第147話 アイシィの成長
心の中で信じられないと思うクリス。
(だが、紛れもない。この剣技といい、剣術はまさしく……)
信じられない。しかし現にアイシィが使っている剣技諸々は、あの少年が使っていた剣術そのものだ。似ているというレベルではない。まったく同じ、完全に一致していた。
(アンノーンの剣術……生きていたのか……)
それはアンノーンこと、キリスナ=セイヤの使っていた剣術とまったく一緒だった。
ここだけの話だが、クリスはセイヤのことをアンノーンとは呼んでいたものの、見下してはいなかった。それは初めてクリスがセイヤと剣術のみで戦った時のことだ。
魔法が使えない無能で何も知らない無知な魔法師、アンノーン。最初はクリスもそう思っていた。だからこそ、魔法無しの武器のみでの実践訓練でセイヤと当たった際、クリスは一瞬で勝負がつくと高を括っていた。
しかし結果は違った。
試合が終わってみると、クリスはほんのちょっとの僅差でセイヤに勝ったのだ。はっきり言って、ギリギリの戦いだった。一歩間違っていれば、クリスが負けていたかもしれない。
それほどまでにセイヤの剣術は秀でていた。そして同時に思った。
「なぜ君はアンノーンと呼ばれ、蔑まれているのか。君は魔法こそ使えないものの、努力を怠ってはいない。もし君が魔法を使えたのなら、君は素晴らしい魔法師になるだろう」と。
それはまさにセイヤに対する同情でもあった。魔法が使えないだけで蔑まれ、周りから無関心の扱いをされているセイヤは、何と可哀想な魔法師なのだと。
「君は生まれてくる場所を間違えた。君は本来、実力がものをいうフレスタンに生まれるべきだったのだ。そしてその努力でいつか魔法を打ち破れるかもしれない」
クリスは常々そう思ってきた。
しかし、セイヤにそれを伝える前に、セイヤは死んだ。あの事件に巻き込まれて。
だと言うのに、今、目の前の少女、アイシィが使っている剣術はセイヤのもの完全に一致している。もしかしたら同じ師に教えを仰いだのかもしれないが、それにしても一致しすぎている。
それはまさに、アイシィがセイヤから剣を教えられたと考えるのには十分だった。
「アンノーンは、キリスナ=セイヤは生きていたんだね?」
クリスはアイシィの剣を受け流しながら、そう呟いた。それは答えを求めてと言うより、単純な確認に近かった。
そしてその確認に、アイシィは答える。
「はい」
「そうか」
セイヤが生きている。それを理解した瞬間、クリスの心の中のおもりが少し取れた気がした。自分のせいではないと理解はしているが、クラスメイトが死んだと思うと、勝手に責任を感じてしまうものである。
だからクリスも勝手に責任を感じていたのだ。もしあの時、自分がアンノーンに転校を進めていたら、などと考えた日はたくさんあった。しかし結局考えたところで何も変わりはしない。
自分はその一歩を踏み出す勇気がなかっただけだ。
セイヤと関わって自分の評価が落ちるのが怖かっただけだ。
ただ自分の心が弱かっただけだ。
クリスはいつの間にかそう理解させられていた。
セイヤの生存を聞いて、クリスは心の底からよかったと安心した。そして同時に、レイリア魔法大会に集中できると感じていた。
「こっちも本気で行くよ」
「くっ……」
次の瞬間、防戦一方だったクリスが反撃に出る。
クリスが高速の連撃を繰り出し、アイシィに襲い掛かった。その速さは普段から双剣を訓練していることが一目瞭然なほど速く、鋭い。
急に速く、鋭くなったクリスの双剣を、アイシィはどうしようもできない。クリスの双剣の力はアイシィの見る限り、セイヤと互角だ。そしてアイシィは直前強化合宿中、一度もセイヤに勝つことができなかった。
それはつまり、アイシィはクリスに勝てないという事を意味している。
(厳しい……)
アイシィは心の中でどうにか打開策を考えるが、どれも決定打に足りない。成功するという確信がない作戦を選択するのはリスクが大きすぎる。
となると、アイシィが取れる手段は必然的に逃走となる。だがアイシィは自分に問う。
(ここで逃げていいのか)
状況的には不利なアイシィが逃げることは正しい。しかしアイシィは逃げたくなかった。もしここで自分が逃げたら、セイヤも逃げたと思われているようだったから。
(逃げないで勝つ)
アイシィは新たに覚悟を決めると、まるでセイヤのように双剣を振り始めた。
「逃げないのか」
クリスはアイシィの選択に少しばかり驚いていた。この状況では絶対に逃走を選択すると思われたアイシィだったが、まさか自分に立ち向かってくるとは思いもしなかった。
「受けて立とう」
クリスは高らかと宣言すると、アイシィの双剣に自分の双剣をぶつける。
しかしこの時、既にクリスは自分の勝ちを確信していた。
なぜならクリスにはアイシィの剣が見えていた、というよりも、どこに来るかわかっていたからだ。
アイシィが新たに覚悟をしてクリスを攻めようとすると、アイシィの剣術は自然とセイヤの剣術と同じように変わっていった。それはつまり、アイシィの剣術が完全にセイヤの剣術となったという事だ。
