ゴミ山体崩壊
俺は貪欲様の記憶を頼りに、かつて輪形族が通過したルートをなぞった。
〝運び虫〟の多脚は、斜面から突き出た鉄骨や鉄塊をがっちり掴み、安定した走りを実現していたが、ゴミ山は古代地球の山のように強固な岩盤があるわけではないので崩れやすい。
千メートルほどの山を越えていたときのことだ。〝運び虫〟がパニックを示す信号を送ってきた。身体の後ろ半分の脚から、掴んでいたはずのゴミの感覚が消失したという。
助手席のポレポレが悲鳴をあげた。
お飾り的に付けておいたサイドミラーのなかで、山肌が遠ざかっていくのが見える。こちらが前進しているわけではない。雪崩だ。〝運び虫〟の歩行が、ゴミ雪崩を引き起こしたのだ。
〝運び虫〟が前半分の脚で必死にゴミに掴まる。車体の後ろ半分は完全に宙に浮いている。雪崩により、山肌がすっぽりと消失し、足元がいきなり九十度近い崖になっている。
運び虫が掴まっている鉄骨がじわじわと抜け始め、運び虫のパニックの度合いが強まった。
俺は分子蛇からコピーした分子糸をベースに、蜘蛛のようにミクロサイズの硝酸系粘着球を付随させた糸を構築した。義肢を強化したうえで車体を掴み、自分の身体から糸を四方八方に投射する。
凄まじい張力が糸にかかったが、分子糸は酸性雨さえ降らなければ驚くほど強靭だ。
運び虫はどうにか落下を免れた。
俺が糸を手繰り寄せて車体を山肌に戻すと、安堵したポレポレが座席からずり落ちた。俺が義肢の一本を伸ばして、その手を握ってやると、ポレポレは両手でがっしりと縋り付いてきた。
運び虫は身体をぶるりと振るわせると、何事もなかったかのように前進を再開した。低知能なので、今感じた恐怖などはあっという間に忘れてしまったのだろう。
背後で再び轟音が響く。
カメラを向けると、一つ前の山でもゴミ雪崩が発生していた。いや、雪崩などという生やさしいものではない。山体そのものが崩壊している。凄まじい量のスクラップが山という個体から流体に変化して、山間の谷間をすっかり埋めてしまった。
もしも、俺たちが登っていたのが前の山なら助からなかったろう。少なくともポレポレと運び虫は無理だ。
早めにポレポレの身体を強化しないと。
俺は運び虫の操縦をマニュに任せると、俺CとマニュCがいる研究室風の仮想空間に向かった。
⭐︎⭐︎⭐︎
白衣姿のマニュCが、ホワイトボードに式を書き込む手を止めた。
「ご主人様。ご主人様Aがいらっしゃるみたいですよ」
俺ーー俺たち同士の呼称では俺Cだーーは、簡易マニュ入り擬似MacBookを置いた机からキャスター付きの椅子を離すと、壁にかかったカレンダーを見た。
「早いな。こっちで一ヶ月経過ってことは、向こうは出発してから、まだ三日ほどじゃないか。締め切りは服飾族の都市に着く直前のはずだから、現実時間であと二週間はあるはずだろ?」
マニュCが肩をすくめる。
「わたしに聞かれても。ご主人様Aに聞いてください」
研究室の扉がノックされ、最初の俺である俺Aが顔を出した。
「ちょっといいか?」
「ああ」
俺がソファに向かおうとすると、瞬時にコーヒーカップが三つ現れた。
俺はマニュCを見る。
「おいおい。俺はお前たちに、自分でコーヒーを入れてやりたかったのに」
「不味いコーヒーを味わいたければ、ご自分だけにしてください」マニュが微笑みながら、真っ先にソファに座った。「わたしは、ご主人様の記憶データから再現したスターバックスラテをいただきます。ご主人様Aにはお好みにあわせたソイラテです」
俺Aがニヤリと笑いながらソファに腰を下ろす。
「お前は俺よりも、味覚が幾分〝若い〟みたいだな。俺が古代地球で最後に愛飲してたのはソイラテのはずだ」
俺はふてくされながら、ソファに付いた。
「あんたが俺を作る時に、頭の柔らかさをもとめたからだろ? 俺たちがいちばん頭がキレてたのは学生時代だからな。だから、俺は学生の頃に好きだった、このクソ不味いコーヒーがいいんだ」
そういって、マニュが俺用に用意した煮込み過ぎコーヒーをすする。
俺Aがいう。
「それに、マニュCもオリジナルのマニュAとは性格が微妙に違うな。なんというか、ざっくばらんな感じがする。それに、身長がAより少し高くないか?」
「それもきっと、あんたの深層心理の影響だよ。こいつは、大学当時の彼女に寄ってるのさ」
「なるほど」
俺も俺Aも、しんみりした。
彼女とはもちろん、遠い地球で亡くなった妻のことだ。
彼女は俺よりもずっと優秀な研究者だったが、まさか自分の死後に、俺の補助AIが自分の姿を模すとは夢にも思わなかったろう。彼女の専門分野はAI開発だったから、マニュと対面できたら大喜びしたはずだ。
「それで、いきなりどうしたんだ?」
俺Aが頭をかいた。
すぐに記憶をよこさないところを見ると、あまりいい話ではないらしい。俺Aは大事な話は記憶共有ではなく、口頭で伝えてくる。
「納期を早めてほしい。旅は始まったばかりなんだが、すでにポレポレが危険に晒されてるんだ」
「早めるって、どれくらい?」
「できれば現実時間で二十四時間以内」
「まったく、なんでもっと早く必要性に気づかなかったんだよ。まあ、あんたは俺だから俺のせいだけど」
我ながら本当に間が抜けている。俺BとマニュBが新パーツを設計したとしても、現実世界では構築したパーツを旧パーツと交換する〝手術〟が必要になる。
しかし、俺は人型機械生命の医師免許なんて持ってない。
そこで、俺とマニュCは安全性を高めるために〝手順〟の開発に取り組んでいた。研究材料は、以前手にした貪欲様の記憶データだ。彼女は過去に数十人の村人をバラバラに破壊している。現在、そのときの映像を使って、村人の身体構造の三次元モデルを構築中だ。
マニュCが肩をすくめると、立ち上がり、テーブルの上にあった俺のMacBookを閉じた。
「たとえエネルギーを回してもらって思考速度を早めても、二十四時間では間に合いません。てっとりばやくいきましょう。ポレポレさんを食べるんです」




