第三十五話:熱の通り道と、僕の中の火の番
二歳になって最初に変わったのは、夜明け前の日課の中身だった。
これまでの僕の朝は、「灯す」ことに使われてきた。石を借りて灯す。石なしで灯す。灯した熱を、消えないように保ち続ける。何百回、何千回と繰り返して、ようやく手に入れた、掌の内側の小さな熱だ。
けれど、誕生日の夜。宴の余韻の中で、僕は半ば無意識のうちに、その熱を掌から胸へ、胸から腹へと導いて、腹の真ん中で静かに散らすことに成功していた。熱を出した夜以来、指二本ぶんの距離で足踏みを続けていた「移動」の課題が、あの晩、はっきりと一段、前へ進んだのだ。
浮かれた勢いの、まぐれ当たりだったのかもしれない。それでも、一度できたことは、できたことだ。
だから、二歳の僕の朝は、こう変わった。
――灯した熱を、身体の中で巡らせる。
毛布の中で目を閉じ、胸の前で掌を重ね、いつもの手順で熱を呼ぶ。とくん、と灯ったそれを、今度は掌に留めおかず、少しずつ、隣へ移していく。
掌から、手首へ。手首から、肘の内側へ。肘から、二の腕、肩へ。
やり方の要点は、熱の夜に掴んだ感覚のままだった。掌と手首を別々の場所として区切って考えた瞬間、熱はその境目で途切れてしまう。そうではなく、皮膚の内側をひと続きのものとして扱い、意識の置き場所を、途切れないように、なだらかに滑らせていく。急いで動かそうとすると熱は薄れて消える。意識のほうを先にゆっくり進めると、熱は遅れて、それに沿ってついてくる。
初めの数日は、散々だった。
肩までは行ける。だが肩から胸へ移る途中で、熱は決まって薄れて消えた。胸から腹へ下ろそうとしても、半ばで途切れた。右腕はだいぶ通りが良くなったのに、左腕へ回そうとすると、まるで勝手が違って、何度やっても続かない。
自分の身体だというのに、その内側のことを、僕は驚くほど知らなかった。
(……順番に、覚えていくしかないな)
僕は、身体の中の通り道を、区間ごとに分けて覚えていくことにした。掌から手首まで。手首から肘まで。肘から肩まで。肩から胸へ。胸から腹へ。ひと区間ずつ、確実に通れるようになってから、次の区間へ進む。焦って全部を一度に繋げようとしない。前世のリハビリで、嫌というほど覚えた進め方だった。
毎朝、毎晩、僕はその区間を、熱を連れて行き来した。
そして、十日も経った頃。僕は、ひとつの発見に行き当たった。
(……通った回数のぶんだけ、楽になっていく)
同じ区間を繰り返し通ると、二度目は一度目より、三度目は二度目より、はっきりと楽に通れるようになるのだ。
初めて通る区間は、全神経を注いでも途切れがちで、ひどく骨が折れる。だが十回も通えば、意識の運び方に無駄がなくなり、五十回も通えば、ほとんど考えなくても熱が滑らかに流れるようになる。掌から腹までの一番よく使う経路は、いまや目を閉じて三呼吸もあれば、すっと通り抜けられるようになっていた。
(へえ……。繰り返すと、身体の中にも、通り道ができていくんだ)
その実感は、静かで、地味で――たまらなく、嬉しかった。派手な成果ではない。誰にも見せられない。それでも、昨日の自分より今日の自分のほうが、確かに一歩、先にいる。その一歩を毎日確かめられることが、僕には何よりの励みだった。
もっとも、二歳の春は、修行ばかりの季節ではない。むしろ外の世界のほうが、よほど忙しかった。
村は、畑起こしの真っ最中だった。
冬のあいだ雪の下で眠っていた畑に、男衆が鍬を入れ、固く締まった土を掘り返していく。ザク、と鍬が土を噛む音。ほぐされた土から立ちのぼる、湿って濃い、春の土の匂い。ダリウスは夜明けから日暮れまで畑に立ち、日に日に、首筋を春の陽に焼かれていった。
「よし、アレン。今日も、頼んだよ」
そして僕にも、この春、初めての「仕事」が与えられていた。