さきほどまでは剣術の中にはアイシィらしさがあったが、今はもう完全にセイヤの剣術である。そしてセイヤと戦ったことのあるクリスにしてみれば、その剣術は既にみたことがあるもので、どのように攻撃してくるかもわかっていた。
だからクリスは剣を重ねるごとに、無意識に油断をしていった。それは注意しようとしても注意できない無意識の油断。いくら意識しようとも、心が勝手に油断してしまう。
そしてその油断をアイシィは感じ取っていた。否、うまく誘導していた。
これはアイシィの作戦だ。正面からの真剣勝負では勝てないと悟ったアイシィは考えた。どうすれば勝てるかと。そしてその答えは相手の隙を突く以外に思い当たらない。
なら、どのようにしてクリスの隙を突くか。相手は一流の双剣使いだ、隙など簡単には見つけられないだろう。だったら、自分で隙を作ってしまえばいい。
セイヤも言っていた。戦いは相手の気づかないところでコントロールするものだと。
なら、どのようにして隙を作るか。それはクリスを油断させればいい。クリスは自分の剣術を見てセイヤが生きていると考えていた。それはつまり、クリスはセイヤと双剣で戦ったことがあるという事だ。
そして、クリスはセイヤの剣術を知っている。
なら、自分がセイヤの剣術を模倣すれば、クリスは勝手に油断するのではないのだろうか。
アイシィはそう考えた。そして現にクリスは無意識のうちに油断をしており、先ほどから少しだが隙も伺える。
(これはチャンス)
アイシィはそこで初めて、セイヤの動きとは違う、自分だけの動きを一連の動作に組み込んだ。
「これは!?」
案の定、クリスの反応が遅れる。アイシィは続けざまにオリジナルの動きを混ぜ込んでいき、クリスを追い込んでいく。
「くっ」
「終わりです。アイス・ド・ランサー」
正面から襲い掛かるアイシィの剣に気を取られていたクリスは後方への警戒を怠っていた。
通常の状態であればその攻撃は避けることができたであろうが、今のクリスはアイシィの連続技に次第に遅れていったため、後方に警戒をすることができなかった。
「しまった……」
気づいた時にはもう遅い。次の瞬間、クリスの胸を後方から氷が貫く。その氷はアイシィが地面からクリスに向かって撃ち出したランスだ。
「戦いは常々周りを見るものです」
「参ったな」
クリスは最後にそう言い残して、光の塵となってリタイヤした。
「危なかった。そろそろ誰かと合流しないと」
アイシィはそんなことを呟きながら、森エリアを進むのであった。
地図上で中心に位置する都市エリア。ここはレイリア魔法大会の会場であるラピス島の中心でもある。
そんな都市エリアに三人の魔法師の姿があった。
二人はアクエリスタン北部にあるホルキナール魔法学園の制服を着た少年たち。
そしてもう一人の魔法師はサラディティウス魔法学園の制服を着た少年、ヂル=ネフラだ。ユアと同じ特級魔法師一族である。
そんな三人だったが、すでに戦闘は終わりを迎えようとしていた。
ヂルから距離をとるように逃げているホルキナール魔法学園の制服を着た少年たち。彼らは都市エリア特有の廃墟をうまく利用してヂルから逃げていた。
一方、ヂルはそんな少年たちのことを余裕そうに歩きながら追っていた。
その鋭い瞳で逃げる少年の一人を睨むと、右手に握っていた魔装銃を構える。全体的に赤く、重心の短い魔装銃はセレナのもつ魔装銃と似てはいないが、同じ魔装銃だ。
ヂルが魔装銃を構えたのを見て、自分が狙われていると理解した少年はすぐに防御魔法を行使して、魔力の壁を自分の前に展開する。
その顔には余裕こそないものの、攻撃を防ぐ気は満々だ。
「弱いな」
そんな少年に対してヂルは一言呟くと、魔装銃の引き金を引いた。
撃ちだされたのは鋭いレーザーだ。セレナの『アトゥートス』に似ているが、ヂルの撃ち出したレーザーは枝分かれせずに一直線で少年に向かっていく。
「そんな単純な攻撃で……なんだと!?」
「やはり弱いな」
少年がレーザーを防いだと思ったその瞬間、少年の展開していた魔力の壁を、ヂルのレーザーはいとも簡単に破り、少年のことも撃ち抜いた。
その圧倒的な攻撃力に少年は驚きながら、光の塵となってリタイヤする。
しかしその瞬間だった。
「貰ったぁぁぁぁ」
丁度少年を撃ち抜いたヂルの後方に突如、もう一人の少年が現れる。その少年の手には魔力を纏った剣が握られており、今のもヂルのことを斬りそうだ。
ヂルの右手に握る魔装銃は前を向いていて対応できない。少年の攻撃はそれを理解しての上だった。だから少年は次の瞬間、驚愕する。
いつの間にかヂルの左手にも魔装銃が握られていたことに。
「気配がバレバレだ」
ヂルが後ろを見ずに魔装銃の引き金を引き、先ほどと同じようにレーザーが撃ち出される。そしてそのレーザーが少年を撃ち抜き、光の塵となってリタイヤさせた。
「全員弱すぎる。もっと強い敵はいないのか」
ヂルはそう言いながら都市エリアを進むのであった。
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