番外編Ⅱ 第6話 十三使徒の力(下)
客室で待たされていたグリスたちは、炎の巨人が出ると同時に、屋敷にいたグルスベール家の魔法師たちに襲われていた。
グルスベール家の魔法師たちは全員執事服やメイド服を着ていることから、この家の使用人という事がわかるが、彼らの魔法師としてのレベルはかなり高い。
バジル隊の小隊長たちは、モーラスの作った七重の『光壁』で身を守りながら話し合う。
『光壁』の外ではグルスベール家の魔法師たちがどうにかして、『光壁』を破り、中にいるグリスたちに攻撃しようとするが、彼らには一枚破るだけで精一杯だった。
しかも『光壁』をやっとの思いで一枚破ったところで、モーラスがすぐに修復してしまうため、使用人たちは苦戦している。
「エリエラ、あれはなんだ?」
「いくら火属性だからと言って、私が知っていると思う、グリス?」
突如として屋敷の屋根を破壊しながら出現した炎の番人を見て、グリスは火属性使いの魔法師であるエリエラに聞いた。しかしエリエラにもあの炎の番人がなにかはわからなかった。
「あれは火と言うより炎じゃないか?」
「ワルツの言う通りだと思うぞ」
「おお、ポールも同じ意見か」
ワルツの意見の同意するポール。そんな呑気な二人に対してケインが言う。
「談笑中すまないけどワルツ。霧を作ってくれないか? モーラスひとりじゃきつそうだ」
「ケイン、安心しろ。モーラスなら大丈夫だ」
「いや、ワルツ。ちょっときついから、できれば霧があった方がうれしい」
「仕方ないな~。水の神、我こそは霧の民。『霧中』」
ワルツが魔法を行使すると、小隊長たちを守る『光壁』の周りにとても深い霧が広がり始めた。
すると、視界が悪くなったグルスベール家の魔法師たちは同士討ちをしないために、無意味な攻撃をやめる。
『霧中』は霧属性初級魔法で、霧を発生させる魔法だ。そして霧の濃度は自由に変えられることができる。
「これは深いな。周りが見えない」
「文句あんのかグリス?」
「ねーよ。それにしてもどうするんだ?」
「あれが炎なら、グリスが知っているはずでしょ」
「まあな。あれはおそらくグルスベール家の固有魔法『オグン』だ」
先ほどエリエラに知らないふりをして聞いたグリスが答える。
「あれが『オグン』なのか」
「ケインは知っているんだ」
「詳しくは知らないよ。知っていることはあれが火の番人ってことぐらいかな」
六人の小隊長たちは、深い霧の中からでも、その姿を認識できる巨大な炎の番人を見ながらその正体を知った。
「でも隊長なら大丈夫だろ」
「あぁ、ワルツの言う通りだ。あの程度、隊長なら問題ない」
「ところで、そろそろ反撃にするかい?」
「ここまでして攻撃してくるってことは、降伏の意思はないと考えていい。ポールよろしく」
「はいよ~。土の加護を纏いし我の魂、今こそ叫びだせ。『土石流』」
ポールが魔法を行使すると、光の壁を中心に全方向に勢いよく、土石流が流れ始め、周りにいたグルスベール家の魔法師たちを飲み込んでいく。
グルスベール家の魔法師たちは、突如として現れた土石流に反応できず、流されてしまい、八割の魔法師が一瞬で気を失い、戦闘不能になってしまう。
ポールが使った土属性中級魔法『土石流』はその名の通り、土石流を作る魔法だ。
平地での使用は難しく、さらに全方位に同時に行使できることから、ポールのレベルがわかる。
六人は『光壁』と『霧中』を解いて周りを見る。
「お~これはまた。さすがだな、ポール」
「ワルツの霧もよかったよ」
「風の巫女、この地に舞い降り吹き荒れろ。『風牙』」
「ちょっとケイン! いきなり魔法を使わないで!」
土石流に巻き込まれながらも、気を失わずに戦闘の意思を見せるグルスベール家の魔法師たちに魔法を行使したケイン。そしてそんなケインに怒るエリエラ。
彼らの中に戦闘中という緊張はみじんもなかった。
「悪いエリエラ」
「深淵の業火、かの地に舞い降りよ。『炎の息吹』」
「グリスもいきなりやらない」
「あっ、悪いモーラス」
