20話 ウラとオモテ
「さて、じゃあ次はウルの話を聞かせて貰おうか」
「……ウルの事情は簡単……寂しかったの」
「………寂しかった?……それは──」
「そう………ロンリーウルフとしてはそれじゃ……ダメなの。
ロンリーウルフは、霊獣だから……一匹だけでも、充分生きて行けるくらい……強いの。
それは実力だけじゃなくて………精神面でも。
でも、ウルは……寂しかった。ずっと1人で。他のロンリーウルフは………わかんないけど………」
まあ、いくら霊獣と言えど例外くらいは存在するだろう。
ウルの場合、それが見た目や強さではなく、『心の強さ』だった訳だ。
「だから………何回も、人間の元に行ってみた………。でも、ロンリーウルフは……自分より強い者にしか……従っちゃいけない………。
ウルに勝てる人に会えなかったの……街に行っても、大人数で遠距離から……攻撃されるの。
ウルは、他の個体より………強いみたいで、警戒されてたの………」
もしかしたら、ウルは精神が弱い代わりにそれを補うだけの強さを手にしているんじゃ無いだろうか?
しかし、皮肉な事にその強さが、人間に警戒され、寂しさを助長させる結果になってしまっている。
せめて、ウルを倒せる強者が居たら良かったのだが、そうなるとその強さに奢る馬鹿に捕まる可能性が高い。
「魔物も沢山襲って来て………ずっと1人であの森をさ迷い続けてたの………。
その内、森に生き物は居なくなって……人間も寄り付かなくなったの……。
暗い森の中で、ずっと1人だった………」
あの森、とは、俺がウルと出会ったあの森の事だろうか。いや、そうだろうな。それ以外ならもっとしっかり説明するだろうし。
「だから、ご主人様に負けた時は……すっごく、嬉しかったの。例えどうなっても……この人について行こうって……思ったの。
昨日も今日も、ずっと憧れてた………街に入る事も出来た……街の中ってこんなだったんだ、って感動した………。
本当に、ご主人様への感謝の気持ちは……いっぱいなの。
これからずーっと、精一杯ご主人様にご奉仕したいの!雑用でも喜んでやる!
…………もう、1人は嫌なの………」
ウルはどうやら心が壊れる寸前だったみたいだな。
あと1年くらいは何とかなったかもしれないが、その保証はどこにもないし、俺は本当にギリギリのタイミングでウルと出会ったのかもしれない。
非現実的なモノはあまり信じたくはないのだが、運命ってのはあるのかもしれないと思ってしまうな。
ウルは俯いてしまっている。
「…………………」
「…………ウル、顔をあげなさい」
「………はい」
しっかりと顔を上げるウル。ブラスと同じように目を泣き腫らして、凛とした顔立ちが台無しになってしまっている。
「いいか、俺は別にお前に雑用なんかさせようなんて思っちゃいない。
それに、付いて来たりするかどうかは俺が決める事じゃない。お前が決めるんだ。
お前がついて来たいのならば俺は拒まないし、その時からお前は俺の仲間だ。
自分の生きたいように生きろ。俺は口を出さない。
人に決められる未来ほどつまらないモノは無い!我が儘に進め!いつ死のうが生きようが良いように生きるんだ!
