第32話 アクエリスタンの朝
ここから二章です。
朝日が部屋を照らす中、セイヤはベッドの上で目を覚ますと、周りを見た。
セイヤが今いるのはアルーニャ家の一室であり、セイヤの自室となっている部屋だ。当然、部屋にいるのもセイヤだけのはずだが、セイヤはベッドの中で両腕にやわらかいものを感じた。
ベッドから出ようにも、その二つの拘束が許さず、セイヤは仕方なく声をかける。
「ユア、リリィ起きろ。朝だぞ、遅刻するぞ」
セイヤがそういうと、ベッドの中の拘束がほどけて、二人の美少女が出てくる。
セイヤの右腕に抱き着いていたのは、きれいな白い髪に紅い眼の美しい少女。
セイヤの左腕に抱き着いていたのは、きれいな青い髪と青い眼をした、これまた美しい幼女。
二人はどちらとも、絶世の美女と言っても過言ではなく、そんな美少女たちがベッドの中から姿を現す。しかも全裸で。
「二人ともいったい何しているんだ? 昨日の夜はいなかっただろ?」
「セイヤが恋しくなったから……」
「セイヤの部屋に来たらお姉ちゃんがいたから」
なんとも言えない理由を話す二人に、セイヤは苦笑いを浮かべる。そんなセイヤに対して、今度は二人の美少女が注意をした。
「セイヤ……早くしないと遅刻する……」
「そうだよ、セイヤ! 早く学校に行こうよ!」
「引っ張るな、まず服を着ろ」
全裸のままセイヤを部屋から連れ出そうとする二人の美少女に服を着せ、セイヤは朝食をとるために食堂へと向かった。
食堂に着くと、すでにユアの両親が食事をとっており、セイヤたちに挨拶をする。
「やっと起きたか」
「おはよう、ユアちゃん、セイヤ君、リリィちゃん」
「おはよう……お父さん、ママ……」
「おはよう」
「おはよう!」
朝の挨拶を終え、朝食の席に着くセイヤたち三人。
並びは右からユア、セイヤ、リリィの順で座り、使用人たちによって運ばれてきた朝食を食べ始める。
セイヤが朝食を食べ始めると、すぐにセイヤの正面に座るライガーが話を始めた。
「今日からセイヤとリリィにはユアと一緒にアルセニア魔法学園に通ってもらう。一応、昨日も言ったがセイヤは居候、リリィは養子として、ユアの妹となっている。わかっているな?」
「あぁ」
「わかった!」
実は今日、月曜日は、セイヤとリリィが新しい学園、アルセニア魔法学園へと通う最初に日であった。
「それとセイヤはユアと同じクラスになるように話を付けている」
「さすがだな」
「あなたったら過保護なんですから」
カナがライガーにそんなことを言うと、リリィが質問をする。
「リリィは?」
「リリィは訓練生として登録してある。やることは自由だから、休み時間にはセイヤのところへ行っていい。ただし、休み時間以外はダメだ」
「わかった!」
「お父さんありがとう……」
「気にするな、ユア」
ユアは嬉しそうな表情で、父親であるライガーにお礼を言い、ライガーとカナはそんなユアの姿を優しげなまなざしで見ていた。
「あとセイヤ。学校ではいちゃつきすぎるなよ?」
「わかっている」
ライガーに茶化され、セイヤは鬱陶しそうな目でライガーのことを見るが、朝のことを考えると絶対にないとは言い切れない。
セイヤとリリィがアルーニャ家に来て一週間、家族の距離は縮まっていた。
朝食を終え、身支度を済ますと、セイヤはユアとリリィよりも一足先にアルセニア魔法学園に登校する。
セイヤは戸籍上、アルーニャ家の居候となっており、アルーニャ家の養子であるリリィと比べて評価が低い。
なので、学園側は、セイヤのことをテストしようと考えていた。そして、そのテストが登校初日の朝だった。
アルセニア魔法学園までの道のりは事前にユアに教えてもらっていたので、セイヤは迷うことなく到着することができた。
大きくそびえ建つ校舎に、広い敷地を囲む大きな塀、デザインこそセイヤの通っていたセナビア魔法学園と変わるが、その面積はさほど変わりはしない。
セイヤは校舎に入り、案内版を確認する。
そして目的地である職員室を見つけたセイヤは二階に上るため、近場の階段を上っていく。その時、セイヤはふと昔のことを思い出す。
セナビア魔法学園に通っていたあの頃は、学園に行くのも憂鬱で、自分の教室に向かう時に上っていた階段が嫌で、嫌で仕方がなかった。
