第3話 後口上にてございまする 二承前
思えば織田様は上杉殿への進物にするにあたり、洛中洛外図への手前の「州信」の落款印を執拗に求められましたのでございます。
「わしからの偏諱の印に意味があるのだ」
と、仰せになられて。
その意味も今となればよくわかり申します。室町の将軍様の御用絵師、この狩野永徳が織田殿のために描き、偏諱の印を入れる。これは、織田殿が京を手に入れたということの、なによりもの証だったのでございます。
また、織田様はこうも仰られました。
「わしは過去を切り取った記録に興味はない。だから、洛中洛外図を手に入れても眺めることはない。
だが、上杉に送れば、この絵は後々まで世に残ろうぞ」
と。
手前は思わず、無礼かとは思いながらも聞き返したのでございます。
「上杉殿への進物とされるから、儀礼の象徴として残るということでございましょうか」
と。
織田様のお答えは口調は穏やかでございましたが、その内容は手前の想像を絶して辛辣なものにございました。
「天下を取る時節を逸した上杉は、もはや鄙の一大名にしかなり得ぬ。
だからこそ、日の本の中心に近づけず、ゆえにお家安泰。だから残るのよ」
そう聞かされたときの手前の心情、おわかりいただけるかと思います。手前、織田様と話すたびに、このように心胆寒からしめられたのでございました。
織田様が持って生まれた性としてのお優しさも、このように鋭い思慮によって得られた容赦ないお答えに覆い隠されてしまうこともしばしばで、それが恐ろしく、また、お側を離れられぬ魔力でもございました。
ですがその織田様も、手前を睨めつけた松永殿も、今や皆亡くなられてしまわれました。
時の流れとは残酷なものにございます。
織田様も松永様も、大往生とは行きませなんだ。そこがまた、辛きところでございます。
ああ、そうでございますね。
話を戻さねばなりませぬな。
ですが、話の流れとしてはちょうどよいやも知れませぬ。
手前が描くことを止められぬ、二つ目の故由のことでございます。
繰り返しまするが、つくづくも時の流れとは残酷なものにございます。
我が妻小蝶は、皆で尾張に行ったのち、すぐに手前の長男、光信を産んだのでございます。
光信は母の血を受け継いだか、花鳥を愛ぐく描くことについては、世の誰にも負けぬ絵描きに育ち申しました。
その後、小蝶は次男の孝信を産みしのち、産後の肥立ちが悪く身罷りました。
もう、二十年近くも前になりましょうか。
なにかと手前に絡み、その時々は邪魔とすら感じておりましたが、いざいなくなるとこれほどまでに喪失感を覚えるとは思いませなんだ。
その心の穴を埋めるために、はるばる豊後国までの旅に出たりもいたしましたが、手前の心は癒えることなくこの身までを蝕んだのでございます。
手前は、ひたすらに描き続けました。
手前にとって絵筆を握ることは業であり、業であり、業でもあったのでございます。それゆえに絵筆を握っている間は、手前にとって唯一喪失感を忘れている間でございました。
そして描きに描き、この身で描くことが叶うすべての絵を描き終えたら、手前は小蝶に再び会える。今は、そんな気がしているのでございます。
在天願作比翼鳥、在地願為連理枝。
願わくば天に在りては比翼の鳥とならん、願わくは地に在りては連理の枝とならん。
片方の翼を失った鳥は、飛べぬのでございます。描き、仕上げるごとに、つくづくそんな言葉が脳裏に浮かびまする。
それは、再会が近いことを、手前の身体が知っているからでございましょう。
とはいえ、手前の一生は幸せなものにございました。
円を描くことに始まり、織田殿、豊臣の関白様のおっしゃった円によって絵師としての進む道を定め、東福寺法堂の天井画の龍図の珠、その円をもって終わるのでございます。
円は円環に通じ、無限に通ずるものにございます。とても無限とは言えませぬが、そけでもどれほどの絵を世に送り出せたかに思い致せば、古今東西、手前ほどの果報者はおりますまい。
その中にははるばると無限の波濤を超え、羅馬教皇に献上されたものすらあるのでございます。
それは結果として、小蝶が残してくれたものなのやも知れませぬな。あの世で小蝶も同じ絵師として、喜んでくれているはずでございます。
思い返せば、関白、近衛前久様のお屋敷の障壁画、それが手前と小蝶の二人だけで描く唯一の合作となり申しました。
小蝶の描く下絵の中で、小鳥たちは縦横に飛び、囀り、虫をついばみ、その姿は見事なものでございました。手前は手前の絵の中に、小鳥だけはその愛ぐき姿を壊さぬよう、丁寧に写しとったのでございます。
関白様は、その下絵をも所望になられました。なので、それを小鳥の数だけ扇に仕立て、一本を除いたすべて献上したのでございます。
とはいえそのようなものですから落款とてなく、いずれは散逸してしまうものにございましょう。
小蝶が工房にて描いた扇絵の数々も、使われてしまえばのちの世に残るものではなく、洛中洛外図の下絵すらも画工としては本来残すべきものではなく、すべて処分してしまいました。
結果として手前の懐に残された一本の扇、その中で梔子の枝に掴まった一羽の小鳥。
それだけが、小蝶の息吹を今の手前に伝えるものなのでございます。
あとがきと参考文献に続きます。




