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半妖精戦記 〜不吉の子と亡命の姫と女神の剣〜  作者: 近藤銀竹
第二十四章  帰還戦争

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第百五十五話 『関門捉賊』

「急報!」


 城壁上から追い打ちを掛けていたリーシのもとに、伝令が駆け込んできた。

 敵の異様な行動を訝しんでいたリーシ隊の面々に緊張が走る。


「⋯⋯どうした」

「東から所属不明の軍が接近中です!」


 ロベルクはざわめきが大きくなったのを感じた。リーシはこめかみに指を当て、一瞬だけ思案すると、隊へ向き直った。


「私が行こう。北門の守備と防護柵の構築をアルフリス隊に。ロベルク、一緒に来てくれるか?」

「わかった。僕の隊の指揮はフィスィアーダに任せる」


 頷くフィスィアーダ。

 ロベルクはリーシ隊と共に東門へと急いだ。





 東門では、最低限の人数で防衛していたアルフリス隊の分隊員が安堵したような表情で、遥か東の丘陵で巻き上がる砂埃を指差した。

 ロベルクは砂埃に目を凝らす。


「およそ三千か⋯⋯三分の一が騎兵だな」


 横でリーシが背嚢から遠眼鏡を取り出す。目に当てた直後に首を傾げる。


「おや? あの旗は⋯⋯」

「旗⋯⋯?」

「あの旗の藍色⋯⋯氷神メタレスの象徴だよ」

「氷神⋯⋯メタレス⋯⋯メタレス聖騎士団⋯⋯か?」


 ロベルクの言葉に、リーシは喜色を浮かべた。


「援軍? 援軍?」

「わからない。三か月前、僕がメタレス大神殿を訪れたときは、援軍について色よい返事はもらえなかった。ヴォルワーグに尻尾を振らねば万々歳、精々中立を守るのが関の山といった感じだった。最悪、敵側の援軍の可能性もある」

「それは、なしにしてもらいたいなあ」


 その間にも、藍色の旗の軍団は迫る。喇叭が鳴る。弓箭の射程外で東門を塞いでいたペウゲ侯爵軍は、その音に反応して蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


「……援軍の公算が高そうだ」


 ロベルクが呟く間に、藍色の旗の軍は全速力で迫り、方向転換もままならないペウゲ侯爵軍を削ぎ落とすように掠める。ペウゲ侯爵が率いる将兵は満足な反撃もできないまま、大きく南へ回避することを余儀なくされた。

 東門の外に整列した藍色の旗の軍から、将と旗手が進み出る。


「我々はメタレス聖騎士団である。御使いフィスィアーダ様の使徒ロベルク殿の求めに応じ、馳せ参じた。開門願いたい」


 城壁の上から歓声が上がった。


「開門!」


 リーシの号令で門扉が開かれた。

 ロベルクは、隊列を整えて門前広場へ入ってくる軍隊を前に、目を細めた。


「まさか⋯⋯出師までしてくれるとは⋯⋯」


 三千の将兵が門前広場に収まると、市門が閉じられた。

 先程の隊長がロベルクとリーシの前に進み出た。 それに合わせてリーシが一歩前へ出る。


「ウインガルド王国相談役、リーシ・ヒルヴィです。お力添え、感謝します。」

「メタレス聖騎士団長、スタイヤー・ヴェイです。礼ならそちらの、フィスィアーダ様の使徒であるロベルク殿に言ってください。彼がフィスィアーダ様を大神殿にお連れしたから、我々に出陣命令が出たのです!」

(いや、使徒ではないんだけどな⋯⋯)