しかし今の気持ちはどうか。これから始まるであろう、新しい生活にウキウキしている。
浮かれているな、と自分で思いながらも、セイヤは職員室の前に到着した。
「失礼します。今日から二年A組に入ることになったキリスナ=セイヤです。登校初日に早く来るように言われているのですが」
セイヤが職員室の扉を開けて中に入ると、職員室全体がセイヤのことを見る。
その目には「あれが特級の居候?」、「あんまり強そうではないのね」、「なんか普通って感じだな」などと言った落胆の視線が多かったが、セイヤはそんなことなど気にせず待つ。
すると、一人の女性がセイヤの方に向かって歩いてきた。
「あなたがキリスナ=セイヤ君ね?」
「はい」
「私はあなたのクラスの担任のヤユーナ=ラニスケイルよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
セイヤの担任と名乗る女性はおっとりとした優しそうな感じの人だ。
ピンク色の長髪に、パールのような瞳をしたヤユーナは、セイヤのかつての担任であるラミアとは、対極にいそうな女性だ。
おそらく生徒からの人気も高いのであろう、と思うセイヤ。
「では、テストを始めさせてもらうわね」
「ここで、ですか?」
いきなりテストを始めるといわれ、驚くセイヤ。だがヤユーナは笑顔のまま答える。
「そうよ。テスト内容は簡単。ここで全魔力解放をしてみて。そのかわり、物には当てずに教師だけにね」
「なるほど。対人有りの対物無しの全解放ですか?」
「ちなみに合格条件はここにいる教師陣の過半数の合格を貰ったらね」
どこか楽しそうに説明をするヤユーナ。セイヤはそんなヤユーナを見ながら少し困惑していた。
全魔力解放とは、その名の通り魔法師が持つ全魔力を解放することだ。
具体的な例で言えば、ダリス大峡谷での雷獣戦において、ユアが使った『ホーリー・ロー』や、セイヤの使った『闇震』などが全魔力解放に近い。
全魔力解放とは、言ってしまえば、その魔法師の強さが大体わかる基準である。
では、なぜセイヤが困惑していたかというと、それは力加減がわからなかったからだ。
暗黒領で力を取り戻したセイヤが今まで戦ってきた相手は魔獣、ウンディーネ、といった特別な存在たちであり、普通という基準が通じない相手たち。
なので、もし加減を間違えれば、下手をしたら大けがや、命を失ってしまう教師が出てきてしまうかもしれない。
転向初日から教師陣を殺めてしまったら、十中八九、入学拒否だろう。だからセイヤは全魔力のうちの三割未満での魔力を解放する。
「わかりました。解放」
「えっ?」
ヤユーナはセイヤの言葉に驚く。それは周りの教師陣も一緒だ。
理由はセイヤが無詠唱で全魔力解放をしたから。
通常、全魔力解放には全属性共通の詠唱が必要になり、その詠唱がなければ全魔力解放をすることはできない。
だというのに、セイヤは無詠唱で全魔力解放をしたのだ。
しかし驚きはそれだけではなかった。
次の瞬間、数人の教師陣たちが、セイヤから放たれた魔力の波動を受けて気絶してしまう。
普通なら魔力の波動を受けたところで、魔法師の無意識に展開している魔力の壁があるため、強い魔力の波動受けたところで、体の表面がヒリヒリするぐらいだ。
けれども、セイヤの魔力の波動は、魔法師の体内に入り、脳や臓器を直接揺らした。
それにより、気絶する教師陣たちが出て来たのだ。
そんなことを知らないセイヤは、どんどんと魔力の量を上げていこうとするが、慌ててヤユーナが止める。
「セイヤ君わかったわ。もう大丈夫よ」
「いや、でもまだ三割しか……」
「そ、それで三割!?」
「ええ、まあ」
「き、君は全魔力どれくらいあるの?」
「それは分かりませんが……」
セイヤの言葉に、ヤユーナや周りの教師陣たちが驚く。だがセイヤは気にせず質した。
「ところで、俺は合格ですか?」
「えぇ、問題なく合格よ。教師陣を気絶させるほどの力を持って、不合格なわけ、ないわ」
「そうですか。それはよかったです」
セイヤは合格を言い渡されると、職員室で書類等を書かされ、セイヤが書類をちょうど書き終わったところでチャイムが鳴る。
そしてセイヤは担任であるヤユーナと共に、セイヤの所属する教室へと向かうのだった。