石拾い、である。
起こされたばかりの畑には、冬のあいだに土の中から押し上げられてきた石が、あちこちに顔を出す。これを拾って畑の外へ運び出すのは、この村の、僕くらいの子供に昔から与えられてきた役目なのだそうだ。
「小さいのでいいからね。重いのは無理をしないで、父さんを呼ぶこと。いいね?」
「うん!アレン、いしひろい、めいじん!」
僕は小さな籠を提げ、掘り返された黒い土の上を、トテトテと行き来した。石を見つける。拾う。籠に入れる。畑の縁の石置き場まで運ぶ。単純そのものの繰り返しだが、これがなかなか、奥が深い。
(……ふむ。土の色がわずかに違うところは、下に石が隠れていることが多い。それから、鍬の入りが浅く跳ねた列は、まず間違いなく何かある)
前世からの観察の癖が、石拾いという仕事で、思わぬ役に立った。僕の籠は同じ年頃の子の倍の速さで埋まっていき、ダリウスは腰を伸ばすたびに「うちの子は石拾いの天才かもしれないなあ」と、真顔で母に報告するのだった。天才の肩書きとしては、ずいぶんと慎ましい分野である。だが、悪くなかった。土に触れ、石に触れ、家族の畑の役に立つ。掌が泥だらけになるほど、僕の中の何かが満たされていくのが分かった。
ちなみに、僕の胸元には、あのうさぎがいた。
マリアの縫ってくれた新しい上着だ。汚すのが惜しくて仕舞っておきたかったのだが、母は「服は着られてこそよ」と笑って、毎朝それに袖を通させた。おかげで左右の耳の長さが違ううさぎは、連日、僕と一緒に畑の土埃を浴びている。夜、母がそれを丁寧にはたいて干すたび、うさぎは少しずつ、着慣れた相棒の顔になっていった。
変化に気づいたのは、石拾いを始めて、しばらく経った頃だった。
その朝、僕はいつもの巡りを、いつもより丁寧に済ませてから畑に出た。掌から腕、肩、胸、腹、そして初めて両脚の先までを一巡りさせる、その時点での僕の精一杯の長い経路だ。
畑に立って、すぐに、あれ、と思った。
朝の土は、まだ夜の冷たさを残している。素手で石を拾えば、指先はすぐに悴んで、動きが鈍くなる。それがこの春の常だった。
なのに――今朝の指は、悴まなかった。
冷たさは、感じる。感じるのに、指はいつもより素直に動き、石をつまむ手つきに、もたつきがない。籠を提げて畑の縁を駆ければ、いつも二度は引っかかる土の段差を、足が勝手に、すっ、すっ、と越えていく。
(……気のせい、か?)
気のせいで済ませないのが、僕の性分だった。
その日から、僕はこっそりと確かめ始めた。朝の巡りを、する日と、しない日を作る。それぞれの日の、指先の悴み具合、石を積む手元の正確さ、畑をひと駆けした後の息の上がり方を、覚えておいて比べる。数字は取れないから、感覚の記録だ。それでも、十日も続ければ、傾向は、はっきりと出た。
巡らせた日の身体は――ほんの少しだけ、よく動く。
力が強くなるのではない。速くなるのでもない。ただ、悴みが浅く、強張りがほどけて、身体のあちこちの引っかかりが消え、動きが滑らかになる。熱を出したあの夜、痛む関節がふっと軽くなった、あの感覚と同じ種類のものだ。
(……「整う」んだ。熱が通ると、身体の目が覚める。眠っていた分だけ、本来の動きに近づく――そういうことか)
僕は、この発見に、慎重に線を引いた。
これは、強化ではない。まだ、断じて違う。準備運動と、温かい風呂と、良い睡眠。それらと同じ並びにある、「調子を整える」の範囲を出ないものだ。効き目を大きく見積もれば、いつか必ず判断を誤る。
……ただ。
線を引いたその先に、続きがあることも、僕には分かっていた。
整えるだけで、これだけ変わる。なら――全身に薄く巡らせるのではなく、たとえば脚なら脚の一箇所に、もっと多くの熱を集めて注ぎ込んだら、どうなる? 眠りから覚ますだけでなく、目覚めた筋を、さらに後押ししたら?
