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二人は見習い  作者: K+
おまけ
30/30

アイの光

 五幕最後と閉幕の間の話です

 一の月三日の昼休み、佳弥(かや)は手っ取り早く屋台で昼食を済ませて帰宅した。

 昨日、明日のお昼は来ないから、と母に告げたら、あらそう、とニヤニヤされた。多分、見通されている。

 連れていらっしゃいよ、と言われなかっただけマシだろう。

 鏡の前で身だしなみを整え、襟元で跳ねている癖っ毛をどうにかこうにか大人しくさせて、佳弥は左手を開いた。

 薬指にピタリと嵌まっている輪を見ながら、深呼吸。元は木目の素朴な指輪を藍色に染めただけの代物だ。それでも、佳弥にとっては、どんなに高価な宝玉をあしらった物よりも大事だった。

 何故ならば、(しん)にこの輪は贈り主と繋がっているから。

 ゆっくり薬指から外し、佳弥は指輪を玄関近くの床に置いた。既に速まりだしている鼓動を掌に感じながら、そっとそっと輪から後ずさる。

 瞬間移動の(つい)の輪は、動物や水に反応する。移動した際の危険を減らす為だ。対の輪の周辺が危うければ、もう一方の輪が警告の光を放つ仕組みだ。

 佳弥が床に置いたのは対の輪で、一定の距離を置けば、恋人が持っている移動用の指輪は光らなくなる。今は、強い光が徐々に弱まりつつある筈だった。

 遠く外から、かーん、とメイフェス島に正午を告げる鐘の音が聞こえた。

 果たして、今ようやく一の月三日を迎えた夜の大陸で、琉志央(るしおう)は起きているかどうか。

『光ってないのに気づいたら、すぐ来る』

 彼は、そう言ってくれたけれど。

 家の隅の壁に張り付き、佳弥は息をひそめて玄関口の床を見つめた。

 五分経ち、立ち尽くして動けぬまま、十五分過ぎる。

 脳裏に、新年日に実家で対した父の顔が浮かんできた。

 恋人からの婚の誓いを受けた。薬師になったら結婚する。彼の居る大陸へ行く――そう告げた時の顔。

 母と裏腹に、むすっとしていた。

 よりにもよって大陸人かと、顔に書いてあった。

 何で又、佳弥の方が大陸へ行くのだとも書いてあった。

『相手はもうメイフェスに居ないんだろう? そんな簡単に消しちまえる魔術の輪程度で、信用していいのか。いいように遊ばれてるんじゃないのか』

 建設処(けんせつどころ)で建具師として実直に勤めているだけあって、至極まっとうな意見のみ父は口にした。

 計三十分以上が経過し、佳弥はひたすら視線を注いでいた深く青い対の輪から目を逸らした。

 目頭の熱くなる自分が情けなかった。

(きっと、寝ちゃってるだけよ)

 やっぱり定時後にするんだった。定時後は、向こうは朝で、慌ただしいだろうから却って迷惑をかけるかと思ってしまったのだけれど……

(ちょっとでも会えればいいんだから、後で、もう一度――)

 次は絶対、気づいてくれるから。

 恐らく、呆れた表情を浮かべて来てくれるから。

 すんと鼻を鳴らして床の指輪へと足を踏み出した時、ごん、と玄関の扉が叩かれた。

 心ノ臓が躍った。

 今のは、何か当たったというより、意図的に叩いたと思う。

 一回だけ叩く人を、佳弥は他に知らない。

(でも、どうして外から――どうやって――)

