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第十七話:双光の洗礼、託された二つの宝玉


 その日の朝は、いつもよりずっとまばゆい光が寝室の窓を叩いていた。


 初夏の風がカーテンを軽やかに揺らし、村のあちこちから、今日という特別な日を祝福するような鳥たちの囀りが聞こえてくる。


 僕の小さな胸は、起きた瞬間からトクトクと速いリズムを刻んでいた。


 今日はミアとリアの三歳の誕生日だ。


 昨日、森の深部と地底の闇を彷徨い、バルカの鍛冶場で命を吹き込まれた二つのペンダント。それが今、マリアの手元にある秘密の箱の中で、出番を待っている。


「アレン、準備はいい?今日は最高のお祝いにしましょうね」


 マリアが僕を抱き上げ、白銀の髪を丁寧に整えてくれる。


 ダリウスは、村長から借りたという上質な葡萄酒の瓶を抱え、満足げに笑っていた。

 家の外に出ると、すでにフィナとナタ、そして竪琴を抱えたウィリアムさんが待っていた。フィナの瞳は、昨日にも増してキラキラと輝いている。


「アレン!私、昨日からドキドキして眠れなかったんだから!早く二人の顔が見たいね!」


 僕たちは連れ立って、バルカとグレシアさんの家へと向かった。




 バルカとグレシアの家の扉を開けた瞬間、熱を帯びた「家族」の香りが僕たちを包み込んだ。


 それは焼きたてのパンの香ばしさと、甘い果実の蜜、そして鍛冶場を営む主がいる家特有の、微かな鉄と煤の匂いが混じり合った、力強くも温かな匂いだった。


「おぉ、待っていたぞ!さあ、アレンもフィナも、遠慮せずに上がれ!」


 普段は鍛冶場で厳しい顔を見せているバルカが、今日は煤を綺麗に落とし、上等なリネンのシャツを着て僕たちを迎え入れた。その大きな掌が、僕の白銀の髪をわしわしと撫でる。


「バルカ、最高の葡萄酒を持ってきたぞ。村長が『今日は特別だ』と奥から出してきた代物だ」


 ダリウスが誇らしげに瓶を掲げると、バルカの目が少年のように輝いた。


「ほう、あの村長の秘蔵っ子か!それは贅沢だ。グレシア、すぐに杯を用意してくれ。今日は腰を据えて飲むぞ!」


 男たちの豪快な笑い声が室内に響き、宴の幕が上がる。

 マリアは厨房で忙しく立ち働くグレシアに歩み寄り、大切に抱えていた籠を差し出した。


「グレシアさん、これ。アレンと一緒に作った、蜂蜜入りの蒸し菓子よ。あの子たちの口に合うといいのだけれど」


「まあ、マリアさん!いつも済まないわね。ミア、リア、ほら。マリアおば様がとっても美味しそうなお菓子を持ってきてくださったわよ」


 その言葉を合図にしたかのように、部屋の奥から二つの影が飛び出してきた。


 太陽の光を吸い込んだような金髪のミアと、闇夜の静寂を思わせる黒髪のリア。二人は僕の姿を見つけると、左右から僕の両手を握り、ぶんぶんと振り回した。


「アレン!遊ぼ~!今日、ミアたち、三歳!」


「……アレン。きてくれて、嬉しい。おかし、いっしょに、たべよう」


 二人の瞳は期待と喜びに満ち溢れ、まるで小鳥が囀るような賑やかさで僕を囲む。

 僕はまだ拙い足取りで二人に引きずられながら、広間の中央に置かれた大きな円卓へと導かれた。


 卓の上には、マリアの蒸し菓子だけでなく、ナタが朝一番で山から採ってきたという、露に濡れた真っ赤な野いちごや、香ばしく焼かれた鳥肉、そして大きな木鉢に盛られた新鮮な野菜が並んでいた。


 ウィリアムさんが部屋の隅で静かに竪琴の弦を弾き始めると、繊細な音色が広間の喧騒を優しく包み込み、ただの食卓を「祝祭の場」へと変えていく。


「さあ、まずは子供たちからだ。ミア、リア、誕生日おめでとう。健やかに育ってくれて、父さんは嬉しいぞ」


 バルカが少し照れくさそうに杯を掲げ、大人たちがそれに続く。

 

