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皆の仕事の早さに、アイリーンは呆れてものも言えない状態だった。
オルレアンの継承復権の書類が早々に揃い、承認された。
アイリーンは、婚約、婚姻、王妃就任が白紙に戻され、晴れて独身の身となった。
並行してジェファーソンの体調が崩れがちだという噂も流した。
そもそも、ジェファーソンは会議にも謁見にも殆ど居なかったので、すんなりと浸透した。
残るは就任時期について相談。
これはもういっそ喪が明けたら戴冠式と結婚式を大々的にしてしまっては如何か?という話が上がり、「「いいねぇ」」と皆賛同した。
あまりの手際の良さに、驚きを通り越して呆れかえっていたアイリーンは、王宮の東屋でのんびりとお茶を嗜んでいた。
と言うのも、王妃という肩書がなくなったために、一旦国政から手を引かざるを得なかったので、時間が余ってしまったのである。
そうは言ってもこうして宰相や王太后が、お茶にかこつけて仕事の話をしに来るあたり、完全に暇とも言えないのだが。
「王太后様、宰相様…」
ため息まじりにそう話しかけたアイリーンは、口をつけたカップを手に持ったソーサーに静かに置くと、湯気越しに見えるそれぞれの顔をひたと見つめた。
「どうして私にもお話ししてくださらなかったの?除け者みたいで寂しいわ」
拗ねたように告げると、王太后と宰相は顔を見合わせて肩を竦めた。
「どうしてと言ってもねぇ、アイリーン。目に見えていますもの。ねぇ?」
コクリと頷いて同意する宰相は、納得していないアイリーンにチラリと目線を送ると、持っていたカップをテーブルに置いた。
「もし事前に申し上げたら、アイリーン様は王妃候補を探して任せ、さっさと侯爵領に篭り、その培った力を遺憾なく発揮しながらも学問にのめり込み、王都には理由をつけて出て来ず、早くとも五年後くらい後にひょっこり顔を出す。というような事をなさると思いましたので」
宰相の指摘があまりにも現実的かつ、途中までは考えていたルートであったので、アイリーンはバツが悪くなり視線を逸らした。
「それにあなたの才能を、今更手放すなんて勿体無いこと出来ないわ。ごめんなさいね」
フフと眉尻を下げて微笑む王太后に、認められている嬉しさも相まって苦笑を返した。
「手際が良すぎるのは、あらかじめ根回しをしていたからですね。
もうっ。いつからオルレアン様を復権なさるお話を?」
アイリーンの言葉に、王太后は「そうねぇ」と宙に視線を巡らせて記憶を探りはじめた。
「いつからと言うと…あの子が学園に入った辺りかしら?」
あまりに昔であったために、宰相は固まり、アイリーンは驚きに目を瞠った。それも気にせず王太后は続ける。
「あの子が最終的に、変わってくれればと手を尽くしたのだけど、全く効き目がなくて楽な方に逃げ続けるでしょう?
周りを固めて、暗愚でもなんとか出来るようにはしたのだけど、お飾りも出来なかった場合の切り札として考えていたの。
あの人は、なんとか探して連絡をとって、偶に手紙を送る程度の細い繋がりを保っていたわ。
オルレアン様は出奔したものだから、新しい貴族名鑑からも消されているし、私と同年代かより上の年代しか知らないはず。けれど貴方達は知っているでしょう?
あの人はそれとなく会話の中に潜ませて、印象づけもしていたのよ。
でもアイリーンは有能すぎるほどだったし、宰相も年齢と性別に拘らずに、良いと思えば惜しみなく協力するし。
使わないで済むかしらと思っていたのだけれど………仕方ないわよねっ」
「さすが前国王様。そこまでお考えだったとは…。でもまぁ、これでアイリーン様は王宮の管理にも目が配れるようになりますし、王太后様も肩の荷が降りると言うもの」
「あら、まだ簡単には降ろせませんわ。アイリーンの出産がありますもの」
王太后の発言に持っていたカップとソーサーを揺らして音を立ててしまったアイリーンは、驚愕の顔を王太后に向ける。
「私の娘にそう言っていたのよね?
『期待に添えなかったら』『陛下の血縁を引っ張って媚薬でも盛ります』のよね?
頼もしいわぁってあの人と言っていたのよ?」
「それはっ勢いと言いますか、そもそもその場合の相手は私じゃないと言いますかっ」
「そんなつれない事を言うとは、未来の奥さんは酷いな」
割り込まれた低い声に勢いよく振り向けば、噂の主が微笑み、アイリーンが座る長椅子の背後に立って背もたれに手をかけていた。
「!オルレアン様!いつの間に!!」
「出産の話あたりかな?」
「的確に聞かれたくない部分を耳にしておりますのね…!」
悔しがるアイリーンに、オルレアンは微笑みを向ける。
「安心して良い。薬に頼らなくても大丈夫だ」
「そっっっそれはお忘れください!」
頭を抱えそうなアイリーンを見て喉を鳴らして笑うオルレアン。その光景を生温かい目で見守る宰相と王太后は、「お邪魔かしら」と呟いて、オルレアンに目礼だけするとそそくさと席を立って中庭を後にした。
中庭で繰り広げられる、もうじきこの国のトップに立つ王と王妃の睦まじい様子を、皆静かに微笑ましく見つめるのであった。
任せておけないと思っていたのは、アイリーンだけじゃなかったと言うお話を短く描いてみたかったのですが、難しいですねぇ(´^`;)