貴女の背中しか追えない
俺が高2で彼女が高3。
つまり、1つ学年が違うわけで。
分かってた。
分かりきってたことなんだ。
彼女が俺よりも早く卒業してしまうことなんて。
「先輩、留年とかしないんすか?」
「え」
「だって先輩、馬鹿じゃないっすか」
「ときどき総くんって酷いよね」
先輩が動かしていた手を止め、眉を顰めた顔をして俺を見た。
酷くてもいいっすよ、それでも俺は先輩と居たいんだから。
「だって、留年したら俺と同じ学年っすよ?」
「そうだけど…私、視線痛いの耐えられないよ」
「そんなんなんとかなるっす!愛のパワーで!」
「な、ならないよー」
先輩は少しだけ語尾をいつもより長く延ばして、苦笑した。
少しだけ語尾を長く延ばすのは、先輩が困ったときの癖だ。
違うんだよ、先輩。
そんな顔させたいわけじゃないんだ。
困らせたくて言ったんじゃない。
「総くん?」
「あ、えっと」
「どうしたの?」
「…明日、卒業式っすね」
「そうだね」
なんだか淡々としている先輩が苛ついた。
俺だけ?俺だけなの?寂しいのって。
先輩はいつもそうだ。
大人っぽくて、ときどきどこか冷めていて、俺を不安にさせるんだ。
「ね、先輩」
「なに?」
「先輩は寂しくないの?」
「総くんは寂しい?」
「…ズルイよね、そうやって聞き返すの」
「ごめん、ごめん。でも、不安だったの」
「不安?」
「総くんが私と離れるの寂しくなかったらどうしようかなーって」
そういって恥ずかしそうに笑う先輩。
やっぱりズルイよ、そんな顔してこんなこと言うなんて。
あー、もう可愛すぎ!
寂しくないわけないでしょ?
俺こんなに貴女のことが好きなのに。
「寂しくないわけないっしょ。寂しくて寂しくて堪らないっすよ!」
「ありがとう、総くん」
ふふっと嬉しそうに笑って先輩は俺の髪をわしゃわしゃと撫でまわした。
なんかヤダな、年下って感じする。
まぁ、実際そうなんだけど。
やっぱり嫌だ。
「先輩は?」
「ん?」
「先輩はどうなんすか?」
俺が少し不貞腐れて上目で先輩を見て尋ねると、先輩が顔を真っ赤にして口を開いたり閉じたりを繰り返していた。
なんか優越感、なんて俺の器小さいよね。
分かってるけどやっぱり嬉しい。
「ど、どうって?」
それでも平然を装うとしている先輩があまりにも可愛すぎて、ついつい意地悪したくなる。
さっきより少し距離を縮めてじっと先輩の目を見上げる。
「決まってるじゃないっすか。俺と離れるの寂しいっすか?」
悪戯っぽく笑ってみせると、先輩の顔がどんどん赤くなっていく。
嗚呼、俺、末期かも。どんな先輩も可愛い、なんて気持ち悪い台詞を思いつくなんて。
でも、今日だけは許して。
だって明日には先輩、居なくなっちゃうんだから。
「さ、寂しいよ。というか不安!総くんモテるし」
「はあ?なに言ってるんすか!そんなこと言ったら俺のほうが心配っすよ。先輩、無防備なくせして可愛いし、浮気されたらどうしよーって」
「し、しないよ!」
「一応ですよ、一応」
「そ、総くんこと浮気しないでね?」
「俺?」
「だって総くんモテるもん。怖いよ、誰かにとられちゃうんじゃないかなって。私なんか、総くんとつり合わないし」
相当恥ずかしいのか俯いてたまに、ちらちらと俺を見る仕草が堪らなく可愛い!なんて先輩が恥ずかしくて死んじゃうだろうから言ってやらないけど、ほんとに可愛い。
先輩が俺とつり合ってない、はちょっと気に入らないけど先輩を見る度、愛おしさと嬉しさが込上げてきて頬が緩む。
「先輩も不安に思うんだ、」
「へ?」
「ううん、なんもないっすよ。俺、先輩のこと好きっす!」
「わ、私も、す、好きっ!」
「えへへ。俺、誰にも負けないくらい先輩のこと好きっす!他の女なんて興味ねぇーし。だから、心配しないでくださいよ。ね?」
「んー、」
「あー、その返事は信じてないっすね?!」
「だ、だって!総くんモテるんだもん、不安になるよー!」
「さっきからモテる、モテるって…。そんなこと言ったら先輩だってモテるっすよ!」
「え?私はモテないよ。だって告白されたのだって総くんが初めてだし」
「先輩が鈍感だから気づかないだけで先輩のこと好きな奴なんて沢山居るの!」
「嘘まで言って気を使わなくていいよー」
「こんなんで嘘ついてどうするんすか。俺になんのメリットもないっすよ」
「そ、それもそうだね」
あはは、と照れ笑いする先輩がなんだか遠くに感じた。
なんでだろう?
