第十二話 魔王様、勇者の見習いですか?
――――勇者。
人間の中で、唯一魔王たる俺へと対抗する能力を持つ忌々しい連中のことだ。
強力な加護と祝福を持ち、俺を殺すために旅を続けるという狂気じみた奴ら。
そんな連中がこのティアルカに来る。
ラルカからそれを聞いた俺は、少しばかり頭を悩ませた。
正直に言って連中とは会いたくない。
彼らを相手にしたところで俺が負けるとは思い難いが、今はプライベート。そんな面倒な連中など相手にはしたくないのが本音である。
俺は勇者が来る前にティアルカを出ることも考えた。
現状、ここは気楽に暮らすには難しい場所だ。ドルガとの一件もあるし、冒険者登録するにあたって『見習い冒険者』という底辺地位からのスタートを強いられている。
ここにこだわる必要はない。なんだったら姿を変えても良い。
「……とは言え、逃げるのも癪だな」
俺は独り言ちる。
勇者を前に逃げたとあっては魔王の名折れだ。それは「元」であったところで、変わらない。
結局、俺はまだこの村に居座ることにした。
俺の変身スキルが勇者を前にして見抜かれてしまう危険性もあったが、見抜かれたら見抜かれたで対応のしようはある。
魔王であった頃なら対策を幾つも重ねて、最悪の事態にも備えるべきだが、今は一人。部下を抱えていない身。身軽な今であればどうとでもなる。
ラルカから「勇者が来る」という話を聞いてから、二日が過ぎた。
今日も今日とてギルドを訪れていた俺は、マリナから「仕事はない」と気まずそうに言われてしまう。そんな俺を見て、ギルドの一角を溜まり場にしている冒険者たちからは下卑た笑いが響いていた。
そんな中、ギルドへと見知らぬ者が入ってくる。
その者は辺りをキョロキョロと見渡すと、ゆっくりと受付の方へと歩いてきた。
立派な装備に身を包み、顔立ちは中性的。黒髪の短髪で、細身の身体つきをした者は柔和な笑顔を浮かべて、こちらを見上げた。
「ここは冒険者ギルドティアルカ支部ですか? ボクの名前はアルカ=ベイストです。しばらくこの村に滞在させてもらおうと思っています。一応、国から認可を受けた勇者です……でも、その、実は『見習い』でして……。ですが精いっぱい頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします!」
アルカはペコリ、と頭を下げる。
その後はマリナと何かしら文言を交わしていた。今後について話し合っているのだろう。
……勇者『見習い』。見ただけで伝わる。
こいつは警戒する必要がないな、と。
俺は半分安心、半分つまらないというような何とも言い難い感情を覚えつつ、アルカの幼い表情を眺めていた。
――――
「サタンさん!」
俺が村を何の気なしにぶらついていると、珍しく俺へと話しかける者がいた。
「あの、確かサタンさん、ですよね? 初めまして! ボク、アルカ=ベイストと申します。本日、この村にやって来ましたので、宜しくお願いします!」
人懐っこい笑顔を浮かべているアルカに対して、俺は感心する。
勇者と言えばいけ好かない連中というイメージだったからだ。
俺の見てきた勇者は高慢な者ばかりだった。取り巻きの雌共を抱え、彼女たちに派手な技を見せびらかすようにして魔族を殺し回る。
さらに俺の命を脅かすと来れば……そんな連中を相手に魔王である俺が好感を覚えるはずもない。
しかし、そんな勇者のイメージとは違い、アルカは純粋そうな人物だった。
相手は勇者。しかし、こちらの脅威にもならなさそうだし、さらには挨拶までしてきた。
そんな人物であるならば多少の経緯くらい払っても良い。
「ああ、俺がサタンだ。宜しく頼む」
「サタンさんもボクと同じ『見習い』だとギルド職員のマリナさんや、冒険者のドルガさんよりお聞きしました。大変だとは思いますが見習いとして一緒に頑張っていきましょうね!」
「…………」
俺はドルガの名前が出たことで、少しばかり疑問を覚えた。
「ええと……アルカさん」
「サタンさん! 貴方はボクよりもずっと年上なんです! そう畏まらずに是非、アルカと呼んでください」
「……では、アルカ。お前はドルガと話したのか?」
「ドルガさんですか? はい! この村で一番ランクの高い冒険者と言う事だったので、すでに挨拶をさせて戴きました!」
「じゃあ、その……何か言われなかったのか?」
「え? 何か……とは?」
「こう…………俺と話すな、とか」
ドルガの奴がそれを言っていないはずがない。
あいつは未だに俺に陰湿な嫌がらせをしているのだから。
しかし、アルカは「はい!」と元気よく頷くと、そしてこう言った。
「言われました! ですが、これは試験だと思っています!」
「試験?」
「その通りです、サタンさん! 冒険者は横の繋がりが強いと聞いています。そんな中、挨拶するなと言うなんておかしいじゃないですか。だから、これはボクの積極性や礼儀正しさを試しているのでしょう! 見習いであるサタンさんにも、しっかり挨拶できるかを見ているのです!」
「…………」
俺は彼のこの言葉を聞いて確信した。
こいつは天然だと。天然馬鹿だと。
「あと、ボクは暫くの間、ドルガさんを師事することとなりました。Bランクの冒険者に直接稽古をつけて貰えるなんて願ってもない機会ですから! 今はドルガさんの言いつけで、雑貨屋へ買い物へと行っている途中なんです! これも何かしらの修行なのでしょうか」
しかもパシらせていて、本人はその事に気付いていないようだ。
相手が勇者である以上、サーチスキルなどでスキルやら使用魔法やらを確認していた方が良いとは思ったが……、もうその気すらしない。毒気が抜かれるとはこの事だ。
「おおっと! こうしてはいられない! では、これにて! 何かあれば宜しくお願いします!」
そう言ってアルカは走っていってしまった。
「……あんな『勇者』もいるのか。いや見習い、か」
俺はそう言って、走る去るアルカの背中を眺めていた。