 ロベルクが複雑な顔をしている横で、リーシが「はあ⋯⋯」と返事を返した。

 スタイヤーはお構い無しに、上機嫌で言葉を続ける。


「いやあ、これでようやくジオの泥棒どもに一泡吹かせる機会が得られた。嬉しく思いますぞ! フィスィアーダ様がお目覚めの折に猊下が膝を折ると、なんとフィスィアーダ様も膝をついて視線を合わせ、その神々しい御声で『聖騎士団を出陣させて、王女を助けてほしい』と。そのときの猊下の変わりようと来たら! 天にも舞い上がらんばかりに興奮して、『王女殿下を守れ! 全軍出陣!』と。そういうわけで、ほぼ全軍で参りました。首都に悟られないよう、海から参ったので、少し遅れたのはご容赦いただきたい」

「とんでもない! とても心強いです。共にジオの簒奪者どもを追い払いましょう!」


 リーシとスタイヤーは固い握手を交わした。

 その夜、スタイヤーはセラーナに謁見した。ウインガルド王国の面々は予期せぬ援軍にたいそうな喜びようだった。ことにセラーナは、ウインガルド脱出の折、復活が間に合ったフィスィアーダに助けられた恩もあり、喜びはひとしおだった。少ない蓄えから聖騎士団に晩餐を供しようとしたが、スタイヤーは丁重に辞退した。


「我々は戦いに参ったのです。兵糧を無駄に減らすなどあってはならぬこと。とはいえ、旅の疲れもあります。今夜一晩だけ、城壁の内側で安全に眠らせていただければそれで結構でございます」

「こちらも戦時中ゆえ、ありがたい申し出です。せめて風をしのげる場所だけでも用意しましょう」

「お心遣い、痛み入ります」


 ようやくジオ軍と戦える喜びと、セラーナの言葉を賜った喜びとで、スタイヤーは興奮気味に頭を下げた。





 翌日。

 ウインガルド側に増援が来た報せが届いたのか、ジオ軍内でも大きな動きが見られた。伝令が活発に動き回り、各隊と連絡を取り合っている。

 北東の耕地に布陣したツァイトロエーノの旗を掲げる軍が後退する。

 敵右翼にてオーク軍と魔獣軍との間を押さえていた、もうひとつの五王家エイルファロンの旗を掲げた一団が、中軍の前を横切って東門方面へと移動を開始した。数は二旅(約千人)ほどであるが、ペウゲ侯爵の軍と合流すればメタレス聖騎士団による損害を補填してさらに増強される。

 南門を扼する騎士団第五軍は動かず。

 再び包囲の構えを見せていた。


 さらに二日後の水月(みずつき)十一日、再びジオ軍が動き出した。

 ウインガルド軍は、南門の守りにメタレス聖騎士団、東門にはリーシ隊、門扉を失った北門の守りにはアルフリス隊が、それぞれ布陣していた。ロベルク隊は北街区に布陣していた。アルフリス隊の後方左右に氷の壁を立ててその上で待機している。アルフリス隊が侵入してきた敵の勢いを削ぎ、その間に遠隔攻撃で支援する構えだ。


 ジオ軍は北門突破に気を良くしたのか、この日は東門と南門を同時に攻撃してきた。遠投投石機は全て破壊されてしまったので、破城鎚と梯による古典的な攻城だ。

 日の出と共に城壁外で太鼓の音が鳴り響いた。東門、南門の方向から微かな太鼓の音と鬨の声が流れてきた。


 アルフリス隊は二手に分かれ、北の城壁上と門前広場とに布陣していた。城門には岩や瓦礫を積み上げてあり、外を窺い知ることはできない。最初に太鼓の音が鳴った以外、静まり返っている。


(静かすぎる……)


 ロベルクとアルフリスは同時に同じことを考えた。そして同時に城壁上の部隊が慌ただしく動き始めたのを見た。


「急報!」


 伝令がアルフリスの元に駆け込んでいく。


「何かあったようだ。すぐ動けるようにしておいてくれ」


 部隊に緊張が走る。

 さほど待たずに、ロベルクの元にも伝令が駆け付けた。


「敵が密集しつつあります! 森より現れた魔獣軍とオーク軍とを先陣とした魚鱗陣を敷いています!」

「速いな」


 ロベルクの危惧に答えるかのように、城壁の外で太鼓が激しく打ち鳴らされる。

 城壁の上に陣取ったアルフリスの分隊から喇叭の音が聞こえた。兵たちが弓や竿状武器を構えているのが見える。梯が次々と顔を出した。兵たちは必死に梯を押し戻し、射下ろしている。

