09-2 絶望パーティー再集合
「お前……いったい何者だ。ルナをどうした」
「ふん。体が弱いだけでなく頭も悪いようね。私はルナよ。一文字ルナ。この次元に転生して産まれてからずっと、そう呼ばれて育てられきた。……ただし、ルーナじゃないけどね」
「……」
「はあはあ息しちゃって。獣みたい」
ルナはケラケラ笑い出した。
「もうすぐ神が顕現する。ほら、もう腕から体へと侵食が始まってるもの。あなたは飲み込まれる。あなたたちが『邪神』と呼んでいる神にね」
「く、くそっ……」
「ああ、やっと解放されたわ。心地良い……」
ルナは心底気持ち良さそうに伸びをした。
「この子の心、窮屈で辛かったわ。あなたがキスしてくれたから、すべてのロックが外れたのよ」
「……うっ」
「痛むの、思音? 転生で復活したあなたの左腕には、『邪神』の一部が逃れ潜んでいた。復活のパワーを溜めるのに、十五年という時間が必要だったってわけ。そしていよいよ復活に向けてのカウントダウンが体内で始まり、あなたのそばにいる私に影響して、私の使命が心の裏で解放された。ルーナの……ルナの体を操って手配するのに苦労したわ。心になかなか隙がないから」
「じ、じゃあ……」
「そうよ。あなたバカじゃないの。陽菜の怪我、そして空や絵里の排除……。誰かが仕組まなかったら、そうそう都合良く続くわけないじゃないの。おまけに復活促進の薬まで飲んじゃってさ」
意地悪く目が笑う。
「貴様……」
「さっきのキスで、あなたの体内の至高神様と直接コンタクトを取り、私はすべての記憶を回復した。ルーナやルナの人格を奥に幽閉してね。自分でもおかしいと思ってたのよ。あの沖縄の夜、どうしてあなたとあんなにキスしたかったのかって。サカリがついたんじゃなかったのね。理由がわかってすっきりしたわ」
「お前はっ」
立ち上がり殴りかかったが、軽くかわされた。
「やだ危ない。まだ動けるなんて、たいしたものね。ふふっ。女の子に暴力ふるっていいと思ってるの?」
からかう口調でにやけている。
「お前は……お前は誰なんだ」
「決まってるじゃない、ホムンクルスよ。あの戦いで私たちは負けた。でも私の創造主様――あなたたちの言う邪教の総統ね――は、隙を見てあなたの左腕の傷に至高神様の一部を埋め込んだ。落とされた腕の切り口からね。そして殺され倒れてからも、あなたたち全員の情報をじっとスキャンしていたのよ。命をひとつと半分、持っていたから。で、ルーナが……」
ルナの唇が、酷薄な笑みを浮かべた。
「ルーナが残ったときに、創造主様は探った情報から私を創った」
「ルーナが……残った? なんのことだ」
俺の問いに答えずに続けた。
「そしてルーナが消したパーティーの記憶を一部復活させて、転送に私を紛れ込ませた。……ねえ思音、本当にわからなかったの? エリス――絵里の転生時空がひとりだけずれたのは、予定外の私が割り込んだからなの。だから彼女は押し出されたのよ、八年も前方に」
「ぐっぐおおおおーっ」
足が勝手に動き、俺はよろよろと立ち上がった。頭がくらくらして視野が定まらず、見慣れたはずの部室がぐるぐると回り続けている。
「もうすぐあなたは取り込まれる。そして邪神となって、この世界を滅ぼすの。あっちの宇宙と違って、この時空にはサイキックな攻撃に対する対抗手段がないみたいだから、人類が滅ぼされるのも時間の問題ね」
「なぜ……邪神が……俺の……」
「中に入れたかって? 簡単じゃない。私の創造主様、イヴルヘイムの総統は、あなたの実の父親だからよ」
「くっ!」
「だからこそ、あなたの体内にたやすく触れたってわけ。さて、そろそろ時間切れね。あなたはもう消えるわ。さよなら思音。楽しかったわよ、知り合ってから」
にっこりと、そう本当に無邪気な笑顔を、ホムンクルスは浮かべた。ルナの顔で微笑むのが、俺に対する最高に残酷な嘲りと知っていたから。
そのとき――。
「時間切れは、お前のほうよっ」
扉を蹴破って、絵里が飛び込んできた。あかねと空、そして松葉杖姿の陽菜まで続いている。
「み、みんな……」
「思音っ」
「ご主人様!」
「思音っ」
「思音……なんてひどい……。ルナあんた、思音になんてことしてくれたのよ。先生、許さないからね」
パーティーの眼前に立っていたのは、裸の上半身がどす黒い緑青のような物体に半ばまで取り込まれた俺の姿。すでに顔にまで邪神の組織が広がりつつあり、全身からぼたぼたと緑色の粘液が滴り落ちている。
「今助けるよ」
「おっと」
絵里の前に、ホムンクルスが立ち塞がった。
「あなたの相手は私よ、絵里。後衛のエンチャンター風情が、前衛の私に勝てるとでも」
「試してみようか、ホムンクルスさんよ」
絵里の瞳が、すっと細まる。怒りで髪がざわざわと逆立ち、触るだけで刺さりそうだ。
「あら聞いてたのね、意地悪……」
「これだよーっ」
陽菜が小さな機械を前に突き出した。
「業務用の通信機。陽菜、昨日話がおかしいなって思って、みんなに相談したんだもんっ。それでこれを隣田さんに借りて、あかねちゃんに仕込んでもらって……」
「盗聴は犯罪行為よ、ミュジーヌ」
「そうね。なら犯罪者同士、ここは悪の流儀で、いっちょう始めようじゃないの」
あかねはオリガミを撒いて、防御用のヒトガタを半球に展開した。陽菜の足元に、オレンジに輝く五芒星が広がる。詠唱に伴い、回転を始めている。絵里の体からは目に見えない精神波が広がり、ホムンクルスを攻撃し、心を護ろうと俺の体に入ってきている。俺が呼べばいつでも最前線に飛び出そうと、空は後方で精神統一を続けている。
「やだ、ちゃんとパーティーらしく攻撃できるじゃない。『あの頃』みたいに」
「そりゃ、おかげで神戸ビーフ食べ損なったし、怒り心頭。おまけにあたしが年増になったのも、お前のせいだって言うじゃん。『青春を返せ』って奴ね。顧問に逆らった部員は退部、そして退学だな、この世から。覚悟しろっての」
「そうそう。なによ繁殖期のカラスって。……あっこれは思音が言ったのか」
「陽菜を怪我させた報い、受けるがいいですー」
「あらでも、陽菜、あなたそのおかげでキスできたんじゃない、思音と。感謝しなさいよ私に」
「うるさーいっ」
陽菜の魔法陣から燃える短剣がいくつも飛び出した。ホムンクルスは素早く跳躍して、俺の後に隠れる。
「これでも攻撃できるのかしら。楽しみだわ」
「どうかしらね」
ホムンクルスの背後から、あかねのヒトガタが襲いかかる。また跳躍するが、腕にひとつあたって弾けた。ホムンクルスの腕から血が滴った。
「……ちっ。あんたのドーピングうっとうしいわね。勘が鈍って避けられなかったじゃない」
「ふん、次は頭を落とすわ、あんたの」
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仲間がホムンクルス相手に激しく戦闘している頃、俺は体内で必死に邪神と戦っていた。そして……。




