自分を見つめ直して
翌日、蘭は朝から生徒会室に来ていた。最近は活動が忙しくて、他の役員に任せきりだったことがずっと気掛かりだったのだ。
役員たちは任せて良い、むしろ活動の方に専念しろと言ってくれて助かるが、それでも蘭は責任ある生徒会長の立場を弁える。
「コンコン。蘭ちゃーん、あんまり無理しちゃ駄目だからねー。」
「赤城先生…。」
ノックを口でする彼は赤城 智也。蘭のクラスの担任であり、生徒会の顧問、さらにサッカー部の顧問と何かと蘭と縁のある先生だ。
朝早く来た蘭が生徒会室の鍵を取りに来たため、ここで仕事をするのは予想が着いた彼は無理をしないように蘭を見張る。
「赤城先生もお仕事あるでしょうから、無理に来なくても…。」
「そう言ってぇ。また倒れたら誰の責任になると思う〜?」
智也が飄々とした態度でそう言うと、蘭は申し訳なさそうに俯く。
蘭は去年、一年生にして生徒会長になったが、人に頼ることが出来ず無理をして倒れてしまったことがある。
智也だけでなく、生徒会のメンバーも柚希もそれを知っているため、蘭が無理しようとするとより一層心配してしまう。
「あの時はすみませんでした…。反省してます。ですから、二度は…」
「無いって、言い切れる?蘭ちゃんって自分の事になると途端に鈍くなるからなぁ…一度落ちた信用は中々取り戻せないんだよ。」
呑気だった智也が急に真剣な顔になる。心配させてしまっていることは申し訳なく思うが、それでも蘭は生徒会の仕事をしなければならない。
善処します、と言うと智也は生徒会室のソファでゆったりと過ごした。
・・・
放課後、蘭たちは音楽室にやって来ていた。奏空が結弦からアイがここに居ると連絡を受けたのだ。
音楽室の扉を開けると、そこには音楽教師の亜沙美しか居らず、柚希は首を傾げる。
「あれぇ?そらし、ここじゃないの?」
「綴さんからのチャットはここって…。」
「あ、やっと来た〜。座って座って〜。」
入口でコソコソ話してると、亜沙美が元気良く言う。手を振って座るように促すが、状況が分からない奏空たちはその場に立ち尽くした。
「何やってんの〜?ここに用事、あるんでしょ?」
「亜沙美先生が何でそれ知って…。」
「…あ………。」
亜沙美の行動の意図が読めない柚希の横で、蘭は目を見開いた。ニカッと笑った亜沙美の顔が、アイの姿と重なる。
「まだ気付かない?あたしが木咲 アイ、だよ。」
ニヤリと笑う亜沙美。その言葉に周囲は固まって目を見開く。柚希に至っては今にも大声で叫んでしまいそうだ。
「あー!柚希ちゃん、叫ぶなら扉閉めて!あんまバレたくないからさ!」
柚希は叫びたい衝動を抑えて、急いで扉を閉める。何かを悟った蘭と莉愛、楓が耳を塞ぐと、一拍おいて柚希は物凄い大声で叫んだ。
「…ほ、ほんとに叫ぶんだね………。」
「はぁ…はぁ…ご、ごめんなさい…。叫ばずにいられなくて………。」
耳を塞ぎそびれた奏空とアイリーン、亜沙美は耳が痛くて抑えながら、蘭たちは亜沙美の指示で適当に座る。
「さて…何から話したら良いかな?色々あって難しいんだけど…。」
「あの、本題の前に綴さんとのご関係は…?」
奏空がまず聞きたかったのはそれだった。ネットでも消息不明とされている木咲 アイと結弦に繋がりがあったなんて知らなかったのだ。
「んー…綴くんは事務所の先輩だったんだよね。あたしのが年齢は一個上だけど。」
「事務所?煌プロダクションのですか?でも、綴さんってマネージャーじゃ…。」
「あれぇ、皆知らない…?綴くんは元俳優だよ。その時のマネージャーが、まだ事務所を作る前の秀一郎さん。」
「え…えぇっ…んん!んんんー!!!」
また新事実が明らかとなり、柚希が叫ぼうとしたところを楓が辛うじて口を抑えた。
奏空でさえ、結弦が俳優だったのは知らなかったらしく、とても驚いている。
「そっか、綴くんも引退したのは二十歳だし、みんなは知らないか。」