 ジオ軍は相当数の兵を失っている。しかし今日は城壁の上にロベルク隊の火力はない。ひとり倒れ、ひとり城壁から落ち、そして戦端は城壁の上に移りつつあった。


「アルフリスに伝令。『城壁の兵を下げられたし。魔法で封鎖する』と」


 慌てて伝令兵が氷の壁を下りていった。


「なん人救えるか……」


 やがて城壁ではウインガルド兵が戦闘を放棄し、後退していった。

 ロベルクは、動けるウインガルド兵が全て退避したのを見計らって、シャルレグを召喚する。シャルレグは一瞬で城壁の上にさらに氷の壁を築く。遠投投石機への防御に使ったものと同じ姿である。しかし、城壁の上でウインガルド兵の死体を損壊していたジオ兵は氷の生成に巻き込まれ、一瞬で氷壁の中に飲み込まれた。


「とりあえずこれで……」


 ロベルクはひと息を重い破砕音に遮られた。

 城門に積み上げられた重量物の山が砕け散り、五体のシデロケラスが我先にと門から体をねじ込んできた。ロベルクは咄嗟に、小さな塔ほどもある氷柱を柵の如く並べるが、五体のシデロケラスはそれを数度の突進でひび割れさせた。

 アルフリス隊は勇猛にして任務に忠実。大盾を構え、微動だにせず待ち構えている。


(いけない)


 伝令を出す余裕はない。ロベルクはアルフリスの周囲の空気を風の精霊で繋いだ。


「引け、アルフリス。敢えて前線を下げるのも勇気だ」

「うぐっ……無念だ」


 決断したアルフリスの判断は素早かった。


「引け! 北街区と南街区を仕切る城壁で立て直す!」


 数日前にロベルクが作り上げた氷の罠が機能している隙をついて、アルフリス隊は波が引くような見事な撤退を見せる。


「僕たちも撤退だ。時間は氷の迷路が稼いでくれる。南街区まで移動する!」


 ロベルクは隊員に呼びかけると、複雑に入り組んだ氷の回廊の上に、南街区へ繋がる直線的な橋を架けた。隊員が南街区に向かって駆け出す。


 アルフリス隊が撤退を開始する。ロベルクはそれに呼応して、氷の壁の上から魔法攻撃で敵の進軍を妨害していく。しかしジオ軍の侵入速度はそれをはるかに上回っていた。


 じきに北門の門前広場はジオ兵で埋め尽くされた。そこに掲げられる、ジオ王家メルスドリアの旗。風の精霊による拡声が始まった。「あー、あー」と試すように聞こえてくる声は、確かにヴォルワーグのものだ。


「セラーナ姫、どこだぁ! 隠れんぼはいい加減飽きたぞぉ! 姫の夫が、わざわざ迎えに来たぞ! 今夜は夫婦水入らずで夜の槍試合だぁ! ふひひゃひひひゃっ!」


 ロベルクは音のする方へまるで汚物を見るような視線を送ると、自身の部隊へと目を戻した。落ち着いて移動している。ロベルクは殿(しんがり)を走りかけて、地鳴りのような音に北門を振り返った。そこで彼の目に映ったのは、シデロケラスに突撃された集合住宅が今まさに崩壊するさまだった。五体のシデロケラスにとっては、集合住宅を破壊することなど容易いことだ。


