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9/33

主役

 王家主催の夜会は、年に4回ほどある。私は基本的に顔だけ出して、すぐ帰るというのを繰り返していたので、まともに参加するのは今回が初めてと言ってもいいところだろう。貴族主催のお茶会などは頻繁にあるのだが、もっともこちらの方はほぼ不参加だ。グレンの話がなければ、今日の夜会も敬遠していたところだろう。

 今日はグレンが公爵家の馬車で迎えに来ると言っていたが、ミアと3人で馬車に乗るのはさすがに気まずい。だから私は母と侯爵家の馬車で行き、入り口で待ち合わせすることになった。父は仕事が終わらないらしく、今夜も不参加だ。父の不参加はいつも通りなので、大した問題ではない。問題は、私の着るドレスだ。この前の買い物の時に、母の勧めでドレスを数着作ったものの、基本はオーダーメイドなため今夜の夜会には間に合わなかった。既製品もショップには置いてあるのだが、ぴったりとしたサイズ感ではないために、どうしてもオーダーメイド物に比べると見劣りしてしまう。私が唯一持っているオーダーメイドの高いドレスは、この前のグレンがミアに婚約を申し込んだ日に着ていたあのドレスしかない。

「ん-困ったわね。あれはさすがに」

 グレンもミアもあの日の私の姿を見ているだけあって、さすがにあれを着るのは気まずい。そうなると、ほとんど着るものがないのだ。こんなことならば、ちゃんとルカの言うように令嬢として最低限の枚数のドレスは持っておくべきだったなと、少し後悔する。衣装棚をいくら眺めても、今日の夜会に着ていけそうなドレスは見当たらない。

「ま、既製品で何とかするしかないわね」

「ソフィアお嬢様ー!」

「ルカ、ノックもなしにいきなり入ってきたら、びっくりするじゃない」

 息を切らしながら、大きな白い箱を抱えたルカが部屋に飛び込んでくる。

「申し訳ありません。ですが、グレン様からお嬢様たちにこれが届きまして」

 ルカは抱えていた箱を、ベッドの上に置いた。白い箱に金の模様の絵が描かれた箱に、赤いリボンがかかっている。

「私とミアに届いたってこと?」

「そうなんですよ。ミア様はご自分のだけではないことに、とても腹を立てていたようですが、奥様からこれをさっと受け取って、急いでお持ちしました」

 褒めてくださいと言わんばかりのルカの笑顔がかわいらしい。

「ありがとう、ルカ。でもグレンからなんて、一体何かしら」

 リボンを解き、箱を開けると1枚のメッセージカードが入っていた。

『今日はとても大事な人に会わせたいので、これを着てきて欲しい。 グレン』

「これを着てきてくれって、私はあなたの女でもないのよ。まったく……それは、ミアも怒るでしょうね」

「でもソフィアお嬢様、ドレスに罪はないですから」

 本来、貴族間においてドレスはよほど親しい人の何かの記念か、婚約者などにしか送ることはない。それをわざわざ、婚約者のミアと、その姉でしかない私に送ったのだ。ミアからしたら、これ以上におもしろくないことはないだろう。母が手早くルカに箱を渡したのは、ミアが怒りのあまりドレスを台無しにしてしまうと思ったからに違いない。

 ルカはそんなことなど気にする様子もなく、手早く中の包みを解いてゆく。中に入っていたのはド濃紺からゆっくりと朝焼けのような茜色に変化するグラデーションのドレスと、それに合わせた編み上げのヒールが入っていた。

「まぁ、すごい。これは、最近出たばかりのフィッシュテールドレスですよ。しかも、オーダーメイドの。さすが、公爵家は違いますねー。他の令嬢もこのドレスを手に入れるのに半年以上待ちなのだと聞きましたよ」

 ルカが取り出したドレスを合わせて、私は鏡の前に立つ。この一枚だけでいくらするのだろう。シンプルに見えるものの、一枚のシルクを染め上げているドレスだ。考えただけでも、恐ろしい。

「でも、これ、私着ていくの? 噓でしょ、グレン。嫌がらせにもほどがあるわ」

「そんなことないですよ、王都では今一番の流行の最先端ですし、足の細いソフィアお嬢様くらいしか着こなせない一品ですよ。しかも、フルオーダー品なんて」

 公爵家の急ぎの品となれば、どこの貴族を差し置いても先に作られる。しかしなぜよりによってこのデザインなのだろう。鎖骨が見えるくらいの胸の開きはまだ我慢出来る。問題はこのドレスの短さだ。前丈が膝上になっていて、後ろが床につくか付かないかの長さなのだ。

「足……あし…」

 思わず頭を抱える。高校の時ですら、スカートはギリギリ膝が見えるか見えないかの長さだったのに、これはそれよりはるかに短いのだ。こんな露出の多い服で、どうしろと言うのだろう。いくらヒールの編み上げの部分が膝まで来るといっても、こんな紐では何も隠せやしない。しかも裾の部分の茜色が、思い出したくもない人を連想させる。

