04-5 もうひとつの可能性
「あかねっ」
あかねが撒いたオリガミは、敵パーティーに殺到した。
「……てか、遅いか」
俺は溜息をついた。もう戦端は開いてしまった。あとは相手を全滅させるまで、戦うしかない。そうでないと、この戦闘空間から出られないから。
唇の端を上げて笑うと、ダークエルフのマジックファイターが、手にした闘棒をバトンのように回す。あかねのオリガミは、力を失って地に落ちた。
「くそっ」
あかねが毒づく。
「絵里。モアパワーお願い」
懐を探り、次の一手を考えつつ。
「わかってますって。この美里絵里先生にお任せあれ。みんな、部活の戦闘、頑張るのよー」
事前詠唱で溜め込んでいたドーピングパワーを、絵里が放出した。俺達の活性が一気に高まる。陽菜が展開していた五芒星の魔法陣は回転を一気に速め、すでに武器を召喚しつつある。見たところ、ブラスターの類だ。
それを見たのか、リーダーのヒューマンとエルフが弓やボウガンの矢で陽菜を狙ったが、サムライのルナが飛び出して、ムラマサで斬り落とした。それ以上突っ込まず、ルナはそのまま、すっと引く。
「空っ」
「ご主人様」
駆け込んできた空が、俺の腕の中で書物となる。ページをめくり、間接武器である多射程ボウガンの詠唱を始めた。
「さすが、俺達のパーティーだな」
詠唱中というのに、思わず言葉に出た。
敵パーティーはバランス型とはいうものの、物理攻撃タイプが多い。その利点を潰し弱点を攻めるには、間接攻撃中心で攻めるのが賢い。だからこそ陽菜も俺もそうした武器を選択した。前衛のルナだって前線に攻め込まず、間接攻撃者の防御と敵牽制の方向で戦っている。
パーティー戦は、チェスのようなものだ。敵と味方の特性に応じ、様々な戦略を駆使して、自陣に有利な戦略に、瞬時に切り替えていかなければならない。あうんの呼吸でここまで戦えるパーティーを、俺は誇らしく感じた。
「うおーっ!」
自慢の戦斧を振り回し、ドワーフが突っ込んできた。俺達の戦略を見て取り、突破口を開くつもりだろう。攻撃集中を恐れず来たということはおそらく、身にまとう鎧に、なんらかの魔法効果が付与してあるのは確実だろう。
案の定、陽菜のブラスターからの灼熱の炎は、ドワーフになんの被害も与えられない。ごわごわのヒゲを焦がすことさえできずに。
あかねが撒いた防御オリガミの結界がドワーフの一撃を防いだが、それでも一刃で結界に大きな穴が空いている。あとひと振りで崩壊し、あいつはこちらの中央に躍り込んでくるに違いない。
陽菜と俺の前に位置を変え、ルナがムラマサを構え直した。ドワーフに向け。
と、ドワーフの甲冑をかすめるように、向こうから矢が連射されてくる。ドワーフに当てない自信があるのだ。後衛の実力もまた、かなりのものだ。
ルナは矢の対応に追われ、ドワーフはついにパーティー中央に殴り込んできた。しかも背後、隠れるようにウェアウルフのボディファイターと、ダークエルフのマジックファイターが続いている。
――くそっ。こいつら速い。
攻撃のスピードが半端じゃない。相当の手練だ。敵に自分たちの特性を掴まれる前に速攻で圧倒する――。それはたしかに、パーティー戦の、ひとつの究極の形だろう。
「どっせい!」
ドワーフの斧を、ルナがムラマサで受け流した。その隙をつき、左右に散ったウェアウルフとダークエルフが、両サイドからルナに攻撃を加えた。間接攻撃に弱いと見せそれ用の対応を引き出しておいて、速攻で直接攻撃戦に持ち込み、こちらの間接攻撃武器を無効化する――。敵ながらあっぱれだ。
情勢を見て神紙剣に武器を急遽組み直した俺が、ダークエルフの棒を受ける。ウェアウルフの体術は、あかねのオリガミが防いだ。味方を攻撃する危険を避け、陽菜はブラスターを敵後衛に放った。後方からの支援を分断する狙いだろう。
だが敵はもう次の一手を打っていた。女ヒューマンが召喚した毒大蝙蝠が多数、上空から殺到する。こんな奴、普段はなんてことないんだが、この一戦では、俺達の手数が足りない。しかも敵エルフは、ヒールの必要がない序盤戦の利を活かし、上空に連続して放った弓矢で、放物線上に攻撃の手数を増やしている。