「おめでとう、ミア、リア! さあ、いっぱい食べて、もっとお姉さんになるんだよ!」


 フィナが自分のことのように嬉しそうに叫び、野いちごを二人の口に放り込む。ミアが「あまーい!」と声を上げ、リアが静かに、けれど満足げに咀嚼する。


 そんな子供たちの姿を眺めながら、大人たちの会話も弾んでいった。


「そういえばバルカ、昨日来た行商人の話は聞いたか?王都の方では新しい法が検討されているらしいな」


ダリウスが葡萄酒を煽りながら、少しだけ真面目な顔で問いかける。


「あぁ。村長と一緒に話を聞いたよ。……物騒な噂も絶えないが、この村にいる限りは、俺が叩いた鉄と、お前が育てた麦があれば、あの子たちを飢えさせることはないさ」


 バルカが逞しい腕を組み、力強く答える。

 その言葉には、親としての揺るぎない覚悟が宿っていた。


 マリアとグレシアは、育児の苦労や、最近のアレンの成長ぶりについて、声を潜めて笑い合っている。


「アレンはね、最近本当にこちらの言うことを理解しているようなの。昨日の森でのことも……ねえ、フィナちゃん?」


「そうだよ、マリアおばさん!アレンがいなかったら、あんなに見事な……あ、あはは、なんでもないよ!」


 フィナが慌てて口を塞ぐ。その様子を、ミアが不思議そうに首を傾げて見つめていた。


「フィナねえちゃん、なにか、ないしょ?」


「ふふ、ミア。それはね、もう少し後でのお楽しみ。ね、アレン?」


 フィナが僕に目配せを送る。

 僕は口の周りに蒸し菓子の粉をつけながら、こっくりと頷いた。

 

 竪琴の旋律が、温かな部屋の隅々まで染み渡っていく。


 窓の外では、夕焼けが村を琥珀色に染め、家々からは夕餉の煙が立ち上っている。

 かつて孤独な魂として彷徨っていた僕にとって、この賑やかすぎるほどの笑い声と、皿が触れ合う音、そして隣に座る二人の体温は、何物にも代えがたい「生の証」だった。


 琥珀色の光に満ちた宴は、ゆっくりと、けれど確実に、僕たちが用意した「最高の結果」へと近づいていく。


 幸せの飽和点に達しようとするこの空気の中で、僕は次に訪れる瞬間のことを思い、胸を高鳴らせていた。




 やがて宴がたけなわとなり、西日が窓から差し込み始めた頃。

 フィナが僕の顔を見て、大きく頷いた。


 ついに、その時が来た。


「……ねえ、みんな!ちょっと聞いて!」


 フィナの通る声が、広間の喧騒を静めた。


 全員の視線が、彼女と、彼女の隣に立つマリア、そして僕へと集まる。


「昨日ね、私とアレン……それからマリアおばさんと三人で、森のずっとずっと奥まで行ってきたの。ミアとリアに、世界で一番のプレゼントを見つけるために!」


「えっ……森の奥へ?」


 グレシアさんが驚いて声を上げる。

 フィナは得意げに胸を張り、マリアから手渡された小さな木箱を、双子の前に差し出した。


「お母さんは『お花で十分』って言ってたけど……私たちは、どうしても二人に『宝石』を贈りたかったんだ。……あけてみて」


 フィナの言葉を合図に、ミアとリアが震える小さな手を木箱の蓋にかけた。


 ゆっくりと、吸い込まれるような静寂の中で蓋が開かれた瞬間――。


「「……っ!!」」


 部屋中の空気が、驚嘆で凍りついた。

 夕暮れの陽光を吸い込んだ箱の中から、対極にある二つの輝きが爆発するように溢れ出した。


「うそ……っ、きらきら! お日様みたい! アレン、フィナねえちゃん、これ、ミアの!?」


 次の瞬間、ミアの感情が爆発した。


 彼女は弾かれたように立ち上がると、マリアに首にかけてもらった琥珀を胸で揺らしながら、部屋中をぴょんぴょんと跳ね回った。


 その黄金色の髪が、胸元の琥珀と共鳴するようにまばゆい光の輪を描く。彼女の動きに合わせて、琥珀の中の気泡が星のように瞬き、まるで小さな太陽を飼い慣らしているかのようだった。


