王都、そして現実
今回も宜しくお願いします。
「じゃ、姫さんの相手はよろしくな」
ハッシュはひらひらと手を振った。
俺は窓を閉める。
「じゃあ、ゼインくん! 次はね……」
その後もしばらく、車内では賑やかな時間が流れていた。
「ところで、なんでサレナさんはシャリーアのことを『お嬢様』って呼んでたの? 普通なら、シャリーア様とか王女様とかじゃないの?」
何気なく尋ねると、サレナが答えてくれた。
「王族は命を狙われることもございます。ですので、ああいった場では『お嬢様』とお呼びすることで、身分を隠しているのです」
サレナによると、シャリーアが命を狙われたことは一度や二度ではないらしい。
「なるほど」
(王族はやっぱり大変なんだな)
そう思っていると、シャリーアが口を開いた。
「せっかくなら、シャリーアって呼び捨てにして、普通の娘として振る舞った方がいいって言ったんだけどね」
「さすがにそれはできかねると申し上げたではありませんか」
シャリーアの言葉に、サレナが答える。
「えー」
「『えー』ではありません」
「ゼインくんはどう思う?」
急に話を振られた。
「庶民の僕には分からない世界だから、何とも言えないよ」
王族や貴族の事情など、俺には分からない。ここは無難に答えておく。
「えー」
シャリーアは不満そうだった。
それから俺たちは、野宿をしたり、途中の村で休んだりしながら移動を続けた。
そして、シャリーアたちと出会って三日目。
「シャリーア様、王都が見えてまいりました」
護衛の騎士が、馬車の外から声を掛けてきた。
「ありがとう。今日はどんな様子かしら?」
「普段と変わらず、列が続いております。いかがいたしますか?」
「私たちは今、王族ではなく貴族ということになっています。ですから、私たちも列に並びましょう」
「御意に」
そう答えた騎士は、護衛の位置へと戻っていった。
「列って?」
俺は尋ねた。
「王都に入るには審査を受ける必要があるの。私は王族だから、普通なら審査を通過できるけど、今は貴族ということにして外出しているから、列に並ぶのよ」
「へえ、そうなんだ」
俺は気になって、窓から顔を出した。
「えっ!」
馬車の列が、延々と続いていた。
「これが普段どおりなの?」
「ええ、そうよ」
「これって、王都に入るまでどのくらい掛かるの?」
「そうねぇ。問題がなければ三時間くらいかしら?」
「さ、三時間……」
(姉さんも、こんなに待ったのかな)
そんなことを考えながら、再び雑談に興じていると、ハッシュが口を開いた。
「そういえばゼイン。お前、サイクロプスの頭をかち割っただろ。あれ、どうやってやったんだ?」
ハッシュからの質問だった。
「ああ。あれはスキルの組み合わせですよ」
「いや、それは想像できたんだが、何を組み合わせれば、あんな力技ができるんだ?」
「それは私も知りたいですね」
いつの間にか、シャリーアまで会話に加わっていた。
「簡単に言うと、剣を震わせていたんです」
「剣を?」
「震わせる?」
二人とも、いまひとつピンときていないようだった。
「はい。剣を超音波で細かく振動させて、刃が受ける摩擦抵抗を軽減したんです。その状態でバスタースラッシュを使いました」
「「???」」
噛み砕いて説明したつもりだったが、二人はそろって疑問符を浮かべていた。
「まあ、細かい理屈は分からんが、ゼインが凄い奴だってことは分かったな」
「そ、そうですね」
ハッシュの言葉にシャリーアが賛同し、この話題はひとまず終わった。
すると今度は、シャリーアが尋ねてきた。
「そのスキルなんかも、ご両親から教わったの?」
今は馬車の中での会話ということもあり、シャリーアはすっかり自然体で話している。
(使い分けるのも疲れるだろうなぁ)
「おーい、ゼインくん?」
「あ、ああ。剣や魔法の基礎は両親に教わったよ。ただ、スキルの中には、今はたぶん僕しか使えないものもあるんだ」
「ゼインくんだけ?」
「うん。母さんは、魔法やスキルは想像力次第だって言っていたから」
「そうなんだ。もし新しいスキルが見つかったら、私にもぜひ教えてほしいわ」
「ははっ。頼めば、喜んで教えてくれますよ」
「なら安心だわ」
二人で笑い合う。
ちなみに俺は、両親がある日、行方不明になってしまったため、両親を探すために旅に出た、ということにしている。
そして、ついに王都の門が近づいてきた。
「次の者、前へ!」
門番の案内に従い、馬車がゆっくりと前へ進む。
「そこで止まれ。入都許可証はあるか?」
「ええ。こちらを」
騎士が差し出した書類に、門番が目を通す。
「ふむ。人数が一人増えているようだが?」
門番は俺に目を向けた。
「実は、途中でモンスターに襲われまして。その際に保護したのです。王都へ向かっているとのことでしたので、一緒に乗せてまいりました」
「モンスターに襲われた? 子ども一人が?」
「ほかにも人がいたそうですが、逃げる際にはぐれてしまったようです」
「……そうか。それは大変だったな」
門番は再び俺に目を向けた。
「だが、規則には従ってもらう」
そう言うと、門番は腰に下げていた袋から、ゴルフボールほどの大きさの透明な玉を取り出した。
「君、これに触れなさい」
「え? は、はい」
