エピローグ
執務室の中には、相変わらず書類が溢れかえっている。私とキースとグレンの三人は、朝から黙々とこの書類の束を片付けていた。もうすでに時間は昼を超え、おやつの時間くらいだろうか。朝から紅茶のみのお腹は、そろそろいろんな意味で限界だ。
「……溜め込みすぎだろう、これはさすがに」
最初にしびれを切らしたのは、グレンだ。我慢大会ではないのだが、心の中で勝ったと思ったのは私だけではないはずだ。
「確かに量は尋常ではないと思うけど、書類がこんなにも溜め込まれているのは、何も私たち二人だけのせいではないと思うけど?」
「そうだぞ、グレン。新婚夫婦を引き離すのも悪いかと思って、王宮への出勤をしばらく1日置きにしてやっているんだから、文句を言われたくないな」
「それならせめて、まとまった休みを下さい、キース。それに書類を自宅へ持ち帰っている時点で、十分在宅勤務もしていると思うんですが」
「なに言っているのグレン、私たちは昨日婚約式を済ましてからここで缶詰めになっているのよ。その方が十分に可哀そうだと思わない?」
「それはキースの段取りが悪いせいじゃないかい?」
「おいおい、段取りを組むのはグレンの仕事だろ」
「その前にまず、人を増やすべきじゃない?」
「キースが選り好みしなければ、もっと人は簡単に増やせるんですよ」
「……結局俺に返ってくるのか」
あの壮大な姉妹喧嘩から、約半年が過ぎていた。
グレンとミアはあの後、身内だけですぐに質素な婚約式を行い、先月入籍をしたところだ。結婚式も身近な人以外は呼ばずひっそりと行われたが、ウエディングドレスに身を包むミアは誰よりも幸せそうだった。
「それより、お父様ががっかりしていたわよ。グレンが子どもが生まれるまでは領地で過ごし、爵位も賜らないと言うもんだから。まだ引退できないのかって、ぶつぶつ言っているし」
「ミアの静養も兼ねて領地へ引っ込んだんだ。侯爵様には悪いが、まだしばらくはこっちには戻れないさ」
ミアの静養。その名目で、グレンたちは今うちの領地の別荘に住んでいる。使用人はグレンが信用できる人たちと、私の一番の侍女だったルカを連れて行った。月に何度か来るルカから報告には、ミアは屋敷にいた頃よりも、ずっと素直に自分を出せるようになってきたと書いてあった。ミアは他人の目を気にしない静かな土地で、大切な人たちだけと幸せになれた。いつか落ち着いて、ありのままの自分に自信が戻った頃、帰ってくればいいと私も思っている。
「まぁ、私はわたしでミアとルカに仕事を頼んでいるから、あんまり他人のことは言えないんだけどね」
「そうだ、昨日また侯爵家から大量に食材や布などが送られてきたけど、ソフィアとミアはこそこそ何をしているんだい?」
「それは俺も気になっていたんだ。時折、護衛だけ付けてこっそり街へ顔を出しているようだけど」
「あれ、二人ともミアに聞いてなかった? 先月くらいに、二人名義で小さなお店を出したのよ。雑貨屋さん。これが商会にも一枚咬んでもらって、結構儲かっているのよ」
『は?』
見事にキースとグレンの声が重なる。元々、この世界で働きたいと思っていた私と、何かやりがいを見つけたかったミア。婚約式に顔を出して少し話しているうちに、ミアは前からルカが持っていた財布もどきが私の案だということを知った。すると、何か作りたいと言い出したのだ。自分の好きな打ち込めることを見つけられることはいいことだ。
だから私が欲しい物や作れそうな物の案を出し、ミアが領地での空き時間で作成するということを行っていた。だんだん物が増えていき、使用人たちにも高評価を得たものを王都で小さなお店を出し売り出したのだ。まだまだ小さいお店だが、物によってはすぐに売り切れるほどの人気だ。
「ソフィア、君は次期王妃なのに……今更稼いでどうするんだい」
「次期王妃に、無償で書類仕事をさせているのはどこの誰かしら。私も自分で稼いだお金が欲しいんです」