ジェネレーションギャップって怖いね〜と呑気に言いながら頷く亜沙美。奏空は結弦との関係が知れて気持ちが晴れたようだ。
そして漸く、本題に入る。ライブがあること、配信も同時にすること、その配信をどうしたらアイのように出来るか、蘭が説明して質問した。
「配信ねぇ…。あたしの時代にはまだそんなの無かったからさ。DVDはライブの延長線上って感じだったし。全然意識したことないよ。」
「それなのにあの熱量…凄いですね。」
亜沙美がケロッとした表情で言う。当時はそれが当たり前だったのだろうが、今は違う。色んな技術が発展し、リアルタイムで配信がある以上はそれを意識したパフォーマンスも考慮しなくてはならないと蘭たちは結論付けた。
より具体的な意見を求めるが、亜沙美は少し難しい顔をした。
「んー…どんなに聞かれても、あたしが見てきたものしか教えられないよ。アイドルとして、お客さんを喜ばせようとする気持ちはとっても大事だよ?でも…あたしはそんなことしたことないんだ。」
「えっ…?」
今の時代、見てくれるファンは貴重だ。アイドルが数多く存在する以上、ファンを獲得するには見てくれる客に大きなインパクトを与えなければならない。
時には本当の自分を隠して、演じなければならない。それがファンのためになるならと。
しかし、亜沙美はそれを否定した。
「プロデューサーの方針でプライベートは一切公表しちゃダメ。それが出来るほどあたし自身は器用じゃ無いのに、その秘匿性が妙にハマって…。
求められてるのは橙咲 亜沙美じゃなくて、木咲 アイで、それに何の意味があるのか分からなくなっちゃったんだ。それで、まぁ…小さな仕返しとして、誰にも言わずに引退宣言って感じ。」
複雑そうな気持ちを押し殺して言う。ライブ映像で見たアイの姿とはまるで違う、亜沙美本人が背負っていた重荷はどれだけのものなのだろうと蘭は顔を歪ませながら思う。
「…それでも、そんなあたしがお客さんを喜ばせる…みんなの言う、熱狂的なパフォーマンスが出来ていたのは…………。」
蘭たちの方を見て彼女たちの求める答えを言おうとすると、亜沙美は押し黙った。彼女たちの顔を見て、言うのを辞めたというのが正しいのだろう。
「ふっ…その答えは、自分たちで考えた方が良さそうだね。」
「えぇ〜!」
「ここまで来てぇ〜…」と柚希は落胆する。柚希ほどあからさまではないものの、他のみんなも聞きたかった答えが聞けず落ち込んでいる様子だった。
「答えを聞くのは簡単。それを自分で考える時間は必要じゃないかな。答えが見つからなくても、自分と向き合う良いチャンスだと思ってさ。」
ニヒッと歯を見せて笑う。自分から話せることはここまで!と手を叩き、早く帰るよう促した。
音楽室を出る手前で、亜沙美はひとつだけヒントをくれた。
「皆はしっかりと前を向いて、自分たちを見てくれる人の為に頑張ってるけど、当たり前すぎて皆には見えてないものがあるはずだよ。」
「じゃね〜」と呑気に手を振る亜沙美に礼をして、今度こそ音楽室を後にした。
・・・
その夜、蘭は自室でアイのライブ映像を見ていた。以前に一度見ていたものもあるが、少しでも当時の彼女からヒントをもらえないかと集中して見る。
「これでお客さんを意識してないなんて…信じられない。」
アイのパフォーマンスはいつ見ても、観客を真っ直ぐ見つめているように見える。現に何度も見た映像でも蘭は見る度、心を動かされている。
「…どうすれば。」
目を細めて映像を見つめていると、廊下の方から誰かが階段を上ってくる音がする。この前のように集中していた訳では無いから、すぐに気付くことが出来た。
「お母さん、どうしたの?」
「あら。今日はバレた?」
ドアの前に止まった侑香にそう声を掛ける。ノックをする前に言われた侑香は可愛らしい笑顔をしてドアを開けた。
「お父さんから電話よ。」
「お父さんから…?」
侑香が持ってきた電話を蘭に渡す。忙しい嵩梧は家には中々帰って来ない。たまに侑香と電話をしているのは見るが、蘭には珍しくて少し緊張する。
