超合理的思考
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俺は、俺CとマニュCが仮想世界で描いた設計図通りに〝運搬車〟を現実世界に構築した。
大きさは引越し用2トントラックほど。バッテリーを百個以上積み込める荷台と、それを覆う屋根。運転席は人間型の村人が操作することを考えて、ハンドル、ブレーキ、アクセル、シフトレバーなど古代地球の車に似せてある。ただし、脚周りはかなり違う。タイヤではなく、節足動物のような義肢が十二本並んでいる。服飾族の都市までの道のりには、タイヤでは踏破できない難所が多い。じっさい、貪欲様も旅の大部分はミミズ形態をとっていた。
広場に突如出現した運搬車に、村人たちが電波で〝おおお!〟と歓声をあげる。
俺の物質構築を初めて見た新規住民のなかには、膝をついて祈りを捧げるものまであった。
マニュがいう。
〝しかし、これは本当に必要だったのですか? 構築エネルギーが惜しい気がするのですが〟
〝服飾族の前で俺が物質構築でバッテリーを出すわけにはいかないだろ。となると、運び込むために台車がいる。本当は連中の都市の手前で構築するつもりだったけど、ポレポレが来る以上、仕方ないさ〟
そのポレポレが、母親のイムリと抱きしめ合う。
ポレポレが〝ザイレンさんの役に立てるよう頑張るね〟という。
イムリは何もいわないが、気持ちは痛いほどわかる。俺だって人の親だったのだ。
よりによって、同行者がポレポレとは。
彼女を見ていると娘を思い出す。数万年前に亡くなった麻里子。ポレポレは機械生命だし、顔には鼻も口もなく、カメラアイが一つあるきりだ。それでも、子ども特有の無邪気さがある。
なんとしても無事に返さないと。
俺は、俺の中に俺Dを誕生させると、彼女の安全を確保する案を練るよう頼んだ。
現実世界に戻る瞬間、ふと思った。俺は分身を次々に作り出しているが、これは人間として正常な行動なのだろうか。
俺が生身の人間だったなら、自分をもう一人作るなんてのは、タブーに感じられたのではないだろうか。
今の俺は、俺が複数いる方が効率が良いと判断し、実行しているのだが、人にしては異常に合理的な考え方じゃないか?
このロボット掃除機の身体に入ったことで、自分でも気づかないうちに精神が変容しているのかもしれない。
なにやら、心の奥底から叫び出したくなるような感情が湧き上がってきたが、意識がオタによる別れの挨拶に向いた時には消え去っていた。
挨拶が終わったところで、俺は運転席に身体を置いた。八本の義肢のうち二本でハンドルを掴み、一本をアクセルに。もう一本を始動ボタンに添える。座席の下から生やしたケーブルを腹に突っ込んで、車体にエネルギーを補給する。
始動ボタンを押すと、車体節足のアクチュエーターがぶるりと震えた。アクセルを踏み込むと、脚が一斉に動き出し、車体がゆっくりと前進する。
揺れは少ない。
成功だ。
運搬車に搭載した低レベルAI〝運び虫〟が〝順調〟と一言送ってきた。このAIは、マニュが作り出したマニュA廉価版とでもいうべき存在だ。チップの処理能力が限られており、その大半を身体操作に振り分けているため、会話はほぼできない。
さすがの俺も、ロボット掃除機の身体の外に分身を作る気にはなれないが、マニュは俺より遥かに合理的なのか躊躇はなかった。
〝運び虫〟は、俺のアクセル操作に合わせて早足となり、村の背後にそびえる急斜面を駆け上がった。凸凹したスクラップ山の表面まったく苦にしていない。
村人たちの〝いってらっしゃいませ!〟という電波思念が追いかけてくる。
助手席のポレポレは台車から身を乗り出して手を振り続けた。
山を越えてもしばらくの間は、村からの思念のカケラが届いていたが、やがて消えた。
いまや、感じられる電波音は、鉄骨の影に潜むティッシュ箱やシリンダー虫の、声にならない声だけだ。
俺たちの進む先にはどこまでもゴミ山が連なっている。頭上ではいつも以上に黒く分厚い雲が広がり、百万のドラムを打ち鳴らすように雷鳴が鳴り響いていた。




