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第3章-8 アイドル島を出る

「どうやらそのようやな」

 頭上から聞こえたディーナの声に呼び寄せられるかのように私は頭をあげた。

 そこには数多くの椅子、机。机には汚れ破れ、果てには無残にも散り散りになったものすらあるテーブルクロスが敷かれていた。どうやらここは食堂、私たちの船で言う談話室みたいなところのようだ。

「かなり広いですね……」

 私の上からカトリナの感嘆の声も聞こえる。……感想を述べるのはいいですが、そろそろ私を放してもらってもいいでしょうか? ディーナはとうに放しているのですが。

「そりゃこんだけでかい船何や、一貴族だけの内輪で使う訳ない。大勢の客もてなすにはこれくらいの設備と場所がいるやろ……待てよ」

 至極当然のように返すディーナが、ふと黙り込む。

 何を思ったか、ディーナは内部に入るわけではなく少しだけ室内に顔を出したかと思ったら壁沿いを見回す。

「あった!」

 そして何かを発見する。

「何があったんですか」

「あれや。向こうに扉があるで」

 同じように顔を出した私にディーナはある場所を指示した。そこには確かに扉があった。

「こういう客船は人が大勢入るんや。扉一個や足らんやろ思うたんや」

 なるほど。教室に扉が前後ろにあるのと一緒な原理――でしょう、たぶん。それにここならば例え老廃した床があってもそこを外して別の道を通ると言う手段が有り余るほど広かった。

「とりあえず壁沿いから行くで。時間食うたし最短ルートを通るで」

 その案に私は頷く。正直だいぶ辛いのでそうして貰えるとありがたいし、できれば遠回りにならないことを願いたい。

「最善通すんなら一点に重心揃えるんは得策やない。カトリナはんメリアスはんから離れい」

「えぇー……」

「一緒に落ちたいんかいな。メリアスはん押しつぶして成仏させたいんかい」

「一緒はいいですけど、成仏はさせたくないですね……」

 ここでようやく聖職者の束縛が解かれた。

 その後、ディーナを先頭に、私、カトリナと順に壁沿いを歩いていく。時折床が激しく軋む音に足が竦むも、ここまでは順調に進めている。

 辺りにはテーブルや椅子だけでなく、数多くの料理が並んでいただろう調理盆の数々、生花が飾られていたであろう装飾、果てには楽器類まで転がっていた。この船の持ち主がかなりの金持ちであることを知れたと同時に、未だに未練を残す理由が更にわからなくなる。

「うわっぷ」

 などと考え事をしているとディーナの背中にぶつかってしまう。

「どうしたんですか。大勢で固まると床が」

「誰かおる」

「へ?」

 誰か、その言葉で思い浮かぶ人間は一人だけである。が、恐らくそれは違う。正直しんどくなるので緩めていた霊探知の能力を再行使すると、案の定人ではない反応があった。

「もしかしてあれが例の」

「いや違うようやな、あれ見てみ」

 ディーナが火灯台(ランタン)を前にかざす。

 先ほどまでの賊霊と一緒な骸骨型。しかし、その身なりは襤褸になりながらもどこか清楚感溢れる白、頭には縦長の帽子をかぶっている。この出で立ちは。

「コックさんでしょうか?」

 カトリナが後ろから私の思ったことを応える。

「せやろうな。恐らくこの船に元々いた奴やろうな」

 この船専属コックであるとディーナは推測した。

「できれば避けて通りたいですけど、難しいですよね」

 噂のコックは椅子に座り、恰好から憶するに上の空といった感じに見える。死んでいる?――死霊だからそうだけど――とも思えてしまうが、若干ではあるが首が左右に動いている。

「それは大丈夫やろう。さっきメリアスはんが言ってたやろ。あいつらの目的は争いやからうちらは無関係を貫けば通り抜けるんのは造作ないやろ」

 ディーナは動じることもなく前へと歩を進める。

 今ではほとんど見ることも無くなった賊霊たちはカムシンの闘気に誘われて船上に赴いているに違いない。だからこの人、この霊は。

「……ディーナさんあの霊こっち見てませんか?」

「気のせいやろ。もしくは別の何か見てるんちゃうか?」

「肉……」

「肉でも見てるんかいな。んなあほな」

「肉なんてある訳ないじゃないですか。こんな古い船に」

 三人の噛み合わない会話が聞こえる。

 ……三人?

