第3章-7 アイドル島を出る
「だいぶ進んだな」
「そ、そうです……ね」
「で、あんさんは何で過呼吸なんや」
「こ、これは魔力の消耗で」
「嘘つけい。明らかに体力不足なだけや。帰ったらまずは体力つけるとこからや」
「うぅ……」
反論できない。言うまでもなく体力の方が先に底ついていた。
「そんなこと気にしなくていいですからね! 私ならいつでも肩を貸しますから!」
「は……い」
ネクロマンサーとしての沽券に関わるが為に、頑なに拒んでいた聖職者の肩すら借りる体たらく。
〝拝啓 父上、母上、ついでに里の皆様へ
ごめんなさい。こんな根性無しで。
でも、でも、クビだけは止めてください。本格的にアイドルをやらせてくださいと隣の人に頭を下げるのは嫌です。〟
「しっかしほんまでかいな。造船費いくらかかったねんや……」
ディーナが守銭奴気味た愚痴をこぼすのに納得する。実際に単に体力不足では言い切れないくらいに歩いている。今まで上からずっと鳴り響いていた激しい破砕音も今では耳を澄ましても聞くことが難しい。
辺りは更に静寂を極め、ここまで来ると今まで犇めくように存在した賊の死霊たちも姿を見なくなった。雑踏はなく、ただただ私たちの足が木の廊下を叩く音が響く。
永遠に続くのではないかと思われるその木の板。それが唐突に終わりを向かえる。
それは歓喜の瞬間――ではなかった。
「抜け落ちとるな」
「無いですね」
「は……い」
そこだけ、いやそこだけでは形容しがたい大きな闇、つまりは穴が私たちの目の前に立ち塞がる。何年物と言うにしても古すぎるこの船だからこれくらいでかいものは想定しておくべきだったのかもしれない。いや、想定以前にその穴に落ちた犠牲者が一人いたんだった。
「端を渡って――はきつそうやな。んじゃ飛び越えるしかないわな」
ちょうど木の板一枚分の距離を見てディーナが溜息をつく。ちょっと待ってほしい。
「飛び越えるって、この距離をですか⁉」
「向こうの足場はしっかりしてそうやし、幸いこっちの足場も頑丈や。走って飛び越えれば」
言いかけたディーナの言葉が潰える。代わりに訴えかける視線が私に突き刺さる。
「あー……せやったな」
「哀愁漂う目で見るの止めてもらえませんか」
「誰のせいやと思っとるんや! あんさんやっぱ体力つける所から始めなあかんで!」
そう、それは忘れることもないあの二つの痛み。
それは一期生。
炎天下の中行われた基礎体力を調べるという謎の催し物。いや、催し物と言うには余りにも華がなく味気ない、漢字一文字で表すならば『酷』がしっくりくる行事。そこで私は、助走と言う高難易度の補助動作を行い、飛躍せよという競技――後に知る走り幅跳び――を強要された。
走れない土地と言う訳でもないが、走る意味など必要なかった土地で育った私には案の定至難の業であって、私の足は柔らかい砂地の着地点に届くことなく助走路の延長上にある地へと落ち、そこで耐えがたい痛みを受けることとなった。
それは二期生。
再度訪れた悪夢。それも今度は悪鬼、熱気、嫌気と訳の分からない取り巻きを連れてやってきた。
滅茶苦茶な催しを悪鬼から提案され、口煩い姫から酷い扱いをされ、競技前に既に疲弊していた私に対し、前者二名同様に嫌っていた熱気から助け舟が用意された。
が、その助け舟が仇となり今度は柔らかい砂地であったにしろ炎天下に晒された砂に全身強打した為、痛い熱い思いをする羽目になった。
あの暑い日の苦しみが、今走馬灯のように……。
「あー…………」
「あかん。これはあかん」
「だ、大丈夫ですかメリアスさん!」
「大丈夫やなさそうや、回復してやり」
「メ、メリアスさん⁉ 今助けてあげま」
「うべべぁ⁉」
身体に走る不快感があの暑い日の思い出と謎の無気力を一気に突っぱねた。
「おぅ。元気になったようやで」
「あなたの仕業ですか⁉」
「限界近いんなら尚のこと現実に向き直れや。ここどうにかして抜けるで」
宿敵を仕向けたであろうディーナが悪びれる様子も無く穴の向こう側を指す。横になった私がすっぽり入りそうな穴はどう考えても私が飛び越えられる距離ではない。
「無理ですよ……」
「提案しといた奴が何言いだすんや。こうなったらうちが投げ飛ばしてでも突破するで」
「え、え、えぇぇ⁉ ちょ、ちょっと待ってください」
私よりも更に低身長なドワーフが火灯台を床に置き、私の身体を両手で横にして持ち上げる。流石に投げるなんてことは――と思いたいが、この人はそういうことをお構いなしにやる人だった!
「受け身くらいは取れや」
「受け身ってどうやるんですか⁉」
「知らんなら我慢せい!」
「理不尽な!」
従業員の扱いが酷い、この社長!
「何をするんですか! メリアスさんはあなたのせいで今疲れているんですよ!」
これを止めようとしたのはカトリナで、頭一つ高い位置から私を引きはがそうとする。
「えぇぃ! 何しとるんや! このままじゃ先に進めんで!」
「そんな危険な方法で進まないでください! メリアスさんは私と安全で幸せな人生を進むんです!」
「意味が違うやろ⁉」
全く持って違います。
「って、そ、それより落ちます! ディーナさん! 足元! 足元!」
「う、うわ! あかんカトリナはん横や! 横!」
「え、わわわわ!」
注意を怠っていたが故に足元が疎かになり、気づけば私の身体が大半穴の上に来ていた。もしここでディーナが手を放せば確実に私は落ちていく。それも時間の問題だった。
「でぇい! 落ちてたまるかぁぁぁ!」
が、それを持ち前のわるぢ――もとい知力を放り出して力技でディーナがねじ伏せようとした。
その結果、私は落ちた。
「べぶ!」
ディーナの手から投げ出され、廊下横にあった扉を突き破り、落ちた。
「ふぃー。全く、落ちるとこやったで」
「私は落ちましたけどね!」
おまけに朽ち果てた扉に顔面から行きましたけど! ささくれが痛かったですよ!
顔面ダイブによってぶち抜かれた扉は私と床に挟まれるように横たわっていた。
木で出来た扉。そこには黒ずんだネームプレートらしきものが備えられていて、かろうじて内容を理解することが出来た。
「れすとらんと?」
食事処?




