一筋の光
朝、蘭はいつものようにランニングをしていた。明けたばかりの朝焼けを横目に河川敷を走る。
いつも同じルートなのだが、今日はふとあの日のことを思い出した。
「…そういえば夢を見たあの日、ここで………。」
蘭は立ち止まり、河川敷の向こう側を見る。するとそこには、あの日車椅子に乗っていた女性が立っていた。蘭は驚いて彼女を見る。
その女性と目が合い、フワリと笑いかけてきた。
「………っあ。」
彼女に見蕩れていると、ハッとして腕時計を見る。今日はいつもの時間までに帰らなければならない。
女性に軽くお辞儀をして、蘭はランニングを再開した。
そして、その女性はまた蘭が見えなくなるまでその背中を見つめる。
「…駿河 蘭。あなたは………。」
女性が呟くと、それをかき消すように強い風が吹く。白く綺麗な髪がキラキラと光って靡いた。
「お身体に障りますので早くお帰りになることをお勧めします。」
「…そうですね。」
女性の背後からスーツ姿の女性が迎えに来る。蘭の姿が見えなくなり、女性はその場を後にした。
・・・
「ふわぁあぁあ…。」
車内に柚希の欠伸が響く。涙が溜まった目をパチパチさせながら、重い瞼を必死に上げている。
「ふぁ…。」
「はぁぁぁ…。」
「くぁ………んん…。」
柚希の欠伸を見て、莉愛と楓、アイリーンと移っていく。その様子を見て奏空がクスリと笑う。
「四人とも眠そうだね。ちゃんと寝た?」
「んん…寝たっすけど、まだ眠いっす。」
「会場に着くまで時間あるデス…もちょっと寝るデス…。」
車のシートに身を沈めて、今にも寝てしまいそうな楓ともう既に寝てしまっているアイリーン。
柚希と莉愛の間に挟まれている蘭は二人に肩を貸している。
「んにゅ〜…らぁん〜抱き枕になって〜…。」
「ゆず先輩…ズルいですよ………。」
「二人とも、危ないよ。」
むにゃむにゃと寝惚けながら、抱き着いてくる二人の体勢を戻す。シートベルトをしてるとはいえ、走行中の車内でこの体勢は危険だ。
「この調子でライブ、大丈夫かな。」
奏空は心配した表情で四人を見る。そう、今日はとうとうライブの日で、現在会場に向かっている最中だ。
今日のライブはいつもとは違う。Pentagram☆*。としてのライブでも、声優としてキャラクターを背負ってのライブでも無い。全く新しいメンバーとのライブだ。
「実は私もちょっと緊張して、寝られなかったんだ。」
「星屑さんも緊張するんですか?」
「するよ、今日は特に。」
奏空に不安が無い訳では無い。今日一緒にやるメンバーたちは全員新人だ。経歴のある奏空が率先してMCをしなければならない。
MCは勿論経験があるし、メンバーともこの数週間でグンと仲良くなって付き合い方も分かっている。しかし、それでも表舞台というものは何があるか分からないのが緊張に繋がっている。
「どんなにリハーサルをしても、イメージトレーニングをしても成功と失敗は常に隣り合わせ。何があっても動じない覚悟なんて、簡単に出来ないしね。」
力無い笑顔でそう言う奏空を、蘭はジッと見つめる。数々のことをやって来た奏空でも、そんな顔をするんだと少し驚いた。
「…星屑さんは凄いですね。」
「え?」
「自分のことがちゃんと見えています。」
蘭は素直に思ったことを口にした。以前の嵩梧との電話を思い出しながら、蘭はそう思ったのだ。
「私は、目の前のことに精一杯で自分のことを見てあげられませんでした。でも、星屑さんは自分の不安も弱さも…ちゃんと見てあげられている。
…これがきっと、当たり前すぎて見えてないもの、なんだと思います。」
蘭の肩にもたれかかってスヤスヤ寝ている柚希と莉愛の頭を交互に撫でながら言う。蘭の言葉に奏空は目を見開いて息を飲んだ。
「やっぱり流石です。歩んできた道が違う…。」
「…それを言うなら蘭ちゃんもだよ。」
「…?」
奏空の言葉に今度は蘭が首を傾げる。一度目線を下にしてから、蘭の真っ直ぐな瞳を同じように真っ直ぐ見つめ返す。