「で、その肉のありかはどこやカトリナはん」

「それで肉って言うのは何ですかディーナさん」

「あ、あの……二人とも」

 確かにここにいるのは三人である。けど、相違がここに生じる。

「どなたと話しているんですか?」

「それはカトリナさんとやないか」

「もちろんディーナさんと」

「じゃあ肉と発言したのは」

「カトリナはんや」

「ディーナさんです」

 ここである。

「「え?」」

 そして私自身会話に参加した覚えはない。

 けど、ここには三人の人間しかいない。

「仕入……遅かった」

 また聞こえた。三人の、誰でも無い、声が。

 それは前方、私たちが向かうべき扉の方から聞こえた。そこにいるものと言えば、

「今日の……仕込み……入らねば!」

「うわぁ!」

 嫌な予感と共に破砕音。私たちの間に割って入るように鈍色の何かが飛び込み、木の破片を飛ばす。 

 床に大きな穴を穿ったそれは太刀にも似た包丁。その柄を持っていたのは先ほどのコックだった。先ほどとは違う爛々とした気配。そして立ち上ってみて初めてわかったこと。この死霊、相当大きい。

「何や! 何でこいつうちらに迫ってくるんや! 話が違うで!」

「ディーナさんが迂闊に近づいたからじゃないんですか! そもそもこの霊さんさっき話していましたよね⁉」

「先ほどの賊霊と違って高等死霊何ですよ! でも何でこんなところに!」

 高等死霊と言えばうちにいるブラムハムやフロース、一応上で戦っているカムシンなどの知的機能を備えている死霊たち。それも喋るとなるとかなりの物である。

 となるとこの死霊は恐らく意志がちゃんとある。では何のために私たちを襲うか。

「まさかこいつが親玉かいな」

 ディーナが一つの解に辿り着く。

「でも、コックさんがこのでかい船の持ち主何ですか?」

「否定はできへんで持ち主が料理好きで客人にふるまってたかもしれへん」

「じゃ、じゃあもしそれが本当だとしたら、この死霊を説得」

 ドゴン!

「できません!」

 無理! 本当に無理です!

「情けなすぎるやろ⁉ もうちょい努力はできへんのか!」

「刃物恐い、刃物恐い」

「散々死霊だの化け物だの見てきて包丁一人振りで怯えるなや!」

 だって当たったら痛いですよ! と言うか死にますよ!

「何か話しとるやろ。それに応じればええやろ!」

「話してるって何をですか!」

「肉や! 肉、肉さっき言うとったやろ!」

「肉がどうしたんですか!」

「仕込み……上等肉!」

「きゃっ!」

「だ、大丈夫ですかカトリナさん!」

 むやみやたらに包丁を振り回すコック死霊でも、気づいてみればこのように相談ができるほどに私とディーナの余裕がある。一方でカトリナは何故か狙われやすい。ディーナはまだしも、私は運動神経が悪い分カトリナよりもすぐに捕まりそうな気もする。が、それでも私を狙わない。

「肉、そうか肉か!」

「肉?」

「こいつはコックや。賊の生きがいが盗みだとするならコックの生きがいは料理。つまり料理する為の素材を求めとるんや! そしてあそこには豊満な肉がある!」

「に、肉ぅっ⁉」

 酷い形容に思わず慄く。

「誰が太ってるですか! ほら見てくださいコックさん。あそこに無駄の無すらない、がっちりした肉体がありますよ!」

「誰が凹凸も無い体型や!」

 その台詞だけでよくわかりましたね。仲がよろしいことで。よかった。出てなく、引き締まっても無い体で。……ぐすん。

「今日は……焼肉……大量」

「雑な料理にするなや! こんなでかい客船の専属コックなら洒落たもん作れ!」

「変な抵抗しないでください!」

「粗末に……するなぁ‼」

 ほら怒った!

