靜鬼 〜しずき〜
近頃、旭鬼の様子がおかしい気がする。
物思いに沈んだように遠くを見ている姿を度々目にした。
ーーまさか、本当にあの娘に心奪われたりしたんじゃないよね?
もともと旭鬼は口数が多い方じゃない。あまり感情を表に出す事もしない。他人にはよく「何を考えているか分からない」と言われたりもするが、靜鬼には旭鬼の思いが手に取るように理解できた。
それなのに最近の旭鬼は本当に何を考えているのか、靜鬼でさえさっぱり分からない。
ーーまさか……ね。
「靜鬼様」
ふいに声をかけられ振り返ると、つい今しがたまで頭の中で思い浮かべていた少女の姿があった。
「やぁ、咲夜。俺に何か用?」
努めて優しい声音で靜鬼は応える。
「なに?俺の子を産む気になった?」
微笑みを浮かべる靜鬼を前に、咲夜は戸惑うように少し俯く。
「あの、旭鬼様を見かけませんでしたか?」
「旭鬼にどんな用があるの?」
少しトゲのある言い方をしてしまった。
靜鬼は内心を隠すように微笑みを浮かべたまま咲夜の側に寄ると、その頬に長い指を伸ばした。
「旭鬼への用件なら俺から伝えておくよ?」
頬に溢れて風に揺れる、少し青みがかった銀白の髪を指ですくい、咲夜の耳にかけてやる。
「いえ、用件と言う程の事ではないのですが、旭鬼様から頼まれていた繕い物が出来たのでお渡ししたくて……」
「ふーん?」
靜鬼の指から逃れるように咲夜は一歩後ろに下がった。
そしてふと顔を上げると、何かを探すように視線を彷徨わせる。
「なに?どうしたの?」
知らずうちに、またしてもトゲを含んだ声で靜鬼は咲夜の目線を追った。
すると微かにどこからか小さな鳴き声が聞こえる。
咲夜はその声を辿るように、庭の片隅にある百日紅の木に近寄るとその根元に屈み込んだ。
「四十雀の雛だね。」
咲夜の足元でまだ羽も生え揃っていない小さな雛が、か細い声で鳴いている。
「巣から落ちてしまったのでしょうか?」
「巣立ちにはまだ早いし、多分ね。」
靜鬼は小さな雛をそっと手のひらにすくい上げると、巣を探して百日紅の木を見上げた。
「あぁ、あった。ほらあそこ」
咲夜は靜鬼の指差す先を見上げて眉を寄せた。
「高いですね……。私に届くでしょうか。」
靜鬼は驚いて咲夜を見た。
この娘は「猿さえ滑る」と言う名を持つこの木を、自ら登って雛を巣に戻すつもりなのだろうか。
「まさか、登るつもり?」
ツルツルした白木の幹を見つめたまま、咲夜は力強く頷いた。
「はい。行ってまいります。」
草履と足袋を脱ぎ捨てて幹に手を伸ばす咲夜を、靜鬼は慌てて止めた。
「待て、お前は女だろ。」
女が木登りするなど聞いた事もない。
「ですが、このままではこの子は死んでしまいます。」
咲夜は一歩も引くつもりがないらしい。
毅然とした声でそう答えると滑らかな木の幹に手をかけた。
「待て!俺が行くから」
思わず靜鬼はそう言って、はぁーと大きな溜息をついた。




