2章ー5:旅支度は入念に
二日後の昼、僕は水竜の領地・カワミに旅立つ支度をしていた。
これから何日も、長ければ数ヵ月この屋敷を空けることになるんだ。だったら、準備は入念にしておかないと・・・。
「といっても、持ってくモンなんてあんまないんだけどな」
「そんなことありませんよっ。長い間お留守になさるのでしたら退屈なさらない品を持ってくべきですっ!」
僕の後ろで支度をしていたレムアに釘をさされた。
今回の遠征には、彼女も同行する。
何分密命なもんで、護衛の従者は「目立つから」ということで連れていけないが、お世話係であるレムアだけは同行を許された。
僕としては、その方が良かった。
地竜の身で旗本まで出世した僕を、未だ色眼鏡で見てくる連中が多いから・・・。
「気にしすぎ」と一蹴されるかもしれないけど、僕の性格としては、やはり人の目というものは怖い・・・。
「でもさぁ~レムア、お前はここに残っても別にいいんだよ?」
「傍付き侍女として主様のお傍を離れるわけには参りませぬっ!「男は外に出て、女はお家を守る」のが世の常ですが、わたくし達の場合はその限りではないと思いまするっ!!」
「そっ、そっすか・・・」
えらく食い気味に言ってきたなぁ~・・・。
ちょっとビビっちゃった・・・。
「それでリオル様。支度は万全でございましょうか?」
「もちっ!まずこれっ!殿が直筆なさった同盟の申し出の書状!これがないと話にならないから忘れないようにしなきゃね。次にカワミに着くまでのカウトドンの干し肉。これ結構お腹に溜まるんだよね。そして最後にこれ!これは今ハマってる本!」
「“本”?もしやそれは小蛮由来の・・・」
「そっ。こうやって紙を何枚も重ねて“ページ”ってのにしてめくって読むんだよ。ちなみここに書かれてるのは、アリテシア教の基本的な教え」
「アリテシア教・・・。耳長の宣教師たちがサンブロドに伝えにきた異教でございますね」
アリテシア教は、僕の住んでた世界でいうところの、キリスト教のポジションにある宗教だ。
この世界に降り立った神で、エルフの始祖になったアリテシアが広めた?らしい。
小蛮語・・・つまり英語で書かれてるからまだ内容はザックリとしか把握してないけど・・・。
「『自分より儚い者に恵みを与える。これこそ最大の善行である』この教義に心打たれちゃってさぁ。見ての通り小さくて、読むのに目をページにほぼくっつけなきゃいけないし、言葉もあんまり分かんないけど、いい書物だと思うなぁ~」
「リオル様はアリテシアンになさるおつもりで?」
アリテシアン・・・ああ、キリシタンと同じ意味の言葉ね。
「う~ん・・・今のところ、そのつもりはないな。ただ面白くて、内容が面白いから読んでるってだけだよ」
そもそも特定の神様を信じるってことがピンと来ない。
前世の僕、無宗派だったし。
でも鳥居の前で一礼するほど『神様』って存在は信じてたし、信心深い性格だとは思う。
「信仰の自由というのも、リオル様のお考えの太平の世にあるのですか?」
「それは・・・まだちょっと分かんない、かな」
宗教がらみの問題はシビアだから、ちょっと触れたくないってのが本音だ。
昔のヨーロッパではカトリックとプロテスタントの宗派戦争があったし、僕の住んでた現代の日本でも新興宗教のテロ事件があって、令和の時代でも「激ヤバ」と言われてる宗教も多々あった。
この問題に関しては、かなり慎重に取り組むべきだと思う。
だけど・・・。
「色んな宗教の、“ほどほどに良い所”を分かち合って、共有し合える世の中にはしていきたいと思うな。宗教や宗派ごとに人々がいがみ合ってたら、神様が可哀相だから・・・」
「天上の存在にもそのような心根を持たれるとは・・・。やはりリオル様はお優しいです」
「そんな大げさなことじゃないよ。ただ僕が神様だったら、それはイヤだなって思っただけ・・・」
長々と語ってしまったが、僕はアリテシア教の教典を行商人に化けるためのつづらの中に仕舞いこんだ。
「よしこっちは準備完了!そっちは?」
「わたくしも、ご支度は終わって・・・おっと」
レムアは部屋の隅に置かれていた石板をサッと取った。
「こちらを忘れておりました」
「何それ?」
僕が聞くと、レムアは顔を赤くしてモジモジしながら石板を渡してきた。
「ん?ああん?!」
石板に書かれたのは、『夜伽』
要はベッドの上で女が男を喜ばせるにはどうすればいいか、その手順が書かれていた。
口に出すのが恥ずかしいくらい、生々しく・・・。
「すっ、スディアの方様からの、餞別で・・・。「旅路で役に立つだろう」と仰せで・・・」
一体何考えてんだ、あの人は・・・。
こんな・・・エロ雑誌と言っても過言ではないブツを子ども、それも誠実な性格な子に渡すなんて・・・!!
「だっ、ダメだよこんなのもらっちゃ!!必要ないからこれは置いてこ!!」
屋敷の見えないトコに仕舞おうとしたら、レムアがひったくってつづらの中に突っ込んだ。
「れっ、レムア、さん・・・?」
「こっ、後学のために、勉強する分には良いかと///将来・・・“実践”される時が来るやも、しれませんし///」
顔を真っ赤にして、レムアはボソボソと言う。
「いっ、一応断っておくけどさ・・・。まだやらないよ?あまりに、早すぎる・・・」
「・・・・・・・。」
なんで何も言わないんだよぉ・・・?
「さっ、さて!双方支度も済まされましたし、そろそろご出立いたしましょうか!」
「うっ、うん・・・」
この旅の途中、レムアが先走ってあられもない行為をしないか不安になりながら、僕たちは屋敷の戸を開けて、カワミに向けて出発した。
なんで同盟の行く末よりも貞操の方が心配になってんだ・・・?