 ロベルク隊が北街区と南街区の門に辿り着いて振り向いたとき、北街区の市庁舎の尖塔が大きく揺れて崩れ落ちた。爆発的に巻き上がる砂煙。氷の回廊の障壁として配置した建物が、シデロケラスという鉄の如き皮膚装甲をもつ魔獣に次々と蹂躙されていた。


(時間がない)


 アルフリス隊とロベルク隊が門を抜けたところで、門扉は下ろされた。これで北街区に存在するのはジオ軍のみとなってしまった。

 北街区のあちこちで火の手が上がる。略奪が始まったのだ。


「ロベルク隊長⋯⋯」


 副官が、怒りと恐怖を同量溶け込ませた震え声を上げた。


(いよいよ、なのか)


 ロベルクは、開戦時にリーシから言われた言葉を反芻していた。


「『領地が使い物になる程度に暴れてほしい』か⋯⋯とは言っても、北街区を荒野にするしかないのか⋯⋯」


 目の前で北街区が蹂躙され、道にはジオ兵が溢れていた。北門付近ではジオの旗とヴォルワーグ皇子の旗がたなびいていた。

 境界門の門前広場に、オークの軍勢が湧いてきた。氷壁や建造物を破壊しているシデロケラスをすり抜けて、抜け駆けをしてきたのだ。


「くっ!」


 ロベルクは霊剣の柄に手を掛けた。

 そのとき――


「急報!」


 ロベルク隊の列に馬が駆け込んできた。リーシ隊の伝令だ。伝令は下馬するや弾かれたように駆け出し、一気に城壁の階段を上って宣教を見守るロベルクの前に参じた。


「リーシ隊長からの伝令です。『思いっきりやってくれ』以上です!」

「リーシにはかなわないな」


 ロベルクは伝令に丁重な礼を伝えると、下がらせた。その顔からは迷いが消えていた。霊剣を一息に抜き放つ。


「フィスィアーダ! 僕は今からジオ軍を攻撃する。南街区に対冷気防御を!」

「わかった」


 ロベルクとフィスィアーダの、余りに大規模な予告に、ウインガルドの将兵はぎょっとした。


あるじ、対冷気防御結界を張り終わったよ」

「ありがとう、フィスィアーダ」


 ロベルクは霊剣を逆手に持ち替え、足下を突く。霊剣は容易く歩廊の石畳に突き立った。


「シャルレグ、思いっきりいくよ」


 虚空に透明なドラゴンの姿が現れた。それはいつもより大きく、威圧感を放っていた。

 ロベルクは氷の王に、あるだけの集中力で精霊力を注ぎ込んでいく。


「凡俗を砕き拒む美……あらゆる営みの終焉にして源……氷神メタレスの子なる氷の王シャルレグよ……物の(ことわり)を繋がりと輪舞から解放し、あらゆる存在に静謐を齎せ! 『氷葬の輪廻』!」


 霊剣が藍色の光に包まれた。

 城壁から見下ろす北街区に霧が生まれる。霧はロベルクの足下に広がる門前広場から街区全体に向けて濃度を増しながら広がっていく。

 抜け駆けたオーク兵が霧に巻かれた。次の瞬間、彼の体は凍結し、驚きの表情を作った氷像もまた、音もなく霧散する。警告を発した者、後退った者、逃げ出した者も次々と霧に包まれ、凍結すると同時に塵のように消えた。

 超低温の霧は街を南から北へと音もなく広がった。

 生き物は瞬きの間に氷像と化し、構造を保てず粉雪のように砕け散った。彼らが身に付けていた金属の武器や鎧は霧の中で音を失い、霜の華を纏って沈黙したまま凍てついた。

 木や木材は芯まで凍り、風に触れただけで裂け、軋む音もなく崩れ落ちた。石材は冷気に耐えながらも、表面に亀裂を走らせ、静かに崩壊を始めた。


 街は、音なき終焉の中で、氷晶の楽園のように輝いていた。その美しさは、命を拒むほどに純粋で、残酷だった。

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