有葵と命
翌日、蘭はアリアに言われた通り学園長室前にやって来ていた。偶然にも今日は仕事が無く、いつも通り登校している日だった。
「…学園長、か。」
大きな扉の前でボソリと呟く。存在すら怪しまれている星空学園の学園長。しかし、ここに秀一郎が出入りしているのを見たことがある蘭は学園長がこの件に何か関係しているのではと思っていた。
そしてそれは昨日のアリアの言葉で確信に変わる。
「よし…。」
「あれ、蘭ちゃん…?」
扉をノックしようとすると、背後から名前を呼ばれる。振り向くとそこには奏空が目をまん丸にして驚いていた。
「星屑さん、こんなところでどうしたんですか?」
「蘭ちゃんこそ…、もしかして蘭ちゃんもここに来るように言われたの?」
「…星屑さんも…?」
二人はそれぞれ、昨日起きたことを話した。
今まで接触を果たせなかったアリアとミコトが今になって突然現れ、ここに呼んだこと。意味が無いとは思えず、二人は頷いて学園長室の扉をノックした。
「………どうぞ。」
室内から透き通るような美しい声が聞こえ、蘭と奏空は顔を見合わせた。
意を決して扉を開けると、そこには学園とは思えないほど上品で優雅な内装だった。
「ようこそ。駿河 蘭さん、星屑 奏空さん。」
「…!」
「どうして、私たちの名前…。」
ニコリと笑って蘭と奏空を出迎えたのは、人間離れした麗しい容姿の女性。その後ろには彼女の秘書らしき女性もいる。
奏空は名前を知られていたことに驚いていたが、蘭は彼女を二度程見た記憶があり、そっちの方に驚いていた。
「どうぞ、そちらにお掛けになって下さい。」
学園長は蘭たちをソファーに促すと、自分も向かい側に座ろうと車椅子を慣れた手つきで動かした。
「………やっぱり…。」
「蘭ちゃん?」
学園長の車椅子で確信に変わる。やはり、彼女は朝のランニングで度々見たことがある人だった。
学園長はゆっくりと車椅子からソファーに腰掛け、秘書にお茶を出すよう指示をした。
「ふぅ…、お見苦しいところを見せてしまいすみませんね。」
「い、いえ…。どこか悪いんですか?」
「そんな大したことではありませんよ。」
学園長が笑って話題を逸らすが、蘭は彼女の身体があまり良くないことを察する。しかし、彼女が言いたくない理由があるのかもしれないと口を噤む。
「それではお茶の用意が出来るまでの間、簡単にお話しましょう。改めまして学園長の皇 麗生と申します。
今日、あなたたちがここに来ることも、その理由も知っています。」
学園長、皇 麗生は淡々とそう告げた。
「…学園長は今起きていることについて、何か知っているんですか?」
麗生は真っ直ぐ蘭と奏空の目を見つめ、そんな瞳を探るように蘭は単刀直入に聞く。そんな蘭に微笑んで頷くと、麗生は車椅子のポケットから数枚の紙を取り出す。
「…それは………!」
「蘭ちゃん、知ってるの?」
蘭が驚いたそれは、絵本の切れ端。秀一郎に預けたものと、行方不明だった残りの切れ端。
「蘭さんは、この絵本の内容を覚えていますよね?」
「はい…、全て私たちの身に起きていることでした。まるで、この状況を予言しているかのような…。」
そう答えると、麗生はそれを読めというように促した。気になった奏空にも説明しながら、蘭は残りの切れ端を読んだ。
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少女たちの歌は 声の望み通りに 世界に響き渡りました
キラキラと煌めく少女たちのおかげで 闇に塗れてしまった世界も 段々と煌めきを取り戻していきました
"ありがとう お礼に私たちも世界中に煌めきを届けましょう…"
女神のように美しい少女は 白の輝きを
瞳に無限の煌めきを宿した少女は 黒の鼓動を
世界中に 響かせました
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それは、昨日のアリアとミコトの行動と一致しており、今までの絵本と同じく予言しているような内容だった。
「私は、十一年前にそれを描きました。」
「描いた…?」
「はい。ですが、今回のことを予言して描いたわけではありません。それは元々、娘たちのために描いたものでした。」
そうして麗生は今まで集めた絵本の切れ端をまとめて、膝の上に乗せる。
「私はこの学園長の業務の傍らで『らぎ うららか』として絵本作家をしていました。それももう、何年も前に辞めてしまいましたが。」
麗生は優しく、絵本の表紙を撫でる。古く色褪せたそれは、時の流れを残酷にも表していた。
「辞めたのは、娘たちが私の前から居なくなったからです。」