「まさかね」

「ソフィアお嬢様なら、絶対に似合うと思って送ってくださったのですよ。この前のカフェにいた奴らも、夜会にいるはずですので、見返すいい機会じゃないですか」

「そういう問題じゃないと思うんだけど」

「あ、でも、この色、なんだか王弟殿下様の瞳の色に似ていますよね」

「よく見ていたわね。なんか嫌だわ」

「お嬢様はああいう感じの方はお嫌いですか?」

「あんな風に女の人を侍らかせて喜んでいる人なんて、好きなわけないでしょ」

「まあまあ、そんな話は置いておいて、とにかくお着替えしましょう。今日は目一杯、ルカ頑張りますから」


 ルカの提案で、髪はいつものハーフアップではなく、頭の上に高く結い上げられた。そして金の星の形をしたピンが髪に散りばめられている。一見、暗そうに見えたドレスは形が華やかなこともあり、私の白い肌によく映える。化粧もいつになく、ばっちりメイクだ。ドレスの前の部分が短いこと以外は、文句のない仕上がりになっている。鏡で何度見ても、ぱっとしなかった瑞葉の時より2割増し美人ではあると自分でも思う。

「こんなに美しいお嬢様なら、きっとたくさんの方に言い寄られてしまいますわ。今日の主役はソフィア様で間違いありません」

「んー。それはどうかしら。頑張って、愛想よくだけはしないと、お母様の顔もあるからね。そろそろ時間だし、とりあえず、ホールに行ってお母様の仕度が出来るのを待ちましょうか」

「そうですね、それがいいと思います」

「上着はいらないかしら」

「行き帰りは馬車ですので、大丈夫ではないですか」

「それもそうね」

 そう言いながら、ルカと玄関のホールに向けて歩き出す。10センチはあるだろうヒールは、なかなか歩きづらい。そしてどうしても短い裾が気になって、いつもより歩幅が狭くなってしまう。

「あら、お父様、今お帰りですか?」

 玄関ホールには母ではなく、今帰宅したばかりの父がいた。私を見て、父が一瞬固まる。しかし、それも一瞬のことで、すぐに眉間にしわを寄せた。

「なんだ、そのドレスは」

「なんだって……グレン様にいただいたものですが、どこかおかしいでしょうか」

 別に私だって好き好んでこのドレスを着ているわけでもないのに、その言いようはないだろう。似合わないからといって、何もそんな言い方をしなくてもいいのに。

 心がぎゅっと縮み、思わず泣きそうになる。こんなことなら、既製品でも何でもいいから、他の物を着ればよかった。

「あなた、そんな言い方ダメですよ。ソフィアには、ちゃんと最後まで分かりやすく言わないと伝わらないと、何度教えたら分かるのですか」

 後ろからやって来た母が、ため息交じりに父へ苦言を呈す。母が父に意見しているのを、私は初めて見た気がする。しかし先ほどのセリフから、何度も言われているようだ。

「いや、だから、その……だな」

「もぅ、仕事のことならなんでもズケズケと言えるくせに、娘のこととなると何でそうなるのですか。ソフィア、あなたが誤解しているだろうから、この人の言葉を代弁してあげると、その裾の短いドレスはどうしたのだ。そんな短いドレスを着て、何かあったらどうするんだ。と、言いたいのよ。あなたがあまりに綺麗なものだから、お父様は心配で仕方ないのよ」

「綺麗……心配……。そうなのですか? お父様」

「当たり前だろう。誰か言い寄ってくるような奴がいたら、すぐに言いないさい」

「うふふふふ、お父様はあなたのその姿に惚れて言い寄ってくる輩は、みんなお断りして二度と近づけないようにするってよ」

 なんだ。急に肩の力が抜ける。先ほどまでのすごく嫌なもやもやした胸のつかえは、どこかに消えていた。代わりに、そこには温かいものが占めている。父は、私を非難したわけではなく、ただ心配していただけ。そんな些細なことだけで、すごく満たせた気がする。瑞葉の時も、こんな風にちゃんと話をしていたら、もっと違った親子関係になれたんじゃないのかな。今になっては、それは仮定の話でしかなく、もう二度と分かることはないのだろうけど。

「とにかくだ、外套を持っていきなさい、外套を。初夏といえ、夜は冷える。なんならそうだ、城の中でもずっと外套を着ていなさい」

「お父様、さすがにそれは」

「そうよ、あなた。城の中でまで外套を着ているなんて、聞いたことがないわ」

「いや、しかしだな」

「お父様、心配して下さったのですか? それなら私に変な虫が付かないように、お迎えに来て下さいます?」

 私は父の腕に抱きつき、顔を見上げる。今までと全く違う私の行動に驚きながらも、父はまんざらでもないようだ。

「もちろんだ。仕事などすぐに終わらせて、迎えに行く。変な虫など付けさせるものか」

「仕事一筋のお父様を陥落させるなんて、さすがソフィアね」

「お父様、会場で待っていますからね」

 約束を取り付けると、馬車に乗り込んだ。あれだけ気が重かった夜会への参加が、嘘のようだ。今なら、どんなことでも出来る気がする。ルカが言ったように、今日だけは主役にもなれる気がしてきた。

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