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CASE.5 暴走車 前編

 情念の色が、白を埋める。

 絵が暴れているのだ。

 速い、速い、鹿の速さだ。

 空想の龍が世界を統べるまで、あと少し待て。


       1


 あれは、合コンの帰りでした──。

 そんなはじまりに、結城が反応をしめしていた。

「合コン?」

 どこか嫌悪感をにじませている。

「悪いですか? しますよ、それぐらい」

 牧村は、むきになって反論していた。二人の仲が最悪なのは、これまでによく理解している。

「それで……」

 桑島は、さきをうながした。牧村から、相談したいことがある──と、もちかけられたのだ。

「そうです、そうです……帰り道なんですけどね、声をかけられたんですよ」

「なにそれ」

 いっしょに聞いている結城の態度は、非情に冷淡だ。

「声をかけられた?」

「はい。車種はわかりませんけど、赤いスポーツカーに乗っている男性でした」

「ナンパってことでしょ」

「まあ、そうなのかもしれないですけど……」

「それ、自慢!?」

 この二人がそろっているときは、とにかく話が進まない。

「その男の人が、どうかしたのかな?」

「うーん、なんかうさん臭いというか……」

「なんなの、その相談?」

 困り顔で、結城の顔を見た。桑島の心情は伝わるはずだ。

「すみませんでした……」

 小声で、結城は反省した。

「それで……あやしい根拠とかあるんですか?」

「それなんですけど……噂で聞いたことがあるんですよ」

「噂?」

 また心霊的なものだろうか……。

「噂っていうより、都市伝説に近いでしょうか……」

「その噂っていうのは?」

「……スポーツカーに乗ってしまったら、その女性は殺害されてしまう、っていうやつです」

 牧村は、どう思いますか、という眼をしていた。

「それ噂でしょ、ただの」

 結城の意見と、桑島も同様だ。

「でも、なんだか怖い人だったんですよ……」

「どんなふうに声をかけられたんですか?」

「車に乗ってみませんか……みたいな」

 魅力的な車を利用した誘い方をしている。

「……むかしの連続婦女暴行殺人犯が、噂の出どころだと思うんだけど」

 桑島は指摘した。

 昭和の有名な死刑囚だ。ただし乗っていた車の色は、白だったはずだ。

「結局、ついていかなかったんでしょ? 男に見境がないあなたが断ったぐらいだから、その人についてく人なんていないんじゃない」

 結城の毒舌だ。

 お母さんの葬儀が終わって数日間は落ち込んでいたのだが、いまではもとどおりになっている。

「なんですって!」

「まあまあ……」

 つかみかかりそうだった牧村を、どうにかなだめた。

「結城さん」

「すみません、言葉が過ぎました」

 桑島は、空気を変えるために机上のカップを口に運ぶ。牧村もイスに座っているが、結城だけは立っている。狭い特特室のなかだ。

「それで……話というのは……」

「警察としては、その男性を調べてみたほうがいいんじゃないでしょうか?」

「だいたいあなたは、警察官じゃないでしょ?」

 結城の指摘どおり、牧村は警察行政職員であり、捜査権や逮捕権は有していない。

「だから、警視にこうして相談してるんじゃないですか!」

「警視は、そんなにヒマじゃありません!」

 結城はそう言ってくれたが、いまはなんの事件も担当していない。

「それだけじゃないんです……これも噂なんですけど、実際に行方不明になっている女性がいるって……」

「その話が本当なら、もっと大騒ぎになってるはずよ」

 これについては、結城の言っていることが正しいのではないだろうか。

「ですから、噂なんです」

「さっきから、確証がなさすぎる」

「それを言うなら、警視とあなただって、幽霊を捜査したじゃない」

 思わず、桑島は結城と顔を見合ってしまった。そこを突かれると、反論ができない。

「桑島警視なら、すぐに捜査できると思うんですよ。ただのデマだったらそれでいいし、本当に事件なら解決したほうがいいでしょう?」

 背後から、屈託のない笑い声が割って入った。

「ははは、おもしろそうだから、やってみろよ」

 佐野だった。

「管理官!」

 結城のその「管理官!」は、佐野への抗議の意思表示だ。

「うーん、捜査するにしても、どこから調べればいいのか……」

 霞をつかむような話だ。

「これも、噂ですよ──」

 そうことわりを入れてから、牧村は続けた。

「なんだか、合コンとか食事会とか……まあ、飲み会ですね。男女の出会いがあるようなやつ。お見合いパーティーとか」

「それがなんなの?」

「だから、そういうあとに、声をかけられた人が多いみたい」

 牧村は、これが突破口になるでしょ、という瞳になっていた。

 そういう集まりをマークしようにも、範囲が広すぎる。町ぐるみのお見合いパーティがあるという話なら聞いたことはあるが、個人グループ単位の飲み会なら、毎日のようにどこかでおこなわれているだろう。

