第146話 双剣使いの剣技
三日目の朝、地図上で北西に位置する森エリアでは、一人の少女が息をひそめていた。
「ふぅ……」
大きく一回、息を吐く少女。その際、少女のきれいな水色の髪が揺れる。
きれいな水色の髪を持つどこか無表情な少女は、緑が覆い茂る森の中で目立ちそうに思えるが、その美しい見た目と神秘的な森の姿がどこかマッチしている。
「そろそろ移動しなくちゃ」
少女は小さく呟くと、下していた腰を上げる。
少女が現在いるのは森エリアの中でもかなり緑が覆い茂る区画であり、少女はその区画の一番大きな木の枝の上に座っていた。
レイリア魔法大会が始まってからほとんどの時間を少女は木の上で過ごしてきた。それは見つかるリスクを抑えると同時に狙撃のしやすさ故に。
少女は二日目までに合わせて三人の選手たちを一発の弾で狙い撃ち、リタイヤさせてきた。その腕前は歴戦のスナイパーにも引けを取らないもので、観客たちも、いつ間にか少女の狙撃に目を奪われている。
「見つけた」
そんな少女が腰を上げると、二百メートルほど先に人影を見つけた。
少女が見つけたのは、ウィンディスタン北部にあるセナビア魔法学園の制服を着た金髪の少年。特徴的なのはその少年がかけている眼鏡だ。
その眼鏡をかけた少年は頭のよさそうに見える。
「あれは……」
少女は眼鏡をかけていた少年のことを知っていた。少年は昨年のレイリア魔法大会の優勝メンバーの一人であり、確か名前をクリスという。そして使う魔法は光属性が主だとセイヤに聞いている。
「気づかれていない」
クリスが自分に気づいていないと察するや、少女はすぐに手に持っていた氷のスナイパーライフルをクリスに向けて構える。
スコープレンズから覗くクリスの後頭部は無防備そのもの。クリスは全く気付いた様子もなく、川の水をすくっている。
(いける)
少女はいつでも狙撃できる準備をすると、静かに息を吐く。
「ふぅ~」
やはり何回経験したところで、狙撃というものは緊張する。相手は気づいてない、しかし自分は気づいている。このアドバンテージを有利に使いたいと思い、自然と体が狙撃を急ごうとするが、少女は息を吐き、心を落ち着ける。
「焦ってはダメ。落ち着いて」
自分に言い聞かせるようにつぶやく少女。
やっと自分の心が落ち着いてくることを感じて来ると、少女は氷のスナイパーライフルの引き金に指をかけて覚悟を決める。
「大丈夫、私はできる」
少女は静かにクリスを狙って引き金を引いた。
ボンッ
魔力が暴発した音と共に、氷のスナイパーライフルから撃ちだされた氷の弾が、クリスの後頭部めがけて飛んでいく。
風は無風、クリスも気づいていない。
「きまった」
少女は弾を撃ちだすと同時に、自分の狙撃が成功したと確信した。今から気づいたところでもう遅い。クリスは後ろから飛んでくる氷の弾に対して反応することができない、はずだった。
「気づいているよ」
「!?」
少女は驚愕した。クリスがまるでそう言ったかのように思えるほど華麗に氷の弾を避けたのだ。
自分の存在に気づいていなければ、クリスが氷の弾を避けることはできない。しかし、いつ気づかれたのか、少女にはわからなかった。
少女はずっと木の上にいた。気づかれるタイミングなど――――少女はそこでやっと気づいた。
クリスの目の前を流れていた川の水面に、小さくだが水色の何かが映っていることを。緑の中に輝く水色の何か、それは敵が狙っていると理解させるのにはあまりにも目立ちすぎていた。
「!?」
少女がやっと自分の存在がバレた理由を知った時には、すでにクリスが少女に向かって攻撃をしていた。
少女を目がけて行使された魔法は光属性の魔力を弾状にして撃ちだす魔法だ。合計五発の光属性の魔力で出来た弾が、少女に襲い掛かる。
「アイス・ド・ナイト」
少女はすぐに氷のスナイパーライフルに魔法を行使して、氷のスナイパーライフルから氷の剣を作り出す。そしてその氷の剣で、自分に迫り来る光属性の魔力で出来た弾をすべて防いだ。
「やるね」
クリスが少女にもとに歩きながら近づく。少女は木の上から飛び降りて、クリスの前に姿を現す。