「くそっ」
味方の受傷は避けられずと見た絵里が、強力なドーピングを背後から施す。走り込んできた「ちくわ」がその効果線上にクロスすると、意外なことが起きた。
「ごごご、ごあーごぉおおおぉ」
「ちくわ」の体が、見る間に膨れ、五倍ほどになる。牙を剥いた「ちくわ」は、瞬時の異変に隙を見せたダークエルフの喉笛に飛びつき、喉を食い破った。
「ぺっ!」
倒れた女の上に立ち直り、「ちくわ」は肉を吐き出した。
「ダークエルフはまずいから嫌いだにゃん」
「お前っ!」
飛びじさったドワーフとウェアウルフが、情勢を読み体勢を整えるべく、味方パーティーの前面に立つ。守備の構えだ。その隙を突き、蝙蝠と毒矢を、俺達はすべて薙ぎ払った。
「猫じゃないな。――ケットシーか」
敵リーダーがうめく。
「そうかわかったぞ。一時は手配書が世界中に貼られていたからな。そんなお前が、どうしてこんな奇妙な動きをするんだ」
「まだまだ、このおっさんたちに死んでもらうわけにはいかないにゃん」
前脚で、顔を洗っている。
「くそっ。弔い戦だ。行けっ」
「うおおおおーっ」
リーダーの叫びで、敵全員が躍り込んできた。ドワーフとウェアウルフの前衛だけでなく、長剣を振りかざしたマルチロールのリーダーと、毒短剣を抜いた召喚師兼テイマー兼スカウト、さらにはヒーラーのエルフすら、短剣を握って続いている。四方八方に剣筋や体術の技が出てくる、異例の手法だ。
同士討ちの危険があるので、普通は味方の間合いには入らないものだ。しかし連中は、それを恐れず密集している。かなりの鍛錬を積み、互いの動きを体に叩き込んだ、熟練のパーティーということだろう。
本来は間接攻撃で一発だが、これまでの流れで、間接攻撃の手法を残したのは陽菜だけになっている。おまけにすでに連中はこちらの真ん中に位置しているから、使うのは無理だ。個別に対処しようにも、攻撃を受け流した瞬間、周囲の敵が波状攻撃をかけてくるからやっかいだ。
どうしても防戦がちになる。それを見て取って、連中は、ターゲットをリーダーたる俺に向けてきた。
「危ない、思音っ!」
あかねが叫ぶ。敵リーダーの長剣を神紙剣で受けた瞬間、俺の腹を狙い、ドワーフが素早く斧を一閃させた。
「くそっ」
――避けられない。
剣筋からして、腹を割かれる。逃げようにも、敵の剣をギリギリで受けている状況だ。
俺は、死を覚悟した。そして考えた。どう動いたら、死ぬまでの間に敵の体勢を崩し、俺以外の味方の勝利を導けるかと。
と。
「うおっ!」
ドワーフが目を剥く。
無理もない。俺の腹から飛び出した「第三の腕」、例の赤黒いグロテスクな奴が、斧の刃を受け、そのまま握り潰したからだ。
「神話時代に鍛えられた、ハイミスリルの神斧がっ!」
ドワーフが恐怖の叫びを上げる。
見る影もない斧を放り出すと、腕は、今度はドワーフの頭に襲いかかった。ぐしゃりと、気味の悪い音がする。頭を潰されたドワーフは、鎧の派手な金属音と共に倒れ込んだ。
「お前、その腕はいったい――」
リーダーのおののきは、悲鳴で上書きされた。
――五分後――
敵はすべて倒れ込んでいた。戦地の床には大量の血が流れ、体温の湯気を立てている。
「その腕は……まさか邪神の……」
虫の息のリーダーが、つぶやく。
「悪いな。どうやら俺の中に邪神の細胞が寄生しているみたいなんだ。俺の意思とちょっと違う感じに暴れるみたいだし。こんなことになるとはさ」
邪神の腕は、俺の言葉を待っていたかのように。腹に消えた。
「ほらな」
「ならそこに……」
リーダーは、断末魔の瞳で、俺を見つめた。哀れんでいるかのように。
「世界とお前たちを救う……か、可能性……。み、見つけるん……だ。それ……を。そ……れ……」
事切れた。見ると、あまりの展開に、こちらのパーティーも複雑な表情。「ちくわ」はもう元の大きさ――ただの猫に戻って、顔を洗い続けている。
「なんか……あんまり気持ちいい結末じゃないな」
俺のつぶやきに、戦闘フィールドが解除される音が重なった。
俺達は、もう日常の街頭に立っていた。命を懸けて戦った者だけが放つ、殺伐とした異様な殺気を放ちながら。