いいか、人生の勝ち組ってのはな、生きている間が裕福な奴の事じゃない。『死ぬ瞬間に笑ってる奴』が、人生の勝ち組なんだよ。
人の為に生きるな!笑う為に生きろ!」
我ながら、クサイ台詞だと思う。しかし、ウルみたいな奴にはこんな感じの綺麗な言葉が一番沁みるだろう。
ウルは口を開けてポカーンとしていたが、少し経ってからはっとして、凛とした声ではっきりと返事をした。
「……はい!頑張り、ます!」
「おう、頑張れ」
「………早速……」
「………ん?なんだ?」
「んっ」
「あーーーーー!!!!」
ウルはがたんと音を立てながら立ち上がり、俺の横の椅子の上に膝立ちになった。
不思議に思いそっちを見ると、ウルにがしっと顔を掴まれて唇を重ねられた。そしてブラスの絶叫。
ウルは目を閉じていたが、目を開けると一気に真っ赤になった。
「……ご主人様が、動くから……ほっぺにするつもり、だった……のに……」
「…………俺のせいなのか?」
「……ううん。したのは、ウルだし……。
それに、こっちの方が良かった……」
恍惚とした表情で顔に手を当てているウル。
しかしまあ、びっくりした。ウルは意外と積極的だな。でも、こういうのはやめて欲しい。他のお客さんが驚愕の目でこちらを見ている。正直恥ずかしい。
「いいかウル、やっていい事といけない事とかもあるんだから、そのへんはきちんと考えろよ?」
「大丈夫なの。今のは………気持ちが、爆発…したの」
「ずるいずるいずるい!ウルだけずるーーーい!!!」
「あー、うるさいな……分かったからお前もこっちに来い」
「!やったーー!!」
物凄い笑顔でこちらに来るブラス。そんなか?そんなに嬉しい事か?
しょうがないので、ブラスにもキスさせる。
ブラスがどう感じたのかは知らないが、蕩けていたので幸せだったんだろう。少し引いたのは秘密だ。
「………料理が冷めちまったな。どうする?もう一度頼むか?」
「………ウルは、大丈夫なの。もう充分」
「はふぅ………うふふふふ………ご主人様ぁ………」
…………なんかトリップしている。ヤバい。これはかなりヤバいレベルに到達しているんじゃないか?
ブラスはほっといて、ウルは大丈夫だと言っている。ならば大丈夫だろう。
勿体無いが、料理を残して代金を支払い店を出る。足元がフラついているが、ブラスもしっかりと付いて来ている。
そのまま城門に向かい、ギルドカードを提示して外に出る。いずれ2人の分も作らないといけないな。
「よし、じゃあ行くぞ。次の目的地は双子平野に一番近い街だ。
あと………そうだな、1日あれば着くだろう。着いた次の日には双子平野に進行する」
「了解しました!」
「頑張る……!」
うん、やる気があるようで何よりだ。2人とも気合いやる気、共に充分みたいだな。
早速ブラスに形態変化 (フォームチェンジ)してもらい、その背中に飛び乗る。続いてウルも飛び乗ってきたので受け止めてあげる。
「ありがとう、ございます……ご主人様」
「いやいや、俺は主人なんだからこれくらいは当たり前だろう?」
「いいなあ……さっきからウルばっかりずるいずるいずるい!」
「あーもういいから出発しなさい、時間が勿体無いからな」
「はーい………」
渋々と走り出すブラス。俺のどこがそんなにいいのだろうか?理解出来んな。
少し経つと、ウルがはっとして、こちらを向いてきた。
「ん?どうしたんだウル」
「私たちは……どこに向かってるの?」
「さっき言っただろう?双子平野の手前の街だって。それから、双子平野だ」
「ちがう。そのあと」
「あ!ブラスもそれは聞いてませんでした!」
「あー?言ってなかったっけ?