電話を受け取ると、侑香は部屋を出ていった。
「も、もしもし…。」
『もしもし。蘭、久しぶり。』
久しぶりに聞く父の声。相変わらず威厳に溢れていて、背筋がピンと伸びる。
「お久しぶりです。」
『敬語はやめなさい。今日はお前の父親として話しに来た。』
力強く、そして優しい声で言う。蘭は遠慮がちに「うん」と答えた。
『急に電話をしてしまってすまない。最近、活動に励んでいるようだが…少し、気になってな。』
侑香から蘭のことは伝わっているようで、気にかけてくれていることがひしひしと伝わる。どんなに忙しくても彼は自分の父なのだと、改めて安心した。
「活動は順調にやってるよ。今度、初めてのライブがあるの。」
『そうか。時間があれば見に行きたいな。』
「そんな…お仕事忙しいでしょ?」
『娘の晴れ舞台を見たいじゃないか。』
嬉しそうに言う嵩梧。見に来てくれるのは蘭も嬉しい。しかし、嵩梧は恐らく日本で一番忙しい。
「…あ、それなら配信で見て。会場行くのは難しい人でも見れるように配信があるの。」
『そうか、確かに私には助かるな。本当なら会場に行って見たかったが…それが現実的だな。』
『残念だが、見れるだけでも良いか』と納得する。嵩梧に見てもらえるなら、配信を提案して良かったと心から思う。
「………。」
配信を自分で勧めたは良いものの、今日の亜沙美に告げられた自身の課題が引っ掛かる。何か思い詰めたように黙る蘭を電話越しに悟った嵩梧は、その凛とした声で蘭の名前を呼んだ。
『…何か、あったか?』
「えっ…。」
『電話越しでも分かるよ。何か悩んでいる。』
嵩梧にはお見通しのようで、観念した蘭は配信について課題があることを説明した。
「…それで、どうすれば配信を見てくれる人にも会場の熱量を伝えられるかな…ってずっと考えてる。」
黙って聞いていた嵩梧。蘭の説明が終わってからもしばらく黙っていた。蘭が不安を募らせていると、嵩梧の息を吸う音が聞こえた。
『蘭は他人のことをよく考えられる子だ。』
嵩梧の唐突の言葉に蘭は黙る。大事なことを言う時の声をその脳にしっかり記憶するように。
『他人を真っ直ぐ見つめ、その人のために何が出来るか…考え、答えを導くことが出来る。
しかし、果たして自分のことを見てあげられているだろうか?』
ハッと息を飲む。今朝も智也に『自分のことになると途端に鈍くなる』と言われていたのを思い出す。
『普段なら自分を見てやれているかもしれない。自分がやること、出来ることが分かっているからな。
だが…今の蘭の瞳は濁っていないか?だから何をするべきか分からなくなっている。』
ふと、部屋にある姿鏡で自分を見る。とても不安そうに思い詰めたような自分の顔が映る。そんな顔をしていたことに驚いてしまった。
『綺麗な瞳で自他を真っ直ぐ見つめ、やり方は分からなくても…自分に出来ることが必ずあると信じることを忘れてはならない。』
その言葉を聞いた蘭は既に不安な顔ではなくなっていた。いつもの、凛とした真っ直ぐな瞳で見つめる自分がそこにいた。
「…ありがとう、お父さん。」
『………、役に立てたなら良かったよ。たまには父親らしいことが出来たかな。』
「ううん…いつも、感じてる。目の前にいなくたって、どんなに遠くにいたって…お父さんが私たちのことを思ってくれていることを。」
窓の外を見つめて、蘭は言った。同じ空の下にいる嵩梧に届くように。
『…ふっ、蘭は本当に他人が欲しい言葉以上のことを言う。もう、大丈夫なようだな。』
「うん。」
嵩梧の声が安心の色に変わり、蘭も安心する。その後は嵩梧も仕事があるようで、ライブ楽しみにしてると言い残し、電話は終了した。
・赤城 智也
星空学園中等部二年A組担任 家庭科教師
中等部の教師をまとめるリーダーシップに溢れ、生徒からの信頼も厚い。しかし意外と天然で腹黒い一面も。料理がとても上手い。