ケインと同様に、魔法を行使したグリスに怒るエリエラ。しかし敵はおかげですべてが片付いた。
「敵は全滅ってところか」
「だな。隊長のところに行くか」
「そうだね」
そんなことを言いながら、隊長のところへ行こうとする小隊長たち。
上級魔法師一族の使用人たちを一方的に壊滅させる小隊長たちは、さすがは聖教会といったところだ。そして六人が『光壁』から出たときには、すでに『オグン』が消えていて戦闘が終了していた。
時間は数分さかのぼり、当主コウルの部屋。白い鎧も纏ったバジルの目の前には巨大な火の番人がいる。
「どうだ、クイックメーカー? これが我が一族の固有魔法だ」
バジルは目を細めながら『オグン』のことを観察する。しかし、その態度が『オグン』のことを恐れていると勘違いをしたコウルが、さらに調子に乗り始めた。
「お前が黙認してこの件に口を出さないというなら助けてやってもいいぞ」
コウルはこの時、捕らぬ狸の皮算用に違いないのだが、聖教会に協力者がいる時のことを考えていた。
もし聖教会に協力者、それも十三使徒の協力者がいれば、自分はフレスタンで一番だけでなく、中央王国でも権限を持てる。コウルはそう考えていた。
「どこまで醜いやつなんだ? 貴様こそ人質を解放するというなら命は助けてやってもいいぞ?」
「十三使徒だからって調子に乗るなよ、餓鬼が、ちょっと物が速く作れるからって調子に乗るな! オグン!」
コウルが指示をすると『オグン』はその手に握る巨大な斧を振り上げて、バジルに向かって振り下ろす。
バジルの武器『ブリューナク』は先ほど『オグン』に溶かされてしまったため、バジルの手に武器はない。
勝った、コウルがそう確信した瞬間だった。
「吸い尽くせ。『氷の薔薇』」
バジルの言葉の直後、『オグン』の体に氷の紐が巻きつき始め、バジルに向かって斧を振り下ろそうとしていた『オグン』のことを拘束する。
さらに氷の紐から氷の棘が現れて、次々と『オグン』の体に刺ささっていく。その姿はバラの棘に巻きつかれた哀れな巨人だ。
氷の棘に巻きつかれた『オグン』は悲鳴を上げながら、その体をどんどんと小さくしていき、棘の付いた紐には次々と氷の薔薇を咲かせていた。
氷のバラは『オグン』が小さくなるにつれて、数を増やしていき、やがて『オグン』はその姿を消して、氷の薔薇だけになってしまう。
一種にしてオグンが消えたことに、言葉が出ないコウル。そんなコウルに対して、バジルは殺気のこもった瞳で言う。
「オグンが……」
「攫った人の場所を言え。そうすれば薔薇の餌食になるのは許してやる」
「ひぃぃぃぃぃぃ。わかった! 言う! 言うから許してくれ! 人質は三か所に分けてある。全部暗黒領だ。場所はあそこの地図にある」
自分の中の最強の魔法である『オグン』が、無力に消されていく姿をみたコウルは、恐怖のあまり人質の場所をバジルに教える。
「これか」
バジルが地図を手に取ると、コウルに向けられていた殺気が消えた。
助かった、コウルはそう思った。しかしコウルは気づいていない。コウルの背中に、氷で出来た薔薇の蕾がついていたことを。
「隊長!」
バジルが地図を見ていると、小隊長たちがバジルのもとに集まってくる。
なので、バジルはすぐに攫われた人たちが捕まっているという施設の場所を、小隊長たちに教えた。
「人質はこの三つの施設にいる。三つに分かれて向かうぞ。チーム分けはいつもと同じ三班で、集合はフレスタンの教会だ。各自急いで被害者の救出に向かえ、フレスタン教会には応援を要請する」
「「「「「「了解」」」」」」
バジルに命令された小隊長たちは、グリスを残し、すぐに暗黒領にある施設へと向かう。
そして部屋に残されたコウルはバジルに聞いた。
「わっ、私は助けてもらえるのか?」
「あぁ。だが、おまえには罰が下る。聖教会十三使徒の名の下において、おまえの罰を決める。お前の罰は死刑だ」
「なっ……話がちグァァァァァァァァ」
コウルが悲鳴を上げながら、地面に倒れて絶命する。そしてコウルの背中には、弔うには場違いなほどきれいな一輪の氷の薔薇が咲いているのだった。




