出会い
母のおススメのお店は、まだ昼前だというのに賑わいをみせていた。店舗手前が焼き菓子などのお持ち帰りを買うスペースになっており、奥がイートインスペースになっている。また、2階に貴族用のビップ席まであるという念の入れようだ。中でお茶をしながらお菓子を選ぶことが出来ると言われ、小腹の空いた私たちは中でお茶をすることにした。普通のワンピースに身を包む私たちは1階のイートインスペースへ案内されると思っていたのだが、母がここを何度か利用しているらしく、きちんと2階の席へ通された。スタッフがお客の顔を把握しているあたりからして、とてもレベルの高い店なのだろう。
猫足のテーブルには白いクロスがかけられ、小さな花瓶にかわいらしい青い花が活けてある。2階は空間が広くとってあるにもかかわらず、席は4席ほどと少なく広々と空間を使用していた。客は私たち以外に1グループだけ。貴族の男性1人に女性が3人という組み合わせだ。ジロジロ見るつもりはないのだが、身分の高そうな男性を囲み、キャッキャと騒ぐ様は、あまり気持ちのいいものではない。
「ソフィアは何にする?」
「ん-、どれがいいのか……」
「とてもたくさん種類があるんですね」
「ホントね。これは迷うわね」
メニューにはケーキやタルト、クッキーに紅茶やお茶が数種類書かれていた。値段は大体、食べ物が銀貨2枚で飲み物が銀貨1枚程度だ。ケーキに2000円が、飲み物が1000円。都会の値段はこんなものかと考え、いや、それでも高い気がする。上のイートインと下のイートインでは、もしかすると基本単価が違うのかもしれない。
「ソフィア、そんなに眉間にしわ寄せると、しわしわになっちゃうわよ」
「奥様、お嬢様はまだぴちぴちですよ」
「はいはい。二人ともそんな話はいいから、もう決まったの?」
「もちろん、本日のオススメよ」
「あのぅ、わたしも同じものをいただいても本当によろしいのでしょうか?」
「当たり前でしょ、ルカ。今日一日お買い物に付き合ってもらっているんだから、いいに決まっているじゃない。すみません」
軽く手を上げると、すぐに店員が注文を取りに来る。
「本日のおススメのセットを二つと季節のタルト、あとコーヒーをお願いします」
「かしこまりました、すぐご用意させていただきます」
「あ、そうそう。お土産に焼き菓子をいくつか見たいのだけど、それもお願いできるかしら」
「はい、もちろんでございます。しばらくお待ちください」
手際よく注文を聞くと、店員は下の階へ降りて行った。さすがにお土産用の焼き菓子は下でも売っているものだろうから、値段は変わらないはず。自分たちの分に、使用人たちの分を買うとして30くらいあれば足りるだろうか。使用人の数を指折り数える。すると、奥の席からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
顔を上げれば、先ほどいた男性は席を立ったのか、女性が三人でこちらをちらちら見ながら会話している。
「やだぁ、お金の計算しているのかしら」
「ここの持ち合わせ、足りないんじゃない? あなた、貸してあげたら」
「こんな店でも足りないような貧乏な人、いるのー?」
「クスクスクス」
「恰好からして、田舎から出てきた貴族じゃないの」
「貴族じゃなくて、どっかの商人の娘でしょ」
「商人の娘も、この2階へ通されるわけ?」
「店なんて、お金を持ってればみんな同じなのよ」
「やだぁ」
よほど暇なのか、明らかにこちらに聞こえる声で会話を楽しんでいるようだ。母は相手にしないと、気にも留めていないが、ルカは顔を真っ赤にして怒っている。
「ソフィアお嬢様、わたし文句言ってきます」
「辞めておきなさい。馬鹿がうつるわよ」
「あ、それはそうですが」
「なんですって!」
さすがにイラっとした私がルカに言葉を返したのだが、どうやら向こうにも聞こえていたようだ。無関心だった母が、鼻で笑っている。ここまでくれば、売り言葉に買い言葉だ。前までの私なら言い返すことなど、絶対にしなかった。だからと言って、ずっと我慢しているのにも限界がある。喧嘩を買う気はこれっぽっちもなかったのだが、これ以上突っかかるってくるならば、話は別だ。
「あら、ごめんなさい? 低俗なのがうつると言った方がよかったかしら? あまりに聞きなれない言葉ばかり言っていたので」
口元を抑え、小首をかしげながらニヤリと笑う。一度やってみたかったのよね、ミアの真似。やっている自分が笑い出すのを必死にこらえる。