そうか、言ってなかったのか。俺たちが双子平野を越えてから向かうのはイリスだ。分かるだろう?」
するとウルは首をかくんと傾げて良く分からない、といった表情をした。
「分からない」
「私は知ってます!行ったこともありますからね!すっごく大きい国ですよ?」
「ウルは………あー、そうか。ずっと森の中にいたって言ってたな。そりゃ知らないよな。
よし、じゃあその辺も含めて俺がイリスに向かう理由を話そうか。
理由が分かってた方が何かと都合がいいしな」
不必要な部分はところどころ抜かしながら、全て2人に説明した。2人は何度も頷きながら聞いていた。1度、そのせいでブラスがこけそうになったが。危ないのでしっかり前を見て走れと説教すると、しょんぼりしていた。まあ、自業自得なので何も言わない。
試練などのくだりも2人には話していない。多分この2人は、きちんと分かっているつもりでも、どこかで試練だと思ってしまい、気が緩むタイプだ。だからあえて伝えない。これで緊張感を持てるし、攻撃する事などに躊躇する事が無くなるだろう。実践では1秒の躊躇いが命取りとなる場合が多々ある。その1秒が感情から来るものならまだしも、油断から来るものではいけない。そのような緩みを消す為に、死神は敵だとしか言っていない。
まあ、俺も死神と戦う事になってしまったら躊躇わずに死神の命を刈り取りに行くつもりだ。殺らないと殺られる。 『Dead or Alive』、死ぬか生きるか、である。
もちろん殺すつもりである。死神を殺す……生半可な事ではない。だが、必要があるならば俺はそのミッションを遂行するマシンとなる。ただ、それだけだ。
2人、いや、ウルは俺の話を聞いてもたいして変わったそぶりを見せなかった。それはブラスに対しても同じだった。こころなしか、スピードが上がっているようには思える。
「…………ブラス、スピードを上げたか?あまり無茶をしなくてもいいんだぞ?」
「いえ、これくらいなら大丈夫です!それに、早くそのアリス王女を助けて差し上げないといけないんでしょう?
ご主人様の目的が私の目的です!ご主人様がその目的へとたどり着く為ならば、多少の無理はするべきです!
それに、無理と言ってもまだこのまま3時間は走り続ける事が出来ますから!遠慮はしないでください!!」
「………ん。ウルも……ブラスと、同じ気持ち………。
私たちが、出来る限り障害を取り除く………から、ご主人様は死神に……集中、して?」
「………全く、俺の仲間としては出来すぎだぜ?2人とも。
こりゃ、ツバトには今度改めて金でも持って行ってやらねーとな」
ブラスは止まらずに走り続ける。既に1つ目の村が視界に入って来ていた。
─────
その日の夜、ギリギリまで移動していたのでもちろん野宿となる。
俺は野宿が苦な訳では無いので別に構いはしないが、2人の負担になるだろうと思った。しかし、それは杞憂だった。
2人とも獣形態 (アニマルモード)で就寝するのである。その形態ならば地面の硬さも大して気にならなくなるらしい。
俺はウルにもたれ掛からせてもらい眠った。ウルの毛はとても柔らかくしっとりしていて、手触りが良くて温かく、最高だった。この毛で布団とか作ると凄いものが出来上がりそうだ。
やはりブラスが不満そうにしていたが、人間形態 (ヒューマンモード)にさせて俺と同じようにウルにもたれ掛からせて頭を撫でてやるとすぐに眠った。子供なのか大人なのか良く分からない奴だ。まあ、多分6:4で子供だろうな。
俺は2人が寝たのを確認してからその場から離れる。
大体2kmくらい離れた場所で少し魔力を放出して魔物を誘う。少ししてからブラックベアーやゴブリンやらが集まり始めた。
何故俺がこんな事をしているか、それは簡単な理由だ。
体が疼く。ただそれだけ、単純明快な理由である。
死神という強大な敵。相手に不足無し。自分の全力を遠慮せずに出し尽くせる相手とあと少しで戦えるのだ。こんな状況で血が熱くならない男など居るのだろうか?否、居ない訳が無いだろう。
この疼きは、血を見ないと収まらない。血を浴びないと気が済まない。俺の悪い癖だ。
前世では、弱者の為に戦う英雄、聖人君子のような男、なんて事を言われた事もあった。違う。俺はそんなに素晴らしい男じゃない。俺は本能に忠実な、イカレた戦闘狂である。