「わたしに考えがあるんですけど……」

 牧村は言った。

「お店ってことはないですかね? すくなくても、わたしは声をかけられたんですから、わたしたちが行ったお店を調べればいいんじゃないでしょうか」

 一理ある。

「その店は?」

 牧村は、店の名前と所在地を口にした。

「店員や客に、話だけでも聞いてみようか……」

「誠一、いっそのこと、本当の飲み会をひらけばいいんじゃないか?」

「え?」

 佐野が、そんなことを言い出した。

「そうすりゃ、終わったあとに声をかけてくるやつがいるかもしれない」

 もしいたとしても、その人物が牧村の語っていた男性と同じとはかぎらないが……。

「じゃあ、わたしも参加すればいいんですよね?」

 その懸念を伝えたら、牧村が言い出した。

「いや、牧村さんは一回断ってるから」

「でも、わたしなら顔がわかってるし」

「特徴を教えてくれれば、スポーツカーに乗っている男を特定できる」

「大丈夫じゃないか? べつに彼女が警察官だって知られてるわけじゃないだろ」

 牧村は警察官ではないが、もちろん佐野もそれはわかっている。

「それにその心配は、本当にそいつが凶悪犯だったときにしか意味をもたない」

 たしかにそうだが、もし牧村の想像どおりの事態だったときには、とても危険な状況になる。

「そんなに難しく考えることはない。そいつは、ただのナンパ野郎ってだけかもしれないんだ。ここは、もっと気楽になろう」

「気楽って……」

「何人か独身の男女を集めて──なんなら、本当の合コンをやりゃいいんだよ」

「……」

「誠一も、独身だな」

「それなら、佐野だって」

 ここにいるのは、全員独身だ。

「結城さんと、牧村さん、それに何人か捜一から出そうか。といっても、男が多いからな」

 そこからは、佐野が話をどんどんと進めていった。刑事部管理官の一声によって、すぐに会がセッティングされた。

 一週間後の午後七時からおこなわれることになった。


       2


 その日、ひよりは都心に出ていた。夏美に買い物へ誘われたのだ。

「あ、もうこんな時間……」

「門限ヤバいね」

 夏美の言葉は、あくまでもひよりを心配してのものだ。夏美は寮生活をしていない。

「はやく帰ろう」

「ん?」

 急がなければならないのに、夏美の足は止まってしまった。

「どうしたの?」

「あれ、桑島さんじゃない?」

「ホントだ……」

「あ、なんていったっけ、あの人」

「佐野さん」

 桑島と佐野が歩いていたのだ。夏美は佐野とは直接の面識はないはずだが、桑島と会見をいっしょに出ていることもあるので知っていたのだ。

「捜査かな? でも、佐野さんって偉いんだよね?」

「偉い人でも、現場に出ることもあるよ」

 階級は桑島と同じはずだが、桑島のほうはつねに現場で奮闘している。

「でも、なんだかキマってない?」

「ん?」

 夏美の言っている意味がわからなかった。

「だから、なんかイケてない?」

 やはりわからない。

「鈍いな! ありゃ、デートとかするときの格好だよ」

 そうだろうか?