「蘭ちゃんだって、私とは違う…難しい道を歩んで来たでしょ?詳しくは分からないけど…その道だって辛いことたくさんあったと思う。」
奏空はきっと、蘭の過去のことを言っているのだろう。詳しくは親友の柚希でもあまり知らないが、家族と血が繋がっていないことは多くの人が知っている。そしてそうなった経緯も知っている人は少なからずいることも。
だから蘭はあまり動揺せずにその話を聞いていた。
「そんな辛いことがあっても、蘭ちゃんが今笑顔でいられるのはそれ以上に幸せなことがあったからかなって思ってるんだ。私の勝手な想像なんだけど…。」
奏空が蘭を傷つけないように言葉を選んでくれている優しさが伝わってくる。それだけで、蘭は嬉しかった。
「辛いことも苦しいことも、受け入れて幸せになることは簡単じゃないよ。蘭ちゃんが自分を知って、大事にしている証拠だと私は思うよ。」
奏空がフワリと笑うと、蘭も笑った。彼女の言葉がまた蘭に幸せをくれたのだ。
「…ありがとうございます。そう言って頂けて、嬉しいです。」
「フフ、良かった。今日のライブ…会場に来てくれる人はもちろん、配信を見てくれている人にも届くように頑張ろうね。」
「はい、そうですね。」
四人が気持ちよく寝る中、心地よく揺れる車内で二人の静かな笑い声が響いた。
・
車が会場に着くと、皆寝てすっかり元気になったのか、ライブに向けてバリバリ動いていた。
何度かリハーサルをしてカメラの位置とライティングを完璧に覚えた蘭は柚希と莉愛に何度も確認されていた。
「…で、曲の最後は…三人で真ん中のカメラ!」
「うん、合ってるよ。」
「ステージの此処に立てばいいんですよね…。」
開場までもうすぐ。開演まではあと三十分くらいとなる。三人は既に衣装を着ており、あとは奏空たちが来るのを待っている状態だ。
「はぁ…ステージに立ったら今の全部飛びそうです…。」
「ゆずも〜。蘭!忘れてそうだったら助けてねっ!」
「すぐそうやって蘭先輩を頼らないで下さいっ!」
「まぁ…フォローは出来るだけするよ。皆で作り上げるんだから。」
泣きつく柚希の頭をセットが崩れないように優しく撫でると、蘭の暖かい手に安心したのかリラックスした表情になってきた。
「皆、おまたせしましたっ!」
「おぉ、この前の撮影の時も見たっすけど、ゆずたちの衣装やっぱかっこかわいいっす!」
「めぷるたちも似合ってるね〜!」
奏空たちも合流してお互いの衣装を見る。ミュージックビデオ撮影の時も見たが、やはりそれぞれに似合うようデザインされていて気に入っている。
「み、皆さん…衣装を補強したのですが、キツいとか動きにくいとか無いですか?」
奏空たちと一緒にやってきた澄佳がそう言う。色々と動いてみて、特に問題無いことを伝える。
「そういえば、めぷるたちのチーム名まだ聞いてないかも。ゆずたちも言ってないよね?」
柚希が思い出したように言う。チーム名はもう提出してあるがチーム毎だった為、お互いのチーム名は把握していなかった。
「そういえばそうだったね。私たちのチーム名は…」
奏空が近くにあったメモにその名前を書き出す。綺麗な字で『ASK Light』と書かれていた。
「…えっと、どういう意味?」
「ASK Light、光を願い求めてっていう意味。」
奏空は愛しそうに書いた字を撫でる。楓とアイリーン、二人とたくさん考えて決めた名前に愛着が無いわけがないのだ。
「ASKは私たちの頭文字から取って…それに私たちの繋がりはやっぱりあの夢だから、アリアさんとミコトさんが願い求める光が何なのかはまだ分からないけど、一緒に見つけたいな…と思って。」
奏空がとても穏やかな表情で言う。それを照れ臭そうに見つめる楓とニッコリと笑うアイリーン。彼女たちの間にはもうすっかりと信頼が築き上がっていた。
「…偶然ですね。」
「え?」
突然の蘭の言葉に顔を上げると、蘭と柚希、莉愛の三人は奏空の話を聞いてとても驚いた顔をしていた。その表情に首を傾げると、蘭はクスリと笑って自分たちのチーム名もその紙に書いた。