「こうなったら倒すしかないで!」

「頑張ってください!」

「あんさんもやるんや!」

「説得できなかったらディーナさんとカトリナさんで何とかする予定じゃなかったっですか!」

「専門家やろ!」

「現在はアイドルです!」

「普段否定していることをこんなとこで肯定するんやない!」

 便利だからいいんです!

「ふぇぇぇ……。何で私ばかりなんですか」

 そしてこのやりとりをしている間にもカトリナは狙われ続けている。別段聖職者が狙われていることに問題は無いのだけれども、カトリナが狩られたら今度は私の番かもしれない。

 それに被害はこれだけでは終わらない。

「メリアスさん! 助けてください!」

「カトリナさんが来ました!」

「来んやないはあんさん!」

「神罰が下りますよ!」

「あぁぁ……待てぇ……」

 カトリナの後ろから追いかけてくるコックがものすごい勢いで追いかけてくる。

 バキベキバキ。

 その後ろでは巨体に踏まれ、包丁が叩きつけられた腐敗床がどんどん破壊されていく。

「道がどんどん無くなっていきます!」

「こうなったら、進むで!」

 ディーナの火灯台(ランタン)が元進もうとした道を照らす。

 先ほど痛い思いをした扉に似た扉をディーナが蹴り飛ばし部屋の外に出る。

 無事穴の向こう側に辿りは付けたものの、いつこれと同じ穴ができるかわかったものじゃない。

「こうなったら二手に分かれるしかないで! カトリナはん別の場所に行き!」

「いやです! メリアスさんと離れたくはありません!」

 命より先に私ですか。

「今一番肉と認識されているのはあんさんや! 追われている身は素直に追われい!」

「粗末な肉だからって八つ当たりはよくありません!」

「八つ当たりちゃう! 寧ろそう言われる方が癇癪起こすわ!」

 またもぶつかり合う二人。やはり仲は良くない。

 けど、今はそうしている場合ではない気がする。

「それよりもディーナさんが戦えばいいじゃないですか! どこがドワーフですか、力仕事もしなくて」

「うちは頭脳派なんや!」

「嘘です! そんなでかいハンマー使って!」

 おまけに荷物がいっぱい入ってそうなでかいかけ鞄――火灯台も入っていた――もさげているのだから体力派じゃない訳がない。

「そもそも何入ってるんですか、その中。護符とかないんですか?」

 万一の可能性を持って聞いてみる。

「んなの入っとるわけないやろ。撮影に必要な品が九割。後は嗜好品のみや」

 億の一すらなかった。それでも一割金銭以外の物が入っていた時点で意外かも。

 始めは撮影撮影だったけど、ディーナも結構楽しみだったのかもしれない。確かに所々色々な準備をしていたような。

「あぁぁぁ‼」

「何や⁉」

「ディーナさんあれ! あれ持ってますか!」

「あれって何や! うちでも持てるもんには限界あるで!」

「タベロイン牛!」

「あぁぁぁ‼」

 私が思い出した時同様の驚きの声がディーナから帰ってくる。そしてこの反応はもしや。

「あるんですか⁉」

「ある! それに三次元豚もある!」

 そういえばそんな物もあった。

 わかるとすぐにディーナが行動を起こす。私の方に火灯台(ランタン)を投げ捨て、自らのでかい鞄の中に手を突っ込み。

「あったで!」

「早!」

 投げられた火灯台(ランタン)を持ち直す手間も与えぬうちに目当ての物を引き当てた。けど、今はその早業が頼もしい。

 ハンマーより強烈な武器を得たディーナは臆することなくコック骸骨に振り向く。

「ほら、そこの奴。今追っかけてる害しかない肉より、こっちにはいい肉あるで!」

「誰が悪害の肉ですか!」

 うーん……神聖化された食べ物は死霊もネクロマンサーも駄目だけど、聖職者の肉も害があるのだろうか? いや、間違っても食べないけどさ。

「あぁ、肉……ぁ」

 粗暴なグリズリーのような動きをしていたコックの動作が何かに束縛されたように止まる。その要因となったのは恐らくタベロイン牛と三次元豚。それを証明するように。

「これは最高級サータベロイン牛! それも肉質からして広大な草原を所有しサータベロイン牛が一番快適に暮らせる高度にあると言われるゴクラク山で育てた逸品に間違いない! 何よりこの匂い。飼料になるために生まれ育てられた雑穀の匂いではない。これは……新鮮な空気と恵みの雨、そして太陽に近い山で育てられたからこその温かみ溢れた新芽の香り! それが全てここに詰まっている!