 いつもと同じようなスーツ姿だ。

「そんなんだから、あんたはもたついてんだよ!」

 なにを怒られているのだろう……。

「つけるよ」

「え?」

「女の影があるね、こりゃ」

「やめとこうよ! だいたい、わたしには門限があるんだって!」

「いいじゃん。警察官といっしょだって、連絡しときなよ」

「……」

 夏美の好奇心は止まらない。

「もう!」

 ひよりは歩きながら、寮母である藤崎に電話をかけた。

「ごめんなさい、藤崎さん! ちょっと桑島さんと捜査のことで……はい、はい、このあいだの事件についてです。はい……」

 嘘だから、心が痛んだ。

「こっち、こっち」

 声量をさげて、夏美が手招きをしていた。

 追いつくと、桑島と佐野が店に入っていった。レストランになるのか、バーのようなところなのか、ひよりでは判断できない。

「どうするの?」

「もちろん、入るにきまってんじゃん!」

 夏美に迷いはなかった。

 店の扉を開けて、二人のあとを追った。

「申し訳ございません……本日は貸し切りになっております」

 店員に止められてしまった。

「あ、わたしたち、いま入っていた人たちの知り合いなんですけど」

「えーと……予約のお客様は、全員そろったはずなんですけど……」

「なにかの手違いだと思います」

 ここまで堂々とデマカセを言えるのは、もはや才能だ。ひよりは、神々しさすら感じていた。

「じゃ、そういうことなんで」

 夏美は、強引に店内へ入ってしまった。こうなっては、ひよりもついていくほかはない。

 ごめんなさい、と心のなかであやまりながら、奥へ進んだ。

 レストランとバーが合わさったような店だった。ホールの中央に、二十人ほどの男女が席に座っていた。

 ひよりと夏美は、パーテーションのような仕切りに隠れるようにして内部をうかがう。

「合コンみたいなやつ?」

 女性とのデートは疑っていたようだが、こういうのは想定していなかったらしい。だが、桑島と佐野の二人だったことを考えれば、個々のデートよりも、ひよりにはしっくりきている。

「なに冷静な顔してるのよ」

「え?」

「彼女がいるのに合コンなんて、けしからん!」

 おじいさんのような口調で夏美は言った。

「ほら、行くよ!」

 勇ましく、夏美が飛び出していく。

「あ、ちょっと!」

 集まっている男女の視線が、こちらを向いた。

 そのときなって、桑島と佐野以外にも知っている顔があることに気がついていた。

「吉原さん……」

 そのつぶやきは、桑島だ。

「吉原さん……」

 結城刑事。

「あ……」

 そう声をあげそうになった眼鏡の女性は、たしか牧村という名前のはずだ。

「……」

 そしてもう一人、声こそ出さなかったが、硬い表情をした女性刑事の姿があった。埼玉県警の一条だ。

 これは、なんの集まりだ?

「おや、ひよりちゃんじゃないか。それから、……」

「夏美です!」

「ああ、捜査資料で見たな。神奈川で保護されたお友達だ」

 横浜のサッカースタジアムで、生贄事件の実行犯である警察官に、夏美とはいっしょに拉致されている。そのときのことを言っているのだろう。

「これは、なんの集まりなんですか? っていうか、合コンですよね、これ?」

 夏美の声が、無邪気に響いた。

「うーん、まあ、そうなんだけど……」

「桑島さん、ひどいです! ちゃんとカノジョがいるのに、ほかの女性をさがすなんて!」

 場の雰囲気も考えずに、夏美が抗議の声をあげてしまった。

「い、いやあ……」

 桑島は困り顔だ。

 みなの視線が、夏美よりもひよりに集中していた。いや、それは思い過ごしだろうか。

「まあ、まあ、そんなに熱くならないで」

 佐野が、軽やかに夏美をなだめた。

「これはね、捜査の一環なんだよ」

「え? 捜査?」

 夏美は疑うような視線で、桑島たちを見回した。

「そうだったんだけどね……どうも予定が狂ってしまたようなんだ」

 佐野が続けた。

 どういうことなんですか、という表情をつくった。

「今回の件はね、捜査とも呼べないようなものなんだよ」

 佐野が語った内容は、次のようなものだった。

 牧村が合コンをした帰りにナンパをされた。そこまでは、なんら犯罪性はない。が、ある噂があるという。高級スポーツカーで合コン帰りの女性に声をかける殺人鬼がいるらしい、という噂だ。