(……その先に、もう一段、あるな)
答えの予感だけが、確かにそこにあった。だが僕は、それをまだ試さないことにした。理由は単純だ。今の僕は、細い流れを全身に通すだけで精一杯で、量を増やした時に何が起きるのかを、まだ何ひとつ知らない。
順番を、間違えるな。基礎が固まる前に量を増やすのは、ただの無謀だ。
その先は、逃げない。僕は「いずれ必ず」とだけ心に決めて、今日も地味な一巡りを重ねた。
量、という言葉を意識するようになったのには、理由がある。
その頃の僕は、もうひとつの発見――こちらは少しばかり、ひやりとする発見を、済ませていたからだ。
あれは、雨の午後だった。畑仕事が休みになり、僕は「お昼寝」の体裁で毛布に潜り込み、ここぞとばかりに、巡りを何周続けられるかに挑んでいた。
一巡り、二巡り、三巡り。よく馴染んだ経路を、熱は途切れることなく流れ続ける。四巡り、五巡り。雨音が心地よく、集中は深く、僕はすっかり調子に乗っていた。
六巡り目の、半ばだった。
――すこん、と。
足元が抜けたような感覚がした。
順調に流れていた熱が、ふいに痩せ、掠れ、そして僕の身体の奥のどこかで、何かが急に減った、という感覚がはっきりとあった。
直後、軽い目眩。指先から血の気が引くような薄ら寒さ。そして、強烈な眠気と空腹が、一拍遅れて、一度に押し寄せてきた。
(……っ、これは……)
僕は即座に巡りを止め、毛布の中で呼吸を数えながら、いま起きたことを順に確かめた。
こめかみの痛みではない。あれは集中のしすぎ、つまり頭の疲れだ。今のこれは、違う。もっと深い場所の――僕の中にある、この熱の元になっている何かが、使いすぎで残り少なくなった。そういう感覚だった。
(……そうか。この力は、使えば減るんだ)
考えてみれば、当たり前のことだった。何かを灯し、何かを巡らせているのだから、その元手がどこかにあるはずで――そして元手には、限りがある。この小さな身体に見合った、小さな限りが。
僕は薄れていく意識の端で、その日に分かったことを、順に覚え込んだ。
一つ。この力には、限りがある。
一つ。残りが尽きかける時、あの「足元が抜ける」感覚が合図として来る。あれを、危険の合図として覚えておくこと。
一つ。使いすぎた後は、眠気と空腹が来る。つまり、減った分を戻すのは、たぶん、飯と眠りだ。
そして、最後に、決まりを一つ。
(――限界の、だいぶ手前でやめる。どんなに調子が良くても。……いや、調子がいい時ほど、だ)
その日の夕餉、僕は自分でも呆れるほどに食べた。豆の煮込みを三杯、パンを二つ。マリアは「まあまあ、育ち盛りねえ」と嬉しそうにおかわりをよそい、ダリウスは「石拾いは力仕事だからねえ」と、これまた嬉しそうに頷いていた。すまない、二人とも。半分は石拾いだが、もう半分は、息子が内緒で力を使いすぎた反動なのだ。
食べて、眠って、翌朝。減っていたものは、ちゃんと戻っていた。灯した熱は昨日の失敗などなかったかのように素直に応え、僕は胸を撫で下ろし――それから、忘れないうちに、昨日の決まりをもう一度、心の中で繰り返した。
限界の、だいぶ手前でやめる。
この決まりが、いつか、どこかで、僕の命運を分ける気がした。根拠はない。ただ、熱の夜に覚えたあの一行――いちばん助けが欲しい時ほど、この力はあてにならないかもしれない――の隣に、この決まりは並べておくべきだと、僕の勘が言っていた。
そんな、修行と畑の日々の合間に、小さな、けれど心臓に悪い一幕があった。
夕餉のあとの、団欒の時間だった。僕はマリアの膝にもたれ、母は僕の小さな手を両手で包んで、ダリウスの畑仕事の失敗談(鍬の柄を今年二本目も折ったという話だ)に笑っていた。
僕はといえば、その温もりに油断しきって、癖になり始めていた「寝る前の一巡り」を、うっかり、母の膝の上で始めてしまっていたのだ。
掌から腕へ、熱がゆっくりと流れ出した、その時。
「……あら」
マリアが、ふと、包んでいた僕の手を、見下ろした。
「アレンのお手々、今日は、ずいぶんぽかぽかねえ」
――心臓が、大きく跳ねた。
僕は顔に何も出さないよう努めながら、内側では大慌てで、巡りを止めた。ゆっくりと、少しずつ、完全に。リアとの検証で覚えた、あの止め方だ。
物理の体温が変わっていたはずはない。ないのだが、母というものの手は、時に理屈の外で、子の何かを感じ取る。
