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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: よるひ
6章 夏休み後半

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第254話 人生の岐路

 突如社長から切り出された養子話。

 混乱する頭の中を整理する。


 まず俺は社長の実子だが、これは公にはしていないこと。つまり世間的には他人の状態だ。であれば、九条家に入るためには俺の素性を公開して籍を移すか、もしくは養子ということか。


 前者は問題が多すぎる。俺の母親もかなりショックを受けるだろう。せっかく父さんと仲良く暮らし始めたんだ。水を差すような真似はしたくない。


 後者であれば事務処理だけで済む話だろう。ただ、俺が九条家に養子に入る必然性が求められるはずだ。そして俺自身の覚悟も――。


「いきなりな話で混乱させて済まないね。まずは率直に聞きたい。さっき君は今の生活に満足していると言っていたが、将来的にはどうだろう。大企業の社長になる気はあるかな?」


 ――いったい俺に何を期待しているんだ。普通の高校一年生だぞ?


「……わかりません」


 社長は笑顔で頷く。


「だよね。人生を左右する重要な選択だ。おいそれと出していい結論ではない」


「社長……ちょっと意地悪がすぎませんか? もうちょっとメリット、デメリットを語ってあげないと……」


「デメリットはたくさんある。自由がなくなるし命を狙われる危険性もある。メリットは……金持ちになれるぐらいか」


 黒川さんは頭を抱え、「悠翔さんさあ……ホントに誘う気あんの?」と嘆く。それを見て笑う社長。

 黒川さんは九条家の分家とはいえ、二人は本当に仲が良いらしい。


 あまり緊張感のない二人の会話が妙に面白くもあり、同時に苛立ちも覚える。


 ――まったく、いきなり人生の岐路に立たせておいて……気楽なもんだ。


 お金持ち。なんて魅力的な響きなんだろう。ここ最近は特にお金のありがたみを感じていたから。

 金さえあれば道理を捻じ曲げられる。そんな考えも脳裏をかすめる。


 でも、まだ疑問だらけだ。今は、とにかく話を聞きたかった。


「社長、その前に確認なんですけど、この件と遥さんの縁談にどう関係があるんですか?」


「そうだね、話が飛躍しすぎてしまった。――つい君の反応が見たくて結論から言ってしまった。すまないね」


「ああ、いえ……」


「一番の問題は、跡取りがいないって点なんだよ。だから遥に早くに嫁いで子を成せと言ってるんだよ……あのジジイは……」


「社長! 顔がまたやばいですよ!」


 社長は、「おっと、いけない……」と深呼吸を繰り返した。


「跡取りなんて、別に遥さんが継いでもいいと思うんですけど……」


「実にくだらない話だと呆れてほしい。男でないと駄目なんだ」


 あまりにも時代錯誤な話だけど、きっとこだわる家柄なのだろう。

 ただ、気になるのは社長よりも歳上な、お相手のことだ。


「……遥さんとその相手との間に男子を授かるという根拠は?」


「ない」


 言葉は端的だが、社長の表情はとても苦々しかった。

 黒川さんが途端に笑い出した。嘲りとも呆れともつかない笑いだった。


「な? 蒼真、おかしいだろ? 家長がすべてって家なんだよ。九条の爺さんがほしいのは自分が旧華族と縁を繋いだっていう満足感だけだ」


「うちは地方の旧藩主家だ。中央の名門からすれば都合のいい相手なんだろう。“あぶれ者”を押し付けられるのは構造としては理解できる。――もちろん納得はしないが」


 ――いくら金や権力があっても、上には上がいるということなのか。なんて理不尽な世界だ。


「でも、それじゃあ、俺が養子に入っても満足しないのでは?」


「そうでもない。跡取りが決まったというのに本来必要のない婚姻を結ばせて、“年寄りの我儘”と言われることは嫌なんだよ。滑稽だよね」


「そっか……筋が通らないとだめなんですね……なんだか難しいお爺さんですね」


俺の言葉に、社長は肩をすくめた。


「まあそういうわけだ。年寄りの我儘と旧華族の不良在庫の処分のために遥を犠牲にはさせたくない。これに尽きる」


「――男が必要なのはよくわかりました。次に思うのは、なんで俺なんだろうと。他に優秀な人はいくらでもいそうだけど……」


 俺の言葉に、社長は寂しそうな表情を浮かべる。一瞬、不味いことでも言った気分になった。


「いくら隠してるとはいえ、自分の子に家督を継がせたいって気持ちは、やっぱりあるんだよ」


 そう言われると俺はやはりこの人の息子なんだと、今更ながらに実感してしまう。

 この養子縁組の話は、少なからずの愛情ゆえなのだろうか。確かに社長の俺を見る目は常に優しかった。


「俺も社長の選択は正しいと思ったよ。他でもないお前だからだ」


 黒川さんの熱い眼差しを受けて思わず視線を逸らす。

 どうにも外堀を埋められている気がしてきた。

 

「では、俺にその資格があるということですか……」


「そういうことだ。君の経歴や成績は十分養子として相応しい。名門進学校で成績一位となれば、さらに箔が付くだろう」


「あの年末の研修結果がものを言ったな。蒼真は知らないだろうが、社長派の役員が講師として入っていたんだ。俺を含めてな」


 ニヤリと笑う黒川さん。


 ――まさか、あの研修にそんな意味があったとは……。


「今すぐ決めなくてもいい。だが、猶予はそんなにも長くない。そうだね……二年生になるまでに決められるかね?」


 遥さんを思えば結論は早いほうがいいはずだが、考える時間を与えてくれたことには感謝したいと思った。


「わかりました。よく考えてから返事します」


「蒼真、お前ならできるさ! いい返事を待ってるぜ」


 黒川さんは笑顔で俺の肩を力強く叩いた。

 じんと痛むのに、なぜか嬉しくて、思わず笑ってしまった。


「ありがとうございます、黒川さん」


 ふっと息をついたそのとき、リビングに人影が現れた。


「話は終わったのかしら」


 室内に響く凛とした女性の声。遥さんだ。

 その表情は儚げで、いまにも泣き崩れそうだった――。

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