 牧村は、そのことを桑島に相談し、いまはなんの事件も担当していない桑島が、捜査にのりだすことになった。

 で、ここからが今夜の集まりにつながっていく。

「実際に、われわれでやってしまおうとしたわけなんだけど……なんなら本当に、独身の男女をそろえようってことになったんだよ。そのほうがリアリティが出るだろう?」

 捜査のために、そこまでするものなのだろうか。

「いや、ほら、犯罪につながってるってきまってたわけでもないしね。なにもなかったときに、こういう会をしただけだって言い訳もできるだろ?」

「……」

 なんの反応も返せなかった。夏美までが、あきれた顔をしている。

「でね……ほら、おれって管理官だろ? 階級も警視なわけよ。キャリアって、現場では気をつかわれる立場なの」

 自分で言うか、という雰囲気が広がっていた。結城や一条までも、表情に出ていた。

「それで、こういう集まりをするからって指示を出したんだけど、そしたら部下が勘違いしちゃって、店まで貸し切っちゃったってわけなんだよ」

 おそらく、通常営業のときにやりかったということなのだ。そのスポーツカーの不審者が、客かもしれないからだ。

「さすがは、ひよりちゃんだ」

 その考えを伝えたら、気分をよくしてくれた。佐野は、女性を褒めるのが得意にちがいない。

「それじゃあ、この会はやらないんですか?」

 たずねたのは、夏美だった。

「まあ、せっかくだし、やってみようか、って誠一と話していたところなんだ」

 佐野は、桑島のことを誠一と呼んでいる。誠一がだれのことなのかわかっていなかった夏美は、出席者を見回していた。ひよりは、桑島のことを指をさして教えておいた。

 ああ、と納得した顔になっていた。

「やっちゃうんだ、合コン」

「そりゃ、警察官だって出会いの場は必要だよ」

 夏美が、ジッと桑島のことをみつめていた。

「ふーん、こんなカワイイ彼女がいるのに、こういうの出席しちゃうんだ」

 桑島は、頭を抱えていた。

「そう言わないであげてくれ。誠一が、この調査の責任者なんだから」

 立場上、出席せざるをえなかった──と言いたいようだ。捜査ではなく『調査』という言葉をつかったのは、確度の低い噂が発端だからだろうか。

「どうする、ひより?」

「え?」

「許しちゃうの?」

「そんなこと言ったって……仕事なんだから、しょうがないよ」

「甘い! ここはガツンと言ってやんな」

 夏美のほうが興奮している。

「いいって……」

「まあまあ。どうせなら、二人も参加しちゃいなよ」

 佐野が、そんなことを言い出した。

「え? いいんですか?」

 夏美は乗り気だ。

「二人とも、未成年じゃないよね?」

「二十歳ではないですけど……」

「お酒はダメだけど、問題はないはずだ」

 確認をとるように、佐野は桑島に顔を向けた。

「学生だから、問題はあると思うけどね」

「桑島さん、硬いなぁ。今時、高校生でもやってるって」

「いや……ぼくたちは、警察官なんだから」

 ここに集まった男女でも、賛否は分かれているようだ。

 表情を見るかぎり、どちらかといえば、男性陣が賛成しているようで、女性陣が反対しているのではないだろうか?

