第3章-6 アイドル島を出る
「広いわな……しかもこれ割れとるけど火灯台タイプの照明、それも蝋燭どころか単なる蝋やで。船でかかったからたぶんそうやろう思っとったけど、だいぶ金持っとった奴の船やなこれ」
商人と言うよりももはや骨董の鑑定士のような眼で、船に入って以降ぼろぼろになった各種装飾品の数々を携帯火灯台でかざしながら眺めるディーナ。
「くすねるような真似しないでくださいよ」
「あんな。うちは商人やで、前も言うたが盗みは嫌いや」
そういえばこの人はこういう人でした。出会って二日目のオークションあらさがしの印象が大きすぎたせいで、性悪な印象がいつの間にか脳内に植え込まれていたようだ。
「んでもな。この船は最終的に難破した船のなれの果て、つまりは所有者不在、つまりは身元不明の品、つまりは……」
つまりつまりの堂々巡り。今ディーナの脳内では悪と金の境目が行き来しているのだろう。
「それよりも早く目的を果たしましょう。そうしないと本当に地獄の沙汰も金次第になりますよ?」
「……死んでまでは勘弁やな」
理解が早くてよろしい。
「待ってください。前から何か」
若干目的を外しつつあったディーナを軌道修正している最中、カトリナが何かに気づく。
霧によって阻まれていたとはいえ太陽光が僅かに漏れていた外と比べ、照明を失った船内は非常に暗く、ディーナの光源だけが視覚を活かしている。
永遠に続くのではないかと思われる闇にディーナが光を差し伸べる。古びた木目調の床と壁が露わになると同時に奥の方で蠢く存在を確認した。
「ここまで追ってきたんかいな!」
「これだけならメリアスさんをお守りすることができます!」
敵であると確認した二人がそれぞれ意を固める。
「待ってください」
それを私が小声で制す。
「まだ動かないでください。それと通行の邪魔をしないようにしましょう」
「はぁ⁉」
妥当な返事が返ってきた。大声で。
「そんなことしてたら無抵抗に襲われるだけやろ⁉」
「大丈夫ですよ。何なら私が一番前に出ますので皆さんは後ろにいてください。そうすれば私が一番初めに襲われますから」
自信のある発言と、自ら一番危険な位置に行くことによって説得力を出す。
「メリアスさんにだけ危ないことはさせられません! ここは私が!」
その説得とは全く別の意味でカトリナが私同様に通路の端による。……何故抱きつくのかはわかりませんが、守られてる? これは守られてるの?
「んな悠長なこと――ってあいつら武器持っとるやないか!」
もう近くまで見えた骸骨の手には剣先の欠けた曲刀が握られている。一方こちらの得物と言えばディーナの両手持ちのハンマーのみであり、そのディーナは今光源を持っている。それを失うことは武器を持たないことよりも危惧すべきことである。
片手で何とかハンマーを持とうと焦るディーナにこちらも焦る。
その間に骸骨が近づいてきて。
何事も無かったかのようにディーナの横を通り過ぎた。
「……は?」
「大丈夫でし」
「大丈夫でしたかメリアスさん! 敵は去りましたよ! 大丈夫ですか!」
大丈夫ではありません。息が苦しいです。
「なんや今のは⁉ てかあんさんさっきから何を知っとるんや!」
「ふ、ふご、ふっががが」
「わかるように話せや!」
納得いかないディーナがカトリナを引っぺがす。真新しい空気は若干湿っぽくて残念だった。
「すー……はー……。えっとですね。死霊というのはだいたいが思考というものを失っていまして、生前に持っていた欲望を行動原理とするものが多いんです」
私が使役しているものはだいたいがブラムハムを筆頭にある程度の思考を持ち合わせているもばかりである。今上で大暴れしているカムシンも一応の聞き分けは効く。かなりひねくれてはいるけど。
「で、今私たちを襲っている霊ですが」
「この貴族御用たちの船の幽霊か」
「いえ、それは本体です」
「本体やと?」
「さっきから襲ってきているのは海に漂う悪霊。簡単に言えば賊たちのなれの果てです」
「あれ、海賊やったんか!」
「恐らくそうでしょう。山の賊がここまで流れてくるのもおかしいですからね。で、この豪華船の主は死霊としては相当の魔力の保持者、或いは現世への遺恨の持ち主であってそこに彼らが自然と集まってきた感じですね」
「つまりはあれか。いい空家があったからそこを勝手に使ってるゆうわけか」
