて。


「_____♪_____…………!」




 ・・・




「奏空、お疲れさん。」


「ひゃっ!」


 レコーディングも終わり、帰る準備をしていると結弦が買ってきたばかりの冷たい水のペットボトルを奏空の頬に宛てる。

 レコーディングに集中して頭に熱が昇っていた奏空は、あまりの冷たさに驚いて声が出る。


「綴さん…びっくりした………。」


「ボーッとしてたからな。これ飲んで落ち着けよ。」


 奏空はお礼を言ってそれを受け取る。水の冷たさが喉から身体に染み渡ると、徐々に自分自身の意識がハッキリしていく。


「ふぅ……………。」


「…最近はずっと仕事が入ってたから疲れたよな。」


 結弦は奏空の隣に座り、頭をわしゃわしゃと撫でる。仕事続きで張り詰めていた緊張が少し解れる気がして、奏空は安心して目を閉じる。


「この後は仕事無いし、ちょっとここで休め。スタッフの人には俺から言っておくから。」


 そう言って結弦は立ち上がり、スタッフに伝えに行く。

 奏空はしばらく天井を見つめながらボーッとしていると、すぐ後ろから聞き馴染みのある声がした。


「…奏空?」


 呼ばれた方を向くと、エレベーターから夕空と見知らぬ男性が出てきた。


「夕空ちゃん!どうしたの?ここでお仕事?」


「ん。シングルのレコーディング。」


 夕空は頷いてそう言った。Pentagram☆*。の活動休止以降、それなりにお互いの近況報告をしていた為、彼女のソロ活動が着々と進んでいるのは知っていたが、まさかここで会えるとは思ってもいなかった。


