第二部:9
ミッションスタート。
五花と俺の部屋があるアパート二階へと続く階段は南側に一つのみ。必然的にそこを張れば五花が帰ってきても分かることになる。
(さすがにまだ夕焼け空ではないか)
外側に剥きだしになった階段の手すりに体重を預けながら、ふと空を見上げる。空は雲一つない群青色。木々や建物が作りだす影も短い。まだ四時にもなっていないので当然と言えば当然なのだが、なぜそれを気にしてしまったのだろうかと疑問に思う。如何せん情緒纏綿とは無縁な男である俺。デートでコメディ映画を観た後でもいけそうと思えば告白してしまう危険性があるほどだ。夕焼けなんてレイリー散乱しにくい波長の長い赤色が届いてるだけだというのに。
それはそうとして御来屋の方に首を傾けると右手に持つ鍵を五花の部屋の鍵穴にぶっ刺すところであった。一応、用心してか周りをキョロキョロしながら。その後、ガチャとこちらにも聞こえるくらいの大きさの音が響き渡った。どうやら無事に解錠されたようだ。
(んっ!?)
しかし、御来屋の様子がすぐさまおかしくなる。真冬だと言うのに額に玉のような汗を浮かべだしている。そして、誰も外側からノブに触れることなく勝手にドアが開き始めた。
「あれ? 蔵之助くん、急にどうしたの?」
「い、いっちゃん!? ど、どうして……いないはずじゃ……」
にゅっと部屋から身体を繰り出したのは我が妹、五花。それを目にした御来屋の顔には冷や汗が流れ星のように筋を伴って垂れていた。
(なぜだ……)
咄嗟に五花から見えない位置に隠れた俺は二人を観察する。
確かにベランダから見た五花の部屋に明かりは点いていなかったはずだ。物音だって聞こえなかった。真昼間だというのに薄暗い部屋の中で大人しくしている五花なんてどうにも想像できない。考えられるとすれば今の今まで寝ていたくらいしか……。
「んにゃ? 私の部屋なんだからいるに決まってるでしょ? もしかしてメールか電話でもした? ごめんごめん。ちょうど今、二度寝から起きたばかりでスマホ見てないんだ。で、何の用なの?」
おっと、やはり寝ていたようだ。これはそこまで気が回らなかった完全なる俺の落ち度だ。本当にごめん、御来屋。もし五花と別れても俺は付き合いを続けてやるからな。遊び仲間としてだけど。
「べ、別に用がなくても来てもいいじゃないか……」
「いや……そんな通い妻みたいなセリフを言われても……あれ? そういえば、なんで胸に微かな膨らみがあるの? 私への当てつけ?」
「それは違うよ!」
御来屋は弾丸で論破するかのごとく微乳を気にする五花に言葉を放つが、今の状況でそれは逆効果でしかない。
「だったら、何か見られたらマズイものを隠してる……?」
「っ!?」
ほれ、見ろ。かと言って俺もこの危機をどう切り抜ければいいのか分からないのだが。スマホで調べたって無理だろう。
「ははーん、分かったよ」
五花は裁きの鉄槌を下すような嗜虐的な笑みを浮かべる。そして、もったいぶるように一呼吸を置いて……。
「それ、私へのサプライズプレゼントでしょ?」
と、拍子抜けたことを抜かした。アホか。思わずドリフみたいにずっこけてしまったじゃねえか。
「いやあ、クリスマスプレゼントが『戦国強者レキシング』スターターパックだったときは驚いたけどちゃんと用意してたんだね。しかも、よく見たら開封済みだったし。普段のプレゼントだったら嬉しいけど特別なクリスマスにそれはないと私でも思ったね。だから、昨日の夜はメールしなかったんだよ」
飛び出して二、三個ツッコみたい衝動に駆られるが我慢だ。やはり俺が首謀者だとバレるわけにはいかない。勘当が待っている。
「でも、さすが蔵之助くん! まさかあれが今、懐に隠している本命のための布石だったとはね! いや、この場合は伏線と言うべきなのかな? どちらにせよ一度テンションを下げておいて一気に上げようとするなんて称賛に値するよ! 私の彼氏なだけはある!」
さりげなく高揚に自画自賛するな。さて、盛大に迷惑な勘違いを五花はしてくれているわけだが御来屋はどうするのだろうか?
「ま、まあね……本当はいっちゃんにバレないように置きたかったんだけど残念だよ……」
「ううん、十分、嬉しいよ。蔵之助くんが予定してたサプライズ通りじゃないかもしれないけど私は興醒めなんかしない。だから、ほら。早くそれを渡して」
はい、ご愁傷さま御来屋くん。こういうときにあっさりと俺を裏切らないのがこいつの不器用ながらいいところだよな。
「う、うん……分かったよ……」
終わったな。俺は次に起こるであろう惨劇を目に焼きつけないよう静かに階下へと下りた。
(寒い……)
その先は西日によってアパートの影が成された場所。寒くて薄暗い。しかし、不思議と居心地は悪くなかった。
バチン!
「ふう……」
張り詰めた空気のような冷たいビンタの音とそれに続く甲高い怒声を真上にして俺はしばし物思いに耽った。




