咲夜 〜さくや〜
「お初にお目にかかります。禕牙の咲夜と申します。」
畳に深く頭を下げる咲夜の前で、哮牙の長である朢月は目を細めて頷いた。
「お前が咲夜か。よく来たな。百知殿は変わりないか?」
丸坊主に厳つい髭を蓄えた大きな男は、野太い声で機嫌よく問うた。夕べは遅くまで朢月が不在にしていた為、夜が明けて朝餉の後すぐ挨拶と百知から託された文を渡すためにこうして朢月の部屋に通されていた。
「はい、おかげさまで。恙無く日々を過ごしております。」
頭を下げたまま答える咲夜に朢月は轟くような笑い声を上げて笑った。
「良い良い。そんなに畏まらなくとも。もっと楽にしろ。お前はワシの娘になるのだからな!」
肘掛けに身体を預け寛いだ様子で、咲夜に顔を上げるよう手のひらを振る。
「で、どちらの息子を選んだのかな?」
顔を上げた咲夜は朢月の視線を受けて、戸惑うように言葉を探した。
「選ぶ……と、申されましても……。」
「禕牙の者達が何と思っているかは知らぬが」
朢月は少し身を乗り出すようにして咲夜の方に身体を傾けるとニヤリと笑う。
「ワシらは別に、お前を『人質』などとは考えておらん。お前には選ぶ権利がある。こうして生まれ育った里から無理矢理 知らぬ里に連れて来られて、さぞや心細い思いをしている事だろうが……」
朢月は言葉を選ぶように髭をひと撫でした。
「せめて、お前が少しでも好いた男と一緒にさせてやりたいとは思っておるのだ。とは言え、この哮牙の里の中で選んで貰う事にはなるがな。」
咲夜は思ってもいなかった言葉に、目を丸くして朢月を見つめた。
「出来れば、我が息子のどちらかを選んで欲しいものだが……お前にもし、他に気になる男が出来たのならばそれはそれで仕方がない。女心の一つも掴めぬようでは、里の者達の人心を掴んで率いる事も出来まい。頭領の器を計るにも良い機会だ。」
はっはっはっと大きな声を上げて朢月は笑う。
「まぁ、親の欲目ではあるが、息子達もあれでなかなか良い男だと思うぞ。」
戸惑う咲夜を優しい眼差しで見つめながら、朢月は肘掛けから身体を起こして胡座をかいた。
「鬼は長生きだ。時間はたっぷりある。ゆっくり選べ。」