「君は確か、アルセニア魔法学園のアイシィさんだったね。昨年のレイリア魔法大会に訓練生ながら出場していたことを覚えているよ」
「どうも」
アイシィは体面上で挨拶をするが、内心では自分の情報を知られていたことに焦る。すでに先手を防がれている上、自分の情報まで知られているのだ。当然だろう。
「確か君は氷を自在に操っていろいろな武器を作る選手だったよね。昨年は剣と槍を使っていたけど、まさかスナイパーライフルまで使えるようになっているとは驚きだよ」
「くっ……」
研究されている。クリスの何気ない言葉にアイシィは動揺した。一体目の前にいる金髪は私のどこまでを知っているのか。アイシィはそう思わずにはいられなかった。
そして同時に確信する。自分が昨年使った剣技や魔法はおそらく通じないという事を。
研究されている以上、昨年までの自分の力だったらクリスには勝てない。しかし今のアイシィには特訓の成果がある。
「人は成長する」
アイシィは自分に言い聞かせるように呟くと、右手に握っている氷の剣に再び魔法を行使する。
「アイス・ド・アサシン」
すると次の瞬間、アイシィの右手に握られていた氷の剣が二つに分離して形を変え、氷で出来た双剣に姿を変えた。
「これならまだ知らないはず」
「確かに」
どこか面白そうに答えたクリス。彼はアイシィの握る武器を見て、ニヤリと笑みを浮かべると自分の武器を召喚した。
「来い、我が眷属。ラピュスノ」
次の瞬間、クリスの手に握られていた武器は、アイシィの握る武器と同じ双剣だった。これこそがクリスの相棒でもある武器のラピュスノだ。
銀色に輝くラピュスノを構えながらクリスは言う。
「なかなか同じ双剣使いと戦えないから楽しみだよ。それに双剣使いと戦うの自体が半年ぶりぐらいだからね」
「負けない」
二人は地面を蹴って、お互いの双剣をぶつけ合う。
キン、剣と剣がぶつかり合う音が森に響き渡り、二人の熾烈な戦いの幕が上がった。
アイシィが右手に握る氷の剣でクリスの首を刈ろうとするが、クリスが左手に握る剣でアイシィの剣を防ぐ。さらにクリスは右手に握る剣でアイシィに斬りかかるが、アイシィは後方に跳んでそれを回避する。
「上手い」
「君も去年とは違っているみたいだね」
どこかきつそうに双剣を構えるアイシィに対して、クリスは余裕の表情で双剣を構えていた。
それもそのはず、なぜなら二人の間には双剣を使っての戦闘の経験が雲泥の差ほどあるのだから。アイシィが本格的に双剣を使うようになってから、まだ一週間程度しか経っていない。しかしクリスは長年の間、双剣を使ってきた。
経験の差が出てしまうことは仕方のないことである。
「負けない」
「それはこっちのセリフだよ」
アイシィは両手に握る双剣を構えて、地面を思いっきり蹴った。そしてクリスに向かって全速力で突っ込んでいく。
小細工は通じない。それは経験の差がある以上、どうすることもできないものだ。なら、どうすればいいか。そんなのは分かっている。
剣を教えてもらった師であるセイヤ同様、速度で勝つしかない。
アイシィは次々とクリスに対して攻撃を仕掛けていく。たとえ防がれても、次から次へと新しい攻撃を加えていき、クリスの隙を伺う。
(もっと速く、もっと速く)
アイシィは一心不乱にクリスに向かって剣を振り続ける。
(もっと、もっと、先輩のように)
イメージするのはセイヤの剣技。アイシィの中で最強の魔法師であり、最高の師である魔法師だ。
(絶対に負けない)
昨年までのレイリア魔法大会では思いもしなかった感情。けれども、今は違う。この一年を通して色々なことがあった。そしてそれは自分を成長させてくれた。
勝ちたい。
勝利に対する貪欲さが、アイシィのことをさらに成長させていく。
「これは……」
アイシィの剣撃を受け流しながら避けているクリスは言葉を失う。
それはアイシィという少女が昨年までとは全く違った少女になっていた事もだが、それ以上に、アイシィの使う剣技をクリスは知っていたから。
(まさか……この剣技は……)
クリスの中で、ある疑念が生じた。
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