「初めまして、星屑 奏空さんですね。ご活躍は存じ上げております。

 私、レコーディング会社『ラビット・レコード』にて星影さんのチーム統括マネージャーをしております。初瀬 弥六と申します。」


 すると夕空の後ろにいた銀髪の男性、初瀬 弥六(はせ みろく)が挨拶をしてきた。端正な顔立ちで裏方なのが勿体ないくらいの美男子だ。


「初めまして、初瀬さん。ご丁寧にありがとうございます。夕空ちゃんをよろしくお願いします。」


「はい、勿論でございます。」


「…保護者みたいだからやめて。」


 軽く挨拶を交わして談笑する。そこに結弦も戻ってきてから、夕空のレコーディング準備が整うまで奏空は彼女との久しぶりの時間を楽しんだ。


「活動は順調?」


「ん。チームの人変わってるけど、曲も映像も良いの作ってくれるし結構楽しく出来てる。」


 そう答える夕空の顔は少し朗らかで、本当に楽しいのだと伝わってくる。今まさに、彼女の歌手になる夢が叶う瞬間なのだと実感する。


「…そっか、夕空ちゃんが楽しいなら私も嬉しい。」


「奏空は?最近忙しそう。学園でも寮でも全然見かけない。」


「んー…まぁ、ちょっと大変?ずっとお仕事だったから。」


 奏空がニコリと笑うと、夕空は少し悲しそうな顔をする。その理由が分からなくて奏空は首を傾げた。


「夕空ちゃん?どうし………。」


「奏空はバカだね。」


「え、えぇ?」


 奏空の頬をぷにぷにと触って夕空はそう言った。あまりにも突拍子の無いことで奏空は素っ頓狂な声を上げる。そんな奏空の反応に夕空は小さく笑っている。


「星影さん、そろそろスタンバイお願いします。」


「…はい。」


 弥六が夕空を呼びに来て、そのままブースに向かう。スッと立ち上がる夕空の真剣な横顔はすっかりプロの顔。

 先程の言葉の意味が分からなくて、奏空はその小さな背中と艶やかな黒髪を見つめる。

 すると、夕空は振り返って可愛らしく微笑んでいた。


「奏空、時間あるなら聴いていって。夕空の歌。」


 突然の夕空の提案に奏空は数回瞬きを繰り返した。固まったままの奏空を置いて夕空はブースに入る。


 その小さな背中は、隣に並んでいた時よりも大きく、そして何倍も頼もしく見える。

 彼女が持つ類稀なる才能と、弛まぬ努力の結晶が光となって揺らめいているような。そんな気がした。


「それでは曲流していきます。」


「…よろしくお願いします。」


 夕空はヘッドフォンに手を掛け、正面のマイクに全てをぶつける。

 小さく愛らしい容姿とは裏腹に力強く、時に繊細に歌い上げる。調和のとれた世界が広がってゆく。


「_________♪」


「…!」


 そのあまりの仕上がりに奏空は瞠目する。今までとは違う、純粋な彼女だけの世界。

 夕空の目まぐるしい成長に驚かずにはいられなかった。


「しばらく見ない内にまた腕を上げたな。」


「…綴さん。」


「ん、なんだ………っ!」


 奏空は隣で一緒に聞いている結弦に話し掛ける。結弦が奏空に顔を向けると、奏空の青い瞳には怖いくらいの気迫があった。

 夕空の歌に焦がれ、彼女の光を全て吸収してしまいそうなほど。


「もう、帰ります。」


「…そ、そうか…。じゃあ軽く挨拶してから行こう。」


 結弦がスタッフに帰る旨を伝えている間に、奏空はブースを出た。

 何故だか先程より気持ちが晴れやかに感じる。久しぶりに夕空に会ったからなのか、それとも彼女の歌の影響か。分からないけれど、心は輝きで満ち溢れていた。


「…奏空、見つけた。」


「え…。」


 エレベーター前のロビーに戻ると、夜空のような金青色の髪をした少女が奏空の前に現れる。

 見知らぬはずなのに、奏空はその声をよく覚えていた。


「…ミコトさん………?」


 その名前を呼ぶと少女、ミコトはコクリと頷き近付いてくる。ふわり…とどこか懐かしい香りが鼻腔を擽る。


「奏空、キラキラしてるからすぐに分かった。」


「どうして…。」


「時間が無いから用件だけ話す。」


 彼女がそう言うと、どこからともなく風が吹く。

 突然の出来事が重なり、奏空は驚くが頭のどこかは冷静で、金青色の髪が揺れ動く様を眺める。その色は秀一郎の髪によく似ていた。


「明日、星空学園の学園長室に行って。きっと、奏空たちが知りたいことが分かるから。」


 風が収まると、ミコトは瞬きを数回し、その瞳に映る煌めきを奏空に向ける。その煌めきから目が離せなくなる。


「あと、誰にも言っちゃダメ。お願い…。」


 そう言い残して、ミコトはそのままどこかへと消えてしまった。


「………ら!………奏空!」


 暫くして、名前を呼ばれていることに気付いた奏空はその方向を見ると、焦った様子の結弦がいた。


「つ、綴さん…。」


「大丈夫か?さっきから様子がおかしいぞ…。」


 結弦が心配そうに奏空を見つめる。

 夕空の歌を聞いて、ミコトに会って、自分の中で何かが渦巻いている感覚がする。それは心地好くもあり、胸騒ぎがするような気さえする。


「やっぱり、仕事ばかりで疲れてるだろ。すぐに帰って休んだ方が良い。」


 結弦に優しく手を掴まれて、介抱されるように車に乗った。

 ボーッと流れる景色を眺めていると、カーナビの映像が切り替わる。


「…ん、なんだこれ………奏空っ!」


 結弦の声に驚き彼が指差すカーナビを見ると、そこにはミコトが映っていた。

 藍色に塗れた堕天使のような衣装を身に纏い、ただジッとこちらを見ているかのよう。


『あの星に煌めきを…………。』


 すると、その声が奏空の頭の中に響く。あどけなさの残るその声は確かにミコトのもので、結弦には聞こえていない様子だ。


 瞳を閉じてマイクを握っていたミコトがスゥッ…と息を吸った。




 Over the world Hello! our future.


 瞳閉じて 耳澄ませば

 どこまでも届けるよ


 宿したその輝き

 響く柔らかな声


 届くように導くから

 すべての音を乗せていこう_____。

・初瀬 弥六

ラビット・レコード 営業部

端正な顔立ちの物腰柔らかな青年。夕空のチームを担当する四人のクリエイターを統括している。神出鬼没でミステリアスなところがある。


・ラビット・レコード

国内大手のレコード会社。所属アーティストはポップスやダンスミュージックを主流とする者が多い。煌プロダクションとは提携している。

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