「わたしは、反対です。学生と警察官なんて、あとで問題になりますよ」

 結城の意見だ。

「そんなこと言って、若い子に勝てないもんね」

 牧村が、あきらかな嫌味を口にした。

「あなただって、同い年でしょ!」

 やはり、この二人の仲は悪いようだ。

「だいたい、これは捜査のためなんですから」

「みんなは、そう考えていないみたいですよ」

 牧村は、出席者を順に見回していた。

 たしかに、男性出席者は積極的な顔をしている。女性たちも、まんざらではないようだ。

「お酒さえ飲ませなければ、学生と警察官が合コンしてなにが悪いんですか!」

 まるで青年の主張のように、一人の男性が声をあげた。

 そうだ、そうだ、と何人かが続く。

 本気で恋人を求めている人にとっては、参加者は一人でも多いほうがいいのだ。

「というわけだから、誠一、かたいこと言うなって。きみたちも、せっかく来たんだから、出席するだろ?」

「はい!」

 夏美が元気よく返事をしていた。

「こっちに座って」

 端の席についた。男女の比率は、ひよりと夏美を加えても、女性が一人多くなっただけのようだ。もとから女性のほうが一人少なかったのだ。

 桑島と佐野の席とは遠い。

「あの質問なんですが」

 手をあげた人物がいた。それまで黙っていた一条だった。

「わたしは埼玉の人間なんで、警視庁のことはよくわらないのですが」

 あいかわらず、堅苦しい雰囲気がある。

「これ、真剣に考えていいんですか?」

「真剣と言うと?」

「ですから、真剣に交際相手をさがしていいのかということです」

 一条がそんなことを口にするのが意外に感じた。いや、それは偏見か。

「きっかけはどうあれ、やる以上は、ちゃんとした会にするつもりです」

 佐野の言葉が、はじまりを告げる合図になったようだ。料理が次々に運ばれ、シャンパングラスも行き届いた。

「それでは、まずは乾杯から」

 その一声で、みながグラスを口に運ぶ。ひよりと夏美のものは、ただのジュースだ。

 一人一人の自己紹介がはじまった。

 まずは、男性から。警視庁本部の人だけなのかと思っていたが、所轄警察署の人もまじっているようで、所属部署についてもバラバラだ。

 順調に進んで、桑島のところまでまわってきた。

「え、ぼくも?」

「あたりまえだ」

 佐野に言われて、桑島も自己紹介をはじめた。もっとも、世間的にも有名な桑島のことを、同じ警察官が知らないわけはないだろう。

 その後、佐野が続いた。

「佐野です。階級は警視、捜一で管理官やってます」

 女性の紹介がはじまった。

「結城香澄です」

 素っ気なかった。

「やる気がないように思わせといて、唯一のチャームポイントである下の名前を入れるなんて、あざとー」

 牧村の揶揄が聞こえた。

「なんですって!?」

 周囲がとめて、二人の喧嘩をなんとかいさめた。

「牧村花です。広報課で経理やってます」

 それからの女性陣は、下の名前まで紹介するようなった。

「一条です。わたしは、埼玉の捜一に勤務しています」

 だが、一条だけは苗字だけだった。

 夏美が、これでもかと明るく自己紹介を終えて、最後にひよりの番になった。

「吉原ひよりです……学生です」

 注目されて、恥ずかしくなった。それだけ言って、素早く座った。

「これで自己紹介はすんだね。まあ、ここからは、だれかが進行するんじゃなくて、それぞれテーブルを離れて好きに話してくれ」

 はやくも自由時間のようだ。

「あの、佐野管理官! お話しよろしいでしょうか!」

 一条が、硬い表情で手をあげた。

「ここは警察学校じゃないんですから、もっと普通でいいですよ」

 一条は、佐野のとなりに移動した。

「あなたは、だれ狙い?」

 牧村が、結城にさぐりを入れていた。可愛らしい容姿をしているのに、バチバチとライバル心を燃え上がらせている。

「あー、そうなんだ、禁断の関係を狙ってるんだ」

 意味深な視線で、牧村がひよりのことを見ていた。

「?」

 ひよりにも、わからない。結城も首をかしげている。

「最近、いっしょにいることが多いから、桑島警視を──」

 意味を理解して、結城があきらかに怒った顔をした。ひよりは、どんな表情をすればよいか困ってしまった。

「え? 略奪愛!?」

 夏美が過剰に反応していた。

「ちがいます! べつにそんなんじゃありません」

「ふーん……」

 牧村と夏美の瞳には、強い疑念がこもっていた。

「あの、いいかな?」

 そんな夏美に話しかける男性がいた。一見すると警察官には見えない、さわやか系だ。

「は、はい!」

 夏美の声は、うわずっていた。ストライクゾーンど真ん中だったようだ。

 牧村も真面目そうな男性と談笑をはじめたので、ひよりや結城に揶揄を入れるような人はいなくなっていた。会が、健全に進行したはじめたようだ。

 結城にも声をかける男性があらわれたので、ひよりだけがとり残された格好になった。桑島も女性たちから話しかけられているから、本当の孤独だ。

「?」

 なにもやることがないので店内を見回していたら、何者かの視線を感じた。

 厨房の奥?

 ひよりは立ち上がって、そちらへ足を向けた。みな、会話に夢中になっているから、少し席をはずしても問題ないだろう。

 トイレも同じ方向なので、店員からも注意はされないはずだ。

 しかし、ひよりのことを見ているような人物はいなかった。気のせいだったのだ。そのままトイレに向かうことにした。

 そこへ行くまでの途中に厨房へと続く通路があり、その奥の扉が開いているのが見えた。

「……」

 まるで、何者かに誘われているかのような感覚をあじわった。

 自然に足が、そちらへ──。


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