俺は言われるがまま、馬車の窓から手を伸ばして玉に触れた。
すると――
ポゥ……。
玉が白く、柔らかな光を放った。
門番はそれを確認すると、頷いた。
「よし、大丈夫だ。通していいぞ!」
その声を受け、馬車の前にいたほかの門番たちが道を開けた。
「えっと……」
俺が呆気に取られていると、シャリーアが説明してくれた。
「あれは鑑識魔法が付与された魔道具よ」
「鑑識魔法?」
「ええ。簡易的なものだけど、その場で悪意がなければ、さっきのように白く光るの。悪意があれば黒くなるわ」
シャリーアの説明で、先ほどの検査が治安維持のためのものだと分かった。
大きな門を抜けた瞬間、強い光が差し込んできた。
「!!」
そこは、まるで別世界だった。
「いらっしゃい! いらっしゃい!」
「わぁ! これ欲しかったやつだ!」
「もうちょっと安くしてくれよ!」
どこを見渡しても人、人、人。
王都は活気に満ち溢れていた。
「あとは、ここを真っ直ぐ進めば王城よ」
「そして王城前で、俺たちはお役御免ってわけだ」
どうやら、護衛は王城前までの予定だったらしい。
「では、このまま向かいます」
騎士がそう言った、その時だった。
「道を開けてくれ!」
「討伐隊が通るぞ!」
後方から大声が聞こえた。
それを合図に、人の波が左右に割れ、露店の商人たちも商品を端へと寄せていく。
「移動します」
「そうしてちょうだい」
俺たちの乗る馬車も、できる限り道の端へと寄った。
やがて、大通りがある程度開けると、城門から男女入り混じった集団が入ってきた。
皆、一様に怪我をしているようで、所々が血に染まっている。
集団は大通りを真っ直ぐと進んでいった。
「なんだ?」
俺は思わず口にしていた。
「ありゃあ、この前の討伐隊だな」
ハッシュが答えた。
「それって、スタンピードが発生したっていう、あれですか?」
「ああ。討伐に向かった冒険者たちさ。報酬も良かったから、参加者も多かったんだ」
「ハッシュさんたちは参加しなかったんですか?」
「ああ。情報が不確定な部分も多くてな。俺たちは『命を大事に』ってことで、参加しなかったのさ」
「そうだったんですね。ハッシュさんたちなら余裕そうですけど」
「どうだろうな。だが、ああはなりたくねぇからな」
「?」
ハッシュが視線を向けた先は、集団の後方だった。
討伐隊から離れ、もう一つの集団がやってくる。
それが視認できる距離まで近づいたとき、俺はその異様な姿に目を奪われた。
その者たちは皆、首元と足首に枷をつけられていた。服はボロボロで、しかも裸足だ。
種族は人間もいれば、獣人もいるようだった。
それ以上に目についたのは――
「人を……担いでる?」
見える範囲では、人間なら一人、獣人なら多い者で三人ほど担いでいる。
「ハッシュさん、あれは?」
俺は尋ねた。
「ありゃあ、今回の討伐で死んだ奴らさ」
ハッシュがそう説明した、その直後だった。
「早く行け! 商売の邪魔だ!」
「子どももいるんだから! さっさと失せろ!」
「てめぇらが死ねばよかったんだ!」
怒号にも似た声が、あちこちから投げかけられる。
先ほどまで静かだった空間が、嘘のようだった。
「ど、どうしたんだ?」
俺は呆気に取られた。
「……運んでる奴らに向けられた言葉さ」
「運んでる奴ら……」
「あれは『ネクロポーター』。重犯罪を犯して、無理やりジョブを変えられた奴らさ」
俺は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
呼吸も、少しずつ荒くなっていく。
「ゼインくん、大丈夫?」
そんな俺の様子を見て、シャリーアが声を掛けてきた。
「あ、ああ。大丈夫」
そう答えるのが精一杯だった。
ネクロポーターは忌み嫌われたジョブ。
話には聞いていたが、実際にその光景を目の当たりにすると、恐怖さえ感じた。
「ネクロポーターは、瀕死の奴らを回収する役目があってな。命を懸けた救護隊さ。重犯罪者だから、死ぬならテメェが死ねって思われてんだよ」
「それなら、逃げ出す人もいるんじゃ?」
「……あの枷が見えるか?」
「はい」
「無理に逃げようとすれば、足か首が飛ぶようになってんのさ」
「!」
俺は絶句した。
「だから、逃げ出すこともそうそうねぇ」
「……そうですか」
そして、ネクロポーターの集団の最後尾にいた者は、誰も担いでいなかった。
すると――
「くらえ!」
「一人も運ばずに偉そうに歩くな!」
そんな怒声とともに、小さな石が飛んできて、その者の身体に当たった。
「グッ……!」
その者は苦痛の声を上げた。
それを皮切りに、次々と石が投げられる。
「シャリーア様」
「……ええ」
シャリーアは目を逸らした。
「何だ……あれ……」
「ご遺体を担いでいない者には、よくあることです」
サレナが説明した。
「よくあること……ですか?」
「はい」
(まさか、ここまでなんて……)
俺がそう思っていると、シャリーアが口を開いた。
「でも、犯罪を犯した者ですから。それも仕方ない気がするけどね」
シャリーアは目を逸らしたまま、そう話した。
それを聞いた瞬間、俺は再び心臓が跳ねるのを感じた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
次回も宜しくお願いします。