その問いかけに、二人はバツが悪そうに黙り込む。王妃となれば、国からという形で手当てがもらえるらしいのだが、所詮それは国民の税金にすぎない。それには極力手を付けたくないし、やはり何もしないでお金を貰うというのはしっくりこないのだ。ミアもグレンへの贈り物などは自分で稼いだお金で買いたいと、私たちの目的は同じ。それにやや反則かもしれないが、前の世界の物を取り入れることでこの国が豊かになればいいという思いもある。私たちが転生者だという事実は、結局キースとグレンにしか告げなかった。冒険者ギルドと商会にはいろいろお世話になっているものの、やはりそこまで込み入った話までするのは少し違うと思ったから。
「ねぇ、そういえば二人とも私たちが転生者だって言った時、あまり驚かなかったけど、この世界ではもしかして一般的だったりするの?」
「一般的だったら、学園にいた時に習うと思いますが?」
グレンの指摘は尤もだ。学園に三年間在籍したものの、そんな話は歴史の授業などでも一度も聞いたことはない。だとすると、二人が驚いてなかったような気がするのは気のせいだったのだろうか。
「ソフィア、転生者が例え一般的ではなくても、王国一と言われる頭脳が目の前にいるだろう」
キースがやや呆れたようにグレンを親指で指さす。グレンは澄ました表情で、何を今更と言わんばかりだ。
「知っていて私とミアに近づいたの?」
「初めから知っていたわけではないですよ。何せ、一番最初に出会った時はまだ五歳くらいでしたからね。まず家族同士の付き合いがあり、ミアが記憶を取り戻った頃、よく不可解な言動をしていたんです。そこから彼女に惹かれたのですよ。僕の持っていない知識、そして何よりソフィアを追うあの瞳」
確かにミアが記憶を戻したのは、それくらいだと言っていた。しかしその頃からミアに興味を持っていたなんて夢にも思わなかった。
「転生者という言葉は、王立図書館の禁書の一部に記載がありました。他の世界より来る者で、この世界に良くも悪くも影響をもたらす者だと。その言葉を見つけたとき、まさにミアはそうだと確信したんです」
「さすがというか、なんというか……」
グレンの探求心には脱帽する。
「ちゃんとよく話は聞かないとダメだぞ、ミア。惹かれたのはそこでも、欲しかったものはミアの瞳。つまりミアがソフィアを切実に見つめ、追いかけている様ということだ」
キースの言葉にふと思考が停止する。転生者というのは、グレンにとって気になるきっかけに過ぎず、むしろミアが欲しいと思ったのはあのある意味強烈な私を追う瞳に自分を映したかったということ。
「うわ、腹黒メガネだと思っていたけど、本当はちょっとグレンが危ない人だったなんて」
「キース、何をソフィアに吹き込んでいるのですか」
「だってホントのことだろう。あの瞳に自分だけを映して、ただ見つめて欲しいっていうのは」
「……グレンがヤンデレだったなんて……。やだ、ミアを助けないと」
「ちょっと、ヤンデレとはどういう意味なのですか。どう頑張っても、よい意味には聞こえないんですが」
「世の中には知らない方がいいことがいっぱいあるということね」
私はグレンから視線を外し、キースを見る。しかし案外、ただ自分だけ見て欲しいグレンとミアは似た者同士なのかもしれない。
ふふふと私が笑うとキースも私の頭を撫でながら、笑い出す。
差し込む日差しはあの夏と同じ。でも逃げ出したい思いはもうない。大好きな人たちと、やっと自分の居場所を見つけることが出来たから。
ここまでお付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。
いつもの短編とは違い約10万文字の長編となり、読むのも大変だったことと思います。二月初回投稿し、なんとか応募締め切りの5月いっぱいに終わらせることが出来て、私もうれしく思います。
その他作品及び、次期作等、よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。