分からない。
「残念でしたか?」
「へ?」
「モテるのに、いっぱい選択肢あったのに、俺なんかが彼氏で」
「そんなことないよ!確かに人に好かれるっていうのは嬉しいことだけど…」
「へぇ、嬉しいんだ?」
「え、だ、だって!人に好かれるのは総くんだって嬉しいでしょ?」
「俺はあんまし。先輩以外興味ないし、どうでもいい」
「またそういうこと言ってー」
「先輩は俺が彼氏じゃ嫌っすか?」
「だから違うってば!わ、私は…総くんが彼氏で嬉しいの!総くんの彼女で居たいの!叶うならずっとずっと一緒に居たいよ、総くんともっと一緒に居たいよ」
嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい。
めったに素直に自分の気持ちを話してくれない先輩が、こんなに素直に俺に話してくれるなんて。
いつもなにを聞いても恥ずかしがって話を濁してたのに。
卒業っていう行事はこんなにすごいものなのか、人を変えてしまうくらいに。
「先輩」
「どうしたの?」
「俺、やっぱ無理っす」
「へ?」
「離れたくない!俺、やっぱ1年も待ってらんない!気が気でなんもできないよ!絶対無理!」
「そ、総くん…」
「明日なんかこなきゃいいのに」
本気で思った。
明日がこなかったら、そしたら先輩とまだ一緒に居られるのに。
なんで俺と先輩は同じ学年じゃなかったんだろう。
どうして俺は年下なんだろう。
俺は、クラスでの先輩を知らない。
先輩だって、クラスでの俺を知らない。
なんだかそれがとてつもなく虚しくて、先輩が遠く感じた。
「総くん」
先輩に名前を呼ばれて顔を上げた刹那、甘い香りがふわっと香る。
甘いけど嫌じゃない、先輩の香り。
そして、頬に残る感覚。
「せ、んぱい?」
「こ、こっち見ちゃだめ!恥ずかしいから!」
初めてだった。
いつも俺からだったから、先輩からのキスは初めてだった。
唖然とする俺と真っ赤になる先輩。
少し時が止まった気がした。
いや、ほんとに。
「意外と大胆っすね」
「い、言わないでよー!だって総くんが悲しそうな顔するからー」
恥ずかしすぎて泣きそうになっている先輩は、わたわたしながら必死に顔を隠している。
嗚呼、なにこれ。
ズルイよ、先輩。
俺、なんか凄いかっこ悪いじゃん。
「そんなこと言わないでくださいよー。俺、すげー嬉しかったし!先輩のおかげで元気になったし!」
「ほ、ほんと?」
「当たり前じゃないっすか!そこを疑う神経のほうが俺にしたら信じられないっすけどね」
「うー」
それでも先輩は全く俺のほうを見ようとしない。
嗚呼、駄目だ。ほんとに離れなれない。
この仕草も、あの声も、全部全部見られなくなる、触れられなくなる。
全部全部遠くに行ってしまう。
「先輩、こっち向いてくださいよ」
「嫌!」
「せんぱーい」
「…無理だよー」
「先輩、やっぱり俺さ、寂しいよ」
「総、くん…」
「俺やっぱ1年も待てないよ。でも、待たなきゃいけない。じゃないと俺は先輩の傍に居れない」
そう、俺はいつも先輩の背中しか追えない。
いつだってそうだ。
届きそうなことろで先輩は遠くに行ってしまうんだ。
いつもいつも、追いついたと思ったら離れていく。
「総くん、そんな顔しないでよ」
先輩の心配そうな声が上から降りてくる。
ね、先輩。
俺ね、やっぱり寂しいし、怖いし、不安だし、悲しいし、辛いし、苦しいし、もうなんか訳分からなくて泣きそうなくらいだよ。
だからね、先輩。
これは俺と先輩との契約の証。
「総くん?」
「ね、先輩」
先輩の目を真剣に見つめる。
俺が真剣なこと、本気なことを知ってもらうために。
「後1年待ってて、先輩。そしたら俺、ずっと先輩の傍に居るから。だから、1年だけ待っててください」
先輩の左手をそっととって、薬指にキスを落とす。
口を離せば先輩の左手の薬指には紅い跡。
「そしたら俺、先輩のこと迎えに行くから」
先輩は真っ赤に顔を染めて、ぽろぽろと涙を零して笑いながら震える声で、小さな声で一言だけ呟いた。
「あ、りが、とう」
俺と先輩には1年の差がある。
俺は先輩の背中しか追えない。
いつもいつも先輩に追いつこうとすると離れていってしまう。
でも、後1年、後1年だけ待ってて。
そしたら、俺、
「先輩、先輩!俺かっこいいー?」
「かっこよすぎるよ、バカ」
「なんでかっこよすぎるのにバカなんすか」
「泣かないって決めてたのにー!総くんのバカバカバカー!」
「えー、いいじゃん泣いてよ。俺は先輩の泣き顔も好きだよ?」
「…なんかエロい」
「えー、酷いなー。エロくないよ、エロくない!俺は切実に先輩がだーいすき!」
「バーカ」
「えー!」