「なんなの、あんた何様のつもり」
「いい気になっているんじゃないわよ」
「嫌だわ。このお店はいつから動物小屋になったのかしら」
彼女たちのキーキーと叫ぶ大きな声を聞きつけたのか、すぐに数名の店員が下からやって来る。
「どうされました、お客様。わたくしは、オーナーのワイズと申します」
オーナーと名乗る人物が、母の元へ駆け寄る。
「ここは静かだったから、とても気に入っていたのだけど、ホント残念ね」
気に入っていた。すでに過去形だ。母のその言葉に、男性の顔色がみるみる蒼白になっていくのが分かる。この人はどちらが上客なのか、きちんと分かっているのだ。他の若い店員が彼女たちの元へ行ったものの、興奮しいているのか、まだ騒いでいる。
「……あのお方のお連れ様だから、許可したものを……」
下を向き、ぶつぶつ独り言を繰り返す。こうなると、少し気の毒に思えてきた。
「こらこら、どうしたんだい? 小猫ちゃんたち」
階段をゆったりと男が上がってきた。彼女たちの連れの男だ。店員を押しのけ、私を指さしながらワーワーと女たちは何か文句を言っている。私たちのところにいたオーナーが、うんざりしたような顔を一瞬した後、すぐに笑顔を取り繕う。
「キース様、さすがに騒ぎを起こされるとこちらも困ってしまいます」
キースと言われた男はこちらをちらっと見た。金よりの茶色い髪に、夜明けを思わす茜色の瞳。瞳の色と同じ服には、細やかな金の刺繍が施されている。金持ちの上級貴族の次男か三男といったところだろうか。元々、あまり夜会などに参加しない私には誰かまでは分からないが、身分がそれほど低くないことは分かる。
それにしても、ジロジロ見るなんて失礼すぎる。まだ文句を言うつもりかしら。
構えていると、そのままこちらに近寄ってくる。
「うちの子たちが迷惑をかけたようだ。気分を悪くさせてしまって申し訳ない」
チャラい見た目のわりに、頭を下げて謝罪をしてくれた。
「いえ」
「お詫びにここの支払いは俺が持とう。本当にすまなかったね」
「お詫びだけで結構です。見も知らぬ方におごってもらうつもりはございません」
「これは、これは。そうだね、俺はキース。覚えてくれれば光栄だ。美しい人よ」
そう言って、許可もなく手を取ったかと思うと、手の甲にキースは口づけした。一瞬、何が起こったのか分からなかった私は、ただ固まってしまう。周りの悲鳴で我を取り戻す。しかし気が付いた時には、きびすを返したキースは手をひらひらさせながら、彼女たちの肩に腕を巻き、下へ降りて行った。
「お、お嬢様、大丈夫ですか」
「なんなの、あれ」
どうしていいか分からず、そのままボスンと椅子に座る。恋人や求婚相手、またとても親しい間柄なら手にキスをされるのは分かる。初対面で、名乗ったからといってしていいものではもちろんないはずだ。もっとも、2度目の人生分を合わせても、今までそんな親しい人などいないのだが。
「よほど気に入られたのね、あなた」
「気に入られたって……笑い事ではないです、お母様」
「そーですよ、奥様。ソフィアお嬢様、店員さんに今拭くものをもらってきますので、その手を消毒しましょう」
「あんな風にきっぱりと言う女性は、あの方の周りにはいなさそうだからだと思うわよ」
他人事のように、母は私の反応を楽しんでいるように思えた。
ん? あの方とは。
「お母様、もしかして、先ほどの方ご存じなのですか」
「まったく。知らないのは、あなたくらいよ。キース・ルドルフ・ライオネル様。名前を聞けば、さすがにあなたにも分かるでしょ」
キース・ルドルフ・ライオネル。その名前を反芻する。家名がライオネル。ライオネルって、この国の名前よね。現国王は、ニルス・ルドフル・ライオネル。国王様に子どもはいないから、キースというのは。
「まさか、あの方が王弟殿下!」
あんなにチャラいのが、現国王の弟……。私は思わずこめかみを抑える。あり得ないという前に、やってしまったかもしれない。いくら何でも、あの態度は不敬罪にあたるだろう。
「お母様、知っていたのならなぜ止めて下さらないのですか」
「面白そうだったし、それにこれくらいではなーんとも思わないような方よ」
「そうであっても、止めて下さい」
「そう。じゃあ、次からはしっかり止めるわね」
「次って、お母様。それでは遅すぎます」
ぐったりと、一日分の疲れがのしかかってくる気がした。