「みてみて!ぴかぴかできらきらだよ!お部屋の中に、ミアだけのお日様がきたの!アレン、だいすき!フィナおねえちゃんも、だいすきーっ!」


ミアは勢いよく僕に抱きつくと、その熱い頬を僕の首筋に擦り付け、何度も何度も「ありがとう」を繰り返した。


 彼女の全身から溢れる喜びは、まさに手の中にある琥珀そのものの熱量を持って、祝祭の場を再び黄金色に染め上げていった。

 抱きしめられた僕の腕には、彼女の激しい鼓動と、琥珀が放つ不思議な温もりがダイレクトに伝わってきた。


対照的に、リアは動けずにいた。


 彼女はマリアの手によって首にかけられた黒曜石のペンダントを、震える指先でそっと包み込んだ。

 その滑らかな石の表面には、彼女自身の漆黒の瞳と、僕のコバルトブルーの瞳が鏡のように映り込んでいた。


(……きれい。アレンの瞳みたいに、ずっと見ていられる)


 リアは言葉を発しなかった。


 けれど、その漆黒の瞳には、かつて見たことがないほど鮮烈な光が宿っていた。彼女はペンダントを両手で大切に握りしめ、そのまま自分の心臓の音を確かめるように胸元に押し当てた。

 深く、どこまでも澄んだ黒。それは光を弾くのではなく、光をその奥深くに抱きしめるような、彼女の静かな気質そのものを象徴していた。


「……アレン、ありがとう」


消え入りそうな声で、彼女は僕の名前を呼んだ。


 潤んだ瞳で僕をじっと見つめるその眼差しには、どんな叫び声よりも深い感謝と、言葉にならない情愛が込められていた。彼女は一歩だけ前に踏み出すと、僕の空いている方の手をそっと握り、その滑らかな石の感触を僕に分け与えるように微笑んだ。


 静かに、けれど心の奥底で激しく揺さぶられている彼女の「喜び」が、繋いだ手から僕の体へと確かに伝わってきた。


「……これ、本当にあの子たちが、自分たちで見つけたのかい?」


 グレシアさんが、信じられないというように口元を抑え、涙を流していた。


 あんなにも娘たちが宝石を欲しがっていたことを知っていたからこそ、その「本物」の重みに心を打たれたのだろう。


 彼女は膝をつき、娘たちの胸で輝く石を愛おしそうに眺めた。そこには、ただの美しさではない、それを探し求めた子供たちの情熱が宿っていた。


 バルカは、娘たちの胸で誇らしげに輝く自分の「作品」を、腕を組んでじっと見守っていた。

 その強面な顔が、今は見たこともないほど柔和な「父親の顔」になっていた。


「……あぁ。アレンとフィナが、泥だらけになって持って帰ってきたんだ。俺が知る限り、この村で一番の宝石だよ、それは」


 バルカの声は低く、けれど確かな誇りに満ちていた。


 僕は、左に抱きつくミアの温もりと、右の手を握るリアの静かな鼓動を感じながら、自分の胸にある青いペンダントに触れた。


 これで、僕たちは三人でお揃いになったのだ。

 別々の色、別々の輝き。けれど、同じ「愛」という工房で形作られた絆の証。


 ウィリアムさんの奏でる竪琴が、一段と高く、祝福の旋律を奏でた。フィナもナタも、自分のことのように顔を上気させ、拍手を送っている。


 窓の外では一番星が瞬き始め、部屋の中では二つの新しい宝石と、僕の青い石が、互いを照らし合うように共鳴していた。


 僕は今日、世界をより鮮やかに彩るための「魔法」は、森の奥深くや地底の闇にあるのではなく、大切な誰かを想う心の中にこそあるのだと、彼女たちの笑顔を通じて教えてもらったのだ。


 夜の帳が下りる中、三つの小さな光は、未来を照らす灯火のようにいつまでも輝き続けていた。

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