「うーん……そんな感じでしょうか。この船の持ち主がどう思っているのかは私にはわかりませんが」
ただ、もっともそれが一番の問題であったりもするのだけど。果たしてこの船の持ち主はどんな意思の元、死霊となっているのかさっぱりわからない。
「つまりは上にいた奴らの狙いはうちらの金品か!」
「そうならばディーナさんだけをさらえばいいじゃないですか! メリアスさんや私が巻き込まれる必要性は無いんですよ!」
「うちのせいかいな!」
「それは違うと思います。元々金品狙いであれば、私たちを襲う前に船の中に侵入していると思います。彼らの私欲は、闘争心です」
「「闘争心?」」
二人して私の言葉に疑問を持った。
「こういうとちょっと正当化されているように聞こえてしまいますね。もっと彼らっぽく言えば「戦いたい」「殺したい」といった気持ちでしょうか」
「じゃ、じゃあなんでうちらを襲わんのや?」
「それは敵意を持った人物だけを彼らが襲っているからです。一番初めは浄化しようとしてたカトリナさん。その次は援護射撃で助けようとしたアーチェさん。そして暴走したクリスさん。そのクリスさんを追いかけてきた骸骨たちにちょっかいかけたタナカさん。で、今はカムシンにわざとわかりやすいように盛大に暴れまわってもらっています」
「うちが襲われとったんは実はカトリナはんを狙ってて、それにうちが巻き込まれただけやったんかいな……。てことはさっきうちら通りすぎてった奴ら今頃上のでかぶつとぶつかりあっとるんか?」
「存分に暴れまわるよう指示してありますから、その覇気が船内にも伝わって……」
「メリアスさん⁉」
言い終える瞬間身体がよろめく。
とっさにカトリナが駆け寄ってくるのを見て、私はすぐに口を開いた。
「これは魔力の消耗です!」
今迄の出来事から見て、これはすぐさま精神攻撃に繋がると思い先手を打つ。
「んなら余計なことはせんほうがええな」
事態をすぐに理解したディーナがカトリナを制止する。
「大暴れしろと言ってある以上文句は言えません。魔力が尽きればこっちの不備だと言われて終わりです」
「世知無いなぁ」
「あいつの理解力と協調性がないだけです」
だからこそ一年も出番がないんですよ。
「ならば早く大元を探しましょう! こんなところさっさと出てゆっくり休みましょう! 私も付き添いますから!」
「ありがとうございます。後付き添いは結構です」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ」
本音です。
「で、態々危険晒してまで賊たち除けたんは理由あるんやろうな? 今から探索じゃこのでかい船あんさんならもたんで?」
「……痛いご忠告ありがとうございます」
果てしなく続く廊下の闇が、果たしてどこまで続くのか、私にはわからない。
「とりあえずこの船の持ち主、そして魔力の元である死霊に会いに行きます」
「で、会ってどうするんや?」
「それは――その時で」
「あんさん戦えるんか?」
「……きついです」
残り魔力じゃむっちゃんも呼べません。武器が無ければ素手で戦え? 無理です、骨が折れてしまいます。
「はぁ……。んなら交渉できるならうちが交渉して、無理ならカトリナはんに浄化してもらう。でええか?」
「そんなことしたら今度は私が襲われて」
「メリアスはんの為にでも無理か?」
「やります! 全力でやらさせていただきます!」
ディーナによる溜息混じりの協力で、今後の方針が決まった。ただ、私をダシに使うのはそろそろやめていただけないでしょうか?
「となると、まずは主に会わなあかんな。客船関連でお偉いさんはだいたい船尾に部屋を持つんが主流や。航海の際後ろに残る轍みたいんがきれいやかららしい。とりあえずそこに向かうで」
火灯台の灯りを闇へと示すディーナが自らの持つ知識を片手に解を導き出す。
「最後尾……ですか」
その解をもっとも簡略にした結果が、この廊下の端に行くという答えだった。
身体が一段と重くなる。これは身体測定時の徒競走を超えるかもしれない距離に絶望しているのではなく、恐らく上で好き放題やっている暴れん坊が原因なのだろう。
「お辛いのであれば私が背負って!」
「そ、それも結構です……」
奉仕――特に私の――が生活の一部であるかのようなカトリナの誘いをやんわりと断り重たい足を前に進めることにした。
その数秒後腐った床に足を嵌め、盛大にこけるとは知る由も無かった。