「………ray?」
奏空とはまた違う綺麗な字で書かれたそれは蘭たちのチーム名。頷いて、その由来を語り始める。
「rayとは、一縷の望み…そして一筋の光という意味もあります。夢の最後の…あの闇の中の一筋の光になりたい…そしてそれが彼女たちにとって一縷の望みであれば良い…。そう思って、この名前にしました。」
「まさか両チームとも『光』から連想されたチーム名になるとは…びっくりです。」
先程蘭が偶然、と言ったのはそういうことだった。チーム名に関してはお互い全く関与していなかったのにも拘わらず、似たような意味になったことに一同は驚いた。
「チームは違えど考えることは皆同じ、ってことだね。」
「そうっすね!」
「だね〜。」
皆、声を揃えて笑った。笑い終える頃にはライブ前の緊張もほど良く解れていた。
「皆、調子はどうかな?笑い声が聞こえたけれど。」
「社長!お疲れ様です。」
そこへ秀一郎と結弦がやって来た。皆の笑顔を見てホッとする。
「しばらく会えずにすまない。色々と煌めきの夢のことを調べているんだが、今の情報量だけじゃ難しくてな。だから、今日のライブはすごく大事だ。君たちの煌めきがどれだけの人に届き、それによってどうなるのか。」
「………。」
空気が張り詰める。折角ほぐれた緊張が再びやってくるが、決して緊張が悪い訳では無い。程よい緊張感を持ってもらわなくては成功は無いと秀一郎は確信している。
「緊張はそれほど本気だという証拠だ。誇って良い。最高のライブを見せてくれ。」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
全員に気合いが入る。緊張も勿論あるが…そこにいるのは、煌めきの夢を見て使命を背負った六人。しかし、その使命は自分の意志で果たすと決めたもの。
ようやく覚悟が決まったような気がした。だから、きっと大丈夫。
どこかで見てるであろう、彼女たちにもこの煌めきを届けよう。
そこにいる六人は皆、同じ気持ちだった。そして、それを見ている秀一郎もまた…………。
・・・
その日のライブは大成功に終わった。
殆ど奏空の人気によって集められた観客だったが、全員が各々の煌めきを放つことが出来、それに魅了された観客が一気に拡散して広まった。
SNSのトレンドは世界一位、ネットニュースにも即座に取り上げられ、彼女たちのことについて語られていたネット掲示板も盛り上がる。
そして_____。
「蘭ちゃん、ゆず…莉愛ちゃん………凄い…。」
実際にライブを見に来ていた一人の少女は、その光を瞳に映し胸を高鳴らせる。
「…蘭、あなたは…どんどん遠くなる………。」
また自室で配信を見ていた一人の少女は、画面に映る蘭に触れながら小さく呟く。
「…………わぁ…。」
「星屑…奏空………。」
街中のビジョンに映ったミュージックビデオを見上げて声を漏らす少女と、拳を固く握る少女。
「…………。」
「すーっごくキラキラだねー!」
言葉を失う少女に、ライブを見て燥ぐ少女。
今回のライブは一大ムーヴメントを起こし、しばらく世間の話題を独り占めした。それは世界中に広がり、彼女たちの歌が世界を煌めきで満たす。
それにより、また新たな少女たちの煌めきが目覚め始める。
世界が煌めきで満ちた頃______。
「…ん、おねぇ…さま………?」
「っ、み…こと……。」
真っ暗な世界で姉妹は目を覚ます。お互いを声で確認し合った。姿は見えずとも、そこにいるのが分かった。
そして、二人が見た先には一筋の煌めきが降り注いでいた。
「煌めきが…降っている………。」
「彼女たちが、頑張ってくれているのね…。」
真っ暗な世界に煌めきが絶えることなく降り注いでいる。それだけで何があったのか、すぐに理解出来た。
「あの子たちの、おかげ…。」
「えぇ…。彼女たちの為にも…………。」
そうして、一筋の光は輝き始める。二人の少女はその光に包まれるようにして、その場から気配を消した。




