第十三話 魔王様、来客ですか?
アルカと話した夜のことだった。
俺へと一人の訪問者が現れる。
外見は若い男性のそれ。眼鏡をかけており、知的な雰囲気の漂う人物だ。
その人物自体には見覚えはなかった。
しかし、その「中身」について、俺は覚えがあった。
彼は俺の寝泊まりしている馬小屋へとやって来ると、深々とお辞儀をしてみせた。
そんな彼に向かって、俺は聞く。
「……ラストロか?」
「御意。さすがは魔王様。私の変化などお見通しのようで……」
こいつは魔王軍にて人間領の防衛総指揮を任せている魔族、ラストロであった。
普段は羽を生やし、剛毛に覆われた巨躯の姿である彼も、今は人間の姿をしている。
そうでなければ、人間領にてのんびりと姿を現すことなど不可能だろうが。
「そりゃ気付くさ、これでもお前の元・上司だ。その俺が分からないとでも思ったか」
「いえ……決してそのようなことは。しかし、さすがは魔王様。その御姿、やはり変身スキルもお手の物なのですね。私は職務上、人間に溶け込む必要があるだけに変化術に長けていなくてはいけませんが……、魔王様はそんな私ですら敵わぬほどのスキルの腕前」
「変身は役に立つスキルだからな。覚えていて損はなかった」
「さすがです、魔王様」
「……ラストロ。俺は今、魔王ではない。その呼び方は止めてくれると助かる」
「ですが私にとって忠義を尽くすは貴方のみ」
ラストロは再び、深々と頭を下げる。そんな彼へと言う。
「その忠心、心から嬉しく思う。だが、今は人間領。魔王様ではなく、今後は俺をサタンと呼べ」
「貴方が仰られるのであれば。……分かりました、サタン様」
サタンと呼びながらも、ラストロの姿勢は変わらなかった。
陽も暮れた夜中。目立つ心配はないが、それでも「見知らぬ者が見習い冒険者に対して頭を垂れている」という場面はあらぬ誤解を招きかねない。
「……少し離れるか。ついて来い、ラストロ」
「御意に」
俺は彼が了解したのを見るや否や転移魔法を使って、村とは離れた場所へと移動した。
移動した場所は遠くの草原地帯。周囲を見渡しても人間どころか、魔物一匹見えない。
ここでなら誰かに会話を聞かれる心配はないだろう。
俺の転移に遅れること十秒。ラストロも追いついてきた。
彼もまた、転移スキルの使用は可能だ。
しかし、彼の転移スキルは俺ほど完璧ではない。術式の発動時間、実際の移動スピードが少しばかり遅れているのだ。
「遅れました、サタン様」
ラストロは申し訳ないとばかりに、膝をつく。
そもそも彼の転移スキルは十分過ぎるほどに速い。
しかしながら俺は百年の勤務の中で移動時間さえも勿体ないと転移スキルを鍛えに鍛えていたのだ。
なればこそ、得意スキルの一つとなった。その俺と比べるのは酷と言うものだろう。
「良い。それだけ転移スキルを使えるのであれば、魔王軍にも十分貢献できるだろう。さすがは魔王軍幹部、ラストロよ」
「勿体ないお言葉です」
「それより、ラストロ。今宵は何用で、ここに来た。俺は魔王軍より離れると聞いていないのか?」
「いえ、グレゴリウスよりお聞きしております。ですが、私は人間領を任された身。人間領に来られたサタン様へ挨拶だけは済ませねば、と……」
どうやら俺が魔王城を発った後、グレゴリウスはそれらをきちんと軍内にて周知しているらしい。
今のところ、大きな問題は出ていないようで安心した。
「……その礼儀と忠心は尊敬するぞ、ラストロ」
「いえ、当然のことです」
「だが、ラストロ。俺は今、人間として潜伏している身だ。お前が会いに来ることで俺に迷惑がかかるとは思わなかったのか?」
俺はラストロを睨みつける。その目線にラストロは少しばかり怯えた。
「はッ! ですが……」
「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか、ラストロ」
「いえ……サタン様。貴方が転移魔法で人間領に降り立って以来。そのお姿を私は見ておりました。サタン様を遠くからとは言え、許可なく眺めるなど過ぎた行いとは思いました。しかしサタン様に何かあれば一大事と」
その後も何か言いたそうにするラストロ。俺は彼に「続けろ」と命ずる。
「サタン様……貴方がお休みになられている場所……あんな下賤に過ぎる場所ではサタン様の心身が参ってしまわれます。それに何よりサタン様に対する人間の態度……万死に値するのではないか、と」
ラストロから徐々に魔力が漏れ出るのが分かった。瞬間、彼の周囲の原っぱが枯れていく。
このままではこの草原地帯が無くなってしまいかねない。
「……落ち着け、ラストロ」
「申し訳ありません、サタン様。つい……感情が昂ってしまいました。しかし……サタン様。ご命令とあれば私は今からあの村に行き、全てを奈落へと堕として御覧にいれます」