「居なくなった…?」
「いえ、正確には…私がこの世界から消したのです。」
麗生の突拍子のない発言に蘭と奏空は衝撃を隠しきれない。
そんな二人の反応を見て、麗生は哀しく笑った。絵本を開いて紙が破れた乱雑な跡に切れ端を一つ一つ丁寧に重ね、一冊に纏まるとパタリと閉じた。
「その娘というのが、あなたたちの前に現れるアリアとミコト。私と…秀一郎の娘です。
秀一郎はずっとアリアとミコトが消えた理由を探し、あなたたちに辿り着いた。彼の目に映ったのでしょう、娘たちの色が。」
理解しきれない言葉ばかりで話が飲み込めずにいた二人の前に秘書の女性、水瀬 真美は紅茶を置く。乾いた喉を潤すように、二人は同時に飲んだ。
「ありがとう、真美。二人には分からない話をしてしまってごめんなさい。ここから一つずつお話しますね。」
麗生も優雅にティーカップを口元に持っていき、紅茶を飲む。芳醇な香りが彼女たちを包んだ。
「まずは…そうですね。アリアとミコトをこの世界から消したことについてお話致します。」
・・・
それは、とある一族の身に起きた悲劇。
宇を創り、宙を生み出した神の気まぐれ。
「…こうして、創造神『オウ』は人の姿になり、人を愛し、人との間に子を産んだ。それが我々一族の始まり。」
「…かみさまがわたしたちを作ったの?」
「そうですよ。この『オウ』という神様が、私たちの先祖で能力の始まりと言われています。」
ある日の朝、麗生は娘の有葵に絵本を読んでいた。それは一族に代々伝わる話を、子供に分かりやすく伝わるように絵本作家である彼女が作ったものだ。
「一族は後に皇へと名を変え、ある時代では国を統べ、ある時代では世界中を旅し、そして現代ではその存在を隠しています。」
「どうしてかくすの?わるいことをしたの?」
有葵は事ある事に疑問を投げ、麗生はそれを丁寧に説明する。一族の歴史を理解することが、これから生きるために必要なことなのだ。
「いいえ、悪いことはしていません。しかし、能力を持たざる者はそれを怖がったり、気持ち悪がったりするのです。」
「…どうして?」
「有葵は前に読んだ絵本の鬼が怖いと言っていましたね。それはどうしてですか?」
「んーとね、お顔がおこってるみたいだし…いたそうな棒をもってるから…。」
「直接的な攻撃をされずとも、見た目だけで怖いという感情を持ってしまう。それは他の人も同じ。
能力を持つ人間だと知っていても、どんな能力を持っているのか分からないと恐怖し、未知の恐怖は不快感を植え付けるもの。だから、能力を持つことを秘密にしたのです。」
「…ふーん。」
幼い有葵には少し難しい話だったか、と麗生は優しく頭を撫でる。
人々を守るための能力で、人々を傷付けてしまう。本末転倒だと思った数十年前の先祖は、人々から一族の記憶を消したという記述があった。
「うー…。」
「あら、命。起きましたか?」
「まー…まー…。」
もう一人の娘、命が起きて真上にあるモビールに手を伸ばして遊んでいる。
麗生は絵本を閉じ、有葵を膝から下ろして命の様子を見に行った。
「おはようございます、命。」
「あー…。」
「今、ご飯の準備をしますね。有葵、ごめんなさい。絵本の続きはまた今度。好きにしてて下さい。」
「はぁい…。」
麗生はご飯を用意しにキッチンへ向かい、有葵は命に挨拶をしに行く。妹が出来て、しばらくしたからか姉の自覚が芽生えてきた。
しかし、時折寂しそうな顔をするのは親を取られたという嫉妬心だろうか。麗生はそれに気付いていた。
「……………。」
キッチンから二人の様子を見守る。有葵は命の柔らかい頬を優しくツンツンと突き、よく分からないが命はそれで楽しそうにしている。
複雑そうな顔で命を見つめていたが、その愛らしさに少し笑みが溢れていた。
「命、お待たせしました。有葵も遊んでくれてありがとう。もう少し待っていて下さいね。」
「うんっ。」
麗生は命にご飯をあげ、有葵は嬉しそうに絵本を選びに行った。
「…きっと、あの人が見ていたらとてもキラキラとして見えていたんでしょうね。」
有葵たちが起きる前に仕事へと向かった彼を思いながら、麗生は暖かな日常を過ごしていた。
それはもう、手放すのを惜しむほどに。
・皇 麗生
星空学園 学園長
人間離れした美しい容姿で慈愛に満ちた人柄。皇一族の本家に生まれ、総帥として一族を率いている。有葵と命の母であり、秀一郎の妻。
絵本作家『らぎ うららか』として活動していたが、十年前から休止している。
・水瀬 真美
何事もスマートにこなす麗生の秘書。仕事とプライベートはハッキリ分けるタイプ。幼少期より、麗生のことを実の妹のように接してきた。