 瞬間移動術は、殆ど対の輪の真横に移動するものだが。

 疑問はあったが、佳弥の足は条件反射のように玄関口へ向かっていた。床の輪を拾い上げ、震える手で扉の掛金を外す。

 開けると、恋しい人が立っていた。

 予想通り、呆れ顔で。

 室内用らしき簡素な生成りの上着を羽織り、黒の細帯を適当に締めている。端整な顔の顎先を覆う、毛織の襟巻の白さが浮いていた。

 琉志央は、低い声音からも呆れを隠さなかった。

「一応確かめておくが、お前、ひと月が三十日だと解ってるだろうな?」

「う、うん」

 佳弥が薬師になるまでの間、ひと月に一度は会う約束をした。

 指輪を貰ったのが去年の十二の月最終日。翌日からの神の曜は五日間。そして年が明け、本日三日。

 あれから七日間も会わなかった。佳弥としては一ヵ月以上経った気分だが、実際経過した日数ぐらいは解っている。

「一ヵ月経ってないのは解ってるけど、ちょっと、訊きたいことが浮かんだから、だから……」

「……ほぅ」

 冷ややかに菫色の双眸が半ば閉じる。そろりと見上げ、取り敢えず入って、と佳弥は招いた。

 呆れて、次は、些細なことで呼びつけるに等しい振る舞いをしたのを怒るだろう。

 それでも、会いたかったのだ。

 加えて、父の思うような男性(ひと)じゃないと確信したかった。解っているつもりで、呆気無く不安になってしまった自分を叱咤もしたかった。

 だから、むしろ怒ってほしかった。

「何か飲む?」

「先に用件を聞く」

 案の定、不機嫌そうに琉志央は閉じた扉に寄りかかった。「何かに巻き込まれた可能性が捨て切れないから来ちまったが、呑気に出迎えやがって。こんなこと繰り返すなら、もうお前が薬師になるまで来ねぇぞ」

「そ、それはヤ」

「だったら、せめて時間帯考えろよ」

 晴れた夜空色の髪を琉志央はくしゃりとかき上げる。「六時間早めるか、待つか、できなかったのか」

「朝は、忙しいかと思って……」

「わけ解らん理由で寝込みに呼び出されるよりいい」

「……ごめん。朝だと、すぐ帰っちゃうと思って……」

 覚悟していたとはいえ、やはりこたえる。このまま嫌われたらどうしようという恐怖もよぎってしまった。

 佳弥が肩を落とすと、琉志央は鼻で息をついた。長い指で戯れのように頬をつまんできて、すぐ放す。

「で、何が訊きたくなったって?」

 無性に、抱きつきたくなった。

 こらえて、両手を胸の前で握り締める。

「誕生日と、好きな料理を教えて」

 乞うと、ああ? と恋人は小さく口を開けた。

「それを、どうしても今、訊かないと駄目だったのか……?」

「う……ごめん……」

 佳弥は足元を見ながら言い訳した。「誕生日には又、輪を置くから。お休みとって、ちゃんとした時間に」

 そして、好物を食べてもらうのだ。

 しかしながら、佳弥の料理の腕前では作れない物の可能性が高い。練習するには、事前になるべく早く聞き出しておくべきだった。

 おずおずと佳弥が見上げると、琉志央は目を眇めて見返してきた。

「六の月六日」

「――覚え易い」

 その上、良かった――半年も猶予がある。

 まぁな、と応じてから、つと、琉志央は佳弥の両肩に腕を乗せてきた。

「料理、ニクジャガって知ってるか」

(何それ)

 聞いたことが無い。母なら知っているだろうか。でないと練習のしようがない。

 とにかくも、その物を知らない今は絶対に無理だ。佳弥が腕の(あいだ)でふるふると(かぶり)を振ると、だろうな、と琉志央は笑んだ。

「まぁ、俺が先ず作ってやる。晩飯、楽しみにしてろ」

「え」

 胸が、きゅっとした。「きょ、今日……?」

「今日じゃないと意味無いんじゃねぇの?」

「どうして――」

 驚いて佳弥が目を見張ると、琉志央は鼻先が触れそうな距離で口の端を上げる。

「お前、今日が誕生日なんだろ」

「――ど、どうして、判ったの」

 嬉しくて泣きそう。

 涙が溢れる前に、贈り物のような台詞が届いた。

「お前に惚れてるからってことにしとけ」

 そうとしか思えないと応えたかったけれど、口をきけず。

 唇以外からも幸せを伝えたくて、ほんのりと温かい上着の背中を握り締めた。

 誰に何と言われようと、自分にはこの人なんだと確信して。

 この人にも、自分には佳弥しかいないと思ってほしくて。

 手始めに、ニクジャガとやらを誰よりも上手に作れるようになろう。

 そう決めた、二十二歳最初の日。



 半年後、〝惚れた弱み〟という隠し味にも陥落させられた、二十五歳の医事者見習いが出来上がる。

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