「ふふ。子供ってね、みんな、ちいさなお日さまなのよ」
マリアは僕の手を頬に当てて、目を細めた。
「アレンをこうして抱っこしているとね、母さん、冬でもあったかいの。……不思議ねえ。どうしてかしらね」
――ちいさな、おひさま。
その言葉に、僕は、動きを止めた。いつかの冬の午後、暖炉の前で、漆黒の瞳の少女が言った言葉と、ほとんど同じだったからだ。おなかのなかに、ちいさいおひさまが、いるみたい――。
偶然だ。母は何も知らない。ただの、母親らしい言い回しだ。分かっている。分かっているのに、何も知らない人の口から、知っている者と同じ言葉が出てくると、なんとも言えない、不思議な心地がした。
(……みんな、本当は、何かしら感じているのかもな。名前を知らないだけで)
僕はそれ以上考えるのをやめ、母の頬の温もりに、素直に頭を預けた。今夜の一巡りは、中止だ。母の腕の中でまでやることではない。
四月が終わりに近づき、畑の畝がすっかり整った頃には、僕の巡りは、ひとつの完成を見ていた。
夜、寝床の中。目を閉じて、三呼吸。
掌に灯った熱は、いまや迷いなく流れ出す。右腕を上り、肩を越え、胸を通り、腹で折り返して、左の肩へ。左腕を下って掌まで行き、引き返して、背中を渡り、腰から両の脚へ。踵まで下りて、また上って、最後は腹の真ん中に、静かに収まる。
全身一巡り。かかる時間は、ゆっくり数えて、三十ほど。
どこも痞えない。どこも迷わない。二歳の身体という小さな範囲の隅々まで、僕はこの春、熱の通り道を通し終えたのだ。
そして、毎晩その一巡りを見送りながら、僕は決まって、同じことを思うのだった。
(……火の番と、同じだな)
板窓の外、村の広場には、今夜も小さな焚き火が灯っている。雪解けのあの日から一晩も欠かさず、大人たちが交代で守り続けている、村の火だ。番の人は時折立ち上がり、村の縁をぐるりと歩いて回り、何もないことを確かめて、火のそばへ戻ってくる。
僕が毎晩、身体の中でやっていることも、あれと同じだ。
隅々まで熱を通し、強張りをほどき、何もないことを確かめて、元の場所へ戻す。誰にも見えない、僕ひとりの、僕のための夜回りだ。
(外は、父さんたちが守ってくれている。なら、身体の中は――僕が、守る)
いつか、この内側の番が、外の誰かを守る力に変わる日まで。細い流れを太くし、力の残りを見極め、あの「もう一段」に手が届く日まで。焦らず、順番どおりに、一晩ずつ。
巡り終えた熱が、腹の奥に、静かに収まる。
その余熱の中で、僕は今日の畑と、籠いっぱいの石と、母の頬の温もりを思い返した。それから、ふと、部屋の隅の棚に目をやった。
そこには、綺麗な布に包まれた、祝いの品の包みがある。マリアが冬のあいだ縫い上げた、小さな小さな産着。隣村の、もうすぐ生まれる子のための包みだ。母はこの数日、日に一度はその包みを手に取っては、紐を結び直したり、匂い袋を入れ替えたりしている。今日の夕餉の席でも、両親はその話をしていた。
「オーレンのところ、もう本当に、いつ報せが来てもおかしくないってさ。ウィリアムが昨日、向こうの村まで用足しに行って、聞いてきたんだよ」
「まあ。……ふふ、なんだか、こっちまでそわそわしちゃうわね。ねえ、アレン。もうすぐ、隣の村に、赤ちゃんが来るのよ」
「あかちゃん! ……アレン、あう? あえる?」
「ええ、もちろん。落ち着いた頃に、みんなでお祝いに行きましょうね。ほら、この包み、その時の贈り物なの」
もうすぐ、生まれる。
僕より二つ小さい、春の子。オーレンさんとリリアンさんが、長く長く待ち焦がれた、隣村の新しい命。
(……早く、おいで)
僕は棚の包みに向かって、胸の中でそう呼びかけた。丘の上から見た、南西の空の裾の、細い煙を思い出す。あの煙の下の家に、まもなく、産声が上がるのだ。
春の夜気は柔らかく、腹の奥の余熱はあたたかく、明日への楽しみは、数えるほどにあった。
僕は枕の横に畳まれた上着のうさぎに片手で触れ、身体の中の火の番に「今夜もご苦労さま」と告げて、ゆっくりと、眠りの底へ沈んでいった。
報せが村に駆け込んでくるのは、それから、いくらも経たない、ある朝のことである。
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