 それにこっちはこの丸み、リアル感はまさしく三次元豚!」

 なんか妙に饒舌になった! というかここまで知的な死霊だったの⁉ さっきまでのあれは何⁉

「おぉ……おぉぅ……この肉の良さを知る人物にここ来て初めておうた……」

「人じゃないですけどね」

「そこらの魚に見せ場占領されて舞台に出れなかったこいつらの身にもなれや! 今の今までずっとお蔵入りやったんやで!」

 その魚たちのおかげで今助かっているんですけどね。ありがとうお魚さんたち。乱獲騎士に憑りつくことなく安らかに成仏してください。

「頼む! その肉たちの一世一代の晴れ舞台をうちに見せてくれへんか!」

「まかせておけ! この道一筋の私にならできる!」

「あの……主旨変わってませんか?」

 一流階級の娘が期せずして手にした食材を街一のコックに頼み込んでいる光景がそこにはある。その背景が床は穴だらけの蜘蛛の巣が張り巡らされた廊下と来たのだから場違いにも程がある。

 身の丈がだいぶ違う二人のよく分からないやり取りが調理法から調味料の一文字違いの変化を見せようとしたときだった。

「何でしょう。何かが軋む音がしませんか?」

 蚊帳の外にいたカトリナ――そもそも私も蚊帳の外に近いけども――が、何らかの異音を訴えてきた。

「軋むですか?」

 気になり耳を澄ましてみる。塩にしてもこだわる必要性があるだの胡椒は味を引き立てるか邪魔になるかだの話し合いの中、確かにミシミシという音が聞こえた。意外と音源は近いらしく追っていけばすぐにでも見つかりそうに思えた。

「普通は塩を振るもんやろ!」

「何を言う! あんな誤魔化しにしかならんものはいらない!」

「ただ焼いた肉なんざそこらの動物の餌やろ!」

「その中にある肉独自の風味を味わえてこそ舌が肥えているんだ! これだから最近の若い者は!」

 うん、これは厳しい。どこでこじれたのか二人の意見が完全に違えた罵倒が全てをかっさらていく。

「あの! 落ち着いてくれませんか!」

 このままでは元凶を知るもままならない状況になるので、火花でも飛び散りそうな視線を飛ばしあう二人を宥めようとする。

 けどその視線が反れることはない。水平に保たれた眼は双方の眼をただ単に射抜く。

「んならあんさんは調味料一切使わんのかいな!」

「そういうわけではない! でもこれはこれで素材の味を活かすのが」

「言い訳言うなや! そもそもうちが客であんさんが店やろ! 客もてなすんが店の仕事やないんかいな!」

「ぬ、ぬぐ……」

 そもそもの目的から完全に逸脱した論争はディーナが好戦に転じている。一方の死霊コックは目線同様にどんどん下に下っていく。

 どんどんと。

 どんどんと。

 どんど――ん?

「ゆ、床が‼」

 疑問に気づくと同時にカトリナの叫びが部屋中に轟いた。

 床、という単語で注目すべき点が判明し咄嗟に下を向く。

 そこには臨界点を突破する間際の弛みきった床と木片飛び散る断末魔という地獄が映し出されていた。

 そしてそれが、奈落と化す。

「ぬぉぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 ろくな整備もされていなかった古床が巨体に耐えられる訳もなく待ったなしの崩落が始まる。一番初めの犠牲者は言うまでもなく重石となったコック。次は、

「あぁぁぁぁ‼ うちの肉が‼」

 タベロイン牛と三次元豚。それを追いかけようとするディーナ。

「諦めてください! 落ちます! 落ちますから!」

「いやや! うちがどんな思いでこの肉用意したと思っとるんや!」

「帰ったら美味しいのいただきますから!」

「崩れます! 崩れますよ!」

 腕力とは大違いの軽い体を私とカトリナで両脇から抱え上げる。運悪く抜けた場所が周囲の要だったらしく、そこから波紋のように崩れていく。

「逃げろー‼」


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