ラストロは幹部の中でも忠義に強い。だが、反面、頑固で融通の利かないところがあった。
その強さを見込んで、人間領防衛の任務にあたらせていたのだが……。
今回はそれが仇となっているようだ。
「ラストロ」
「はい、サタン様」
「貴様は俺が信用できないか」
「い、いえ……滅相も御座いません!」
「なれば俺に全てを任せよ、ラストロ。あの村のことは俺が直々に何とかする。貴様が口出しすることではない」
「はい! 過ぎた行いでした!」
ラストロは頭を地面に擦り付けた。そのあまりの衝撃に地面が陥没し、クレーターが出来てしまっている。
……つうか今更だが、一部始終をこいつに観察されていたのか。
今日まで俺に対して無礼を働いた人間は大勢いた。俺は人間に溶け込んでいたからこそ、それらを全て赦していたが、もしかすればあれは彼らにとって、それは命の危機であったのやも知れない。
「ラストロ。今後一切、俺を監視することを禁じる。俺は魔王を退いた身。貴様は貴様の任を遂行するのだ」
「しかし、サタン様。それではサタン様の身の安全が……」
「ラストロ。再度、言う。貴様は俺が信用できないか? 貴様の信ずる俺の強さを、信用することができないのか?」
俺は視線に魔力を籠めた。すると、彼が魔力を一身に浴び、身体を強張らせる。
衝撃によりクレーターはさらに深くなってしまったようだ。
……ここが村でなくて、本当に良かった。
「サタン様。……私の信ずる貴方を、信じます」
「うむ、その忠義、俺は嬉しく思う」
俺はついでと言ってはなんだが、とある命令を下した。
「面を上げよ、ラストロ」
俺の言葉にラストロはゆっくりと面を上げた。そして俺は彼に言う。
「ティアルカ近くにいる魔物はどれぐらいいる?」
「はい。多数待機させておりますが……」
「それらは全て撤退させよ。今は俺がいる。あの付近に俺達、魔王軍の魔物を展開する必要はない」
「サタン様。ですが――――」
「良いな?」
問答無用とばかりに俺はラストロの言葉をかき消した。それにラストロは頷く。
「はい。ただ、サタン様。『他の魔物』もおりますので、くれぐれもお気をつけを……」
俺の言葉にラストロは心配そうに言った。
魔物。実はそれら全てが俺の指揮下に入っているわけではない。
野生の魔物が人間領に入り込んでいる場合もあるし、そもそも俺達とは違う国に所属している魔物も大勢いる。
人間たちは魔物全てが魔王――つまり俺の指揮する魔物と思っているようだが、それは大間違いである。
さらに言えば魔王は俺一人ではない。まだまだ、多くの魔王がいるのだ。
俺は魔王の内の一人に過ぎないのである。
この人間領で言えば、俺達の領土の他にももう一つ、他の魔王が指揮する魔族領が隣接している。
ここの近辺。大陸で言う西側は俺たちとは違う魔物が多く生息している地域なのだ。
今後、冒険者稼業を続けるにあたって魔物を狩る必要がないとも限らない。
それで俺の指揮していた魔王軍に所属する魔物を狩らなくてはならなくなった時、俺は心を痛めるだろう。
だが、他の魔王軍に所属している魔物であれば、問題はない。彼らは敵対している敵国の魔物だ。
必要以上に虐殺しようとまでは思わないが……そうすることでグレゴリウスたちの負担を軽減できる可能性もある。
敵国の魔物であれば狩ることに支障はない。
言うべきことは終わった。後は村へと戻ろうかと考えている矢先、ラストロが口を開いた。
「サタン様。最後にもう一つだけ……お耳に入れておいて欲しい情報があります。本当はそれを言いに来たのです」
「……言ってみろ」
普段にもまして真剣な物言いとなったラストロ。そんな彼の言葉に耳を傾ける。
「敵国の魔物。凶暴性が増し、強力となっています。現在、我々も調査している段階で、その原因は分かっておりません。ですが、これは何かおかしい」
「…………。そういう時期というわけじゃないのか?」
魔物の中には産卵期や発情期などで、より凶暴となるものも多くいる。
しかし、ラストロは首を横に振った。
「いえ、時期が外れておりますし……なにより、それにしては強くなりすぎている。何らかの手が加わっているとみて間違いないです。お気を付けを」
ラストロは「くれぐれもご無理なさらないでください」と言い残した後、その場を去っていった。
「魔物の凶暴化、か……」
そう言えばマリナが言っていた。最近、モンスターによる被害が増えている、と。これもラストロの言っている凶暴化が原因となっているのか?
「……思ったよりうかうかしてられないかも知れないな」
そう言って俺は再び転移魔法を用いて、ティアルカへと帰るのだった。
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