他人に優しくするのは嫌いではない。むしろ好きであり、他人を助けるのが生きがいと言ってもいいくらいだ。しかし、人間に完璧は存在しないらしい。
聖人君子の裏側は、血を見ないと気が済まないとんだクレイジー野郎だ。
とても極端でまるっきり対極の、2つの顔を持つ男。それができて俺だ。
別にそれを恥じるつもりも、それについて悩んでもいない。裏側の顔が出て来るのは稀だし、何より我慢が出来る。まあ、今回みたいに我慢出来なくなる場合もあるが、そんな時はこうやって血を見れば何とかなる。
「駄目だと頭では分かってる。でも、これを望んでるのは頭以外の全てなんだ。身体が、細胞の一つ一つが血を望んでいる。
だったら、しょうがないよな?生きる為に食べる。生きる為に眠る。生きる為に殺す。生きる為に、つまりは本能。生存本能。
血を見ないと、俺の本能が満たされないんだ。戦士としての、軍人としての、男としての本能が。背けばそれらが死ぬのは分かりきったこと。
俺はお前らに殺されても文句は言わない。ならば、お前らが俺に殺されても、文句は─────無いよな?」
言い終わるや否や、強化した脚で一瞬で移動、ブラックベアーに肉迫する。強化された俺の腕がブラックベアーの心臓を正確に貫き、引き抜き出来た穴から血が噴き出す。
ブラックベアーは死んだ事も分かっていないのか、立ったままである。
次に、横に4匹綺麗に並んでいるゴブリンの首を目掛けて蹴る。4匹全ての首が綺麗に胴体から離れた。4匹の胴体が崩れ落ちる。それと同時にブラックベアーの身体も倒れた。
後ろを見ると、緑色をした巨大な蛇が鎌首をもたげこちらを威嚇していた。体長5mは有りそうだな。確か、Bランクのフォレストサーペントだ。森に紛れて巨大な口で襲ってくる。牙に猛毒も持っていて、その毒を喰らうと90%の確率で死ぬらしい。唯一助かる方法は、上級の回復魔法『オールヒール』を使う事、ただそれだけ。しかも噛まれてから30秒で死亡するらしいので、すぐそばに『オールヒール』を使える奴が居ないと死ぬ訳だ。
そのフォレストサーペントの目の前に移動する。フォレストサーペントは目だけですら俺の動きを追えていないみたいで、ひどく動揺しているかのような素振りを見せた。
上顎を右手で、下顎を左手で持って一気に引き裂いた。後に残ったのは頭側が2つに分かれている蛇の死体だ。何がBランクだ、つまらない。
他にも何体が魔物が集まっていたが、今までの戦いという名の蹂躙を見て、必死で逃げようとしていた。魔物に理性なんぞ存在しないはずなんだが………俺と同じように本能が身体に逃げろと命令を下しているのか?
もちろん逃がすつもりは無い。全て殺す。慈悲なんて言葉は存在しない。
10分ほどで周囲に生き物の気配がしなくなった。つまりは、そう言う事だ。
死体をアナザーディメンションに回収していく。美味いものが幾つかあるし、何よりこんな大量の死体を放置するわけにはいかんからな。
一応、疼きは収まった。しかしこの癖は駄目だな。なんとかしないとな。
「ま、今はいくら考えてもしゃーないわな。
さーて、帰って寝るか………」
2人の周りはマジックミラーでカモフラージュしてあるから、大体大丈夫だろうが、魔力に反応する魔物がマジックミラーを看破するかもしれんからな。
だが、残念な事に途中で獲物を見つけてしまった。いや、この場合は嬉しい事に、が正しいのかも知れないな。
盗賊である。別の道を通り帰ろうとしていたのだが、こんな状況に出くわすとは。
場所は、森の中の開けたキャンプ場のような所で、4人の冒険者らしき服装をした男女が、いかにも盗賊!と言った感じの男約20人に取り囲まれている。中央では火が燃やされており、辺りを照らしている。
冒険者たちはパニック寸前のようだ。身に着けている鎧や剣も新品みたいだし、多分あいつらは新人冒険者なんだろう。
ここで見捨てたら寝付きが悪くなってしまうだろう。しょうがない、助けるか。
しかし、下手に顔を見られて冒険者に探されたりとかされても厄介だ。何か顔を隠す物は………目もとを覆うタイプの黒い仮面があった。アドリガで買ったが、使わなかったやつだ。これを使っておけば大丈夫……だ。多分。髪とか見えるけど。
気休めにしかならない気もするが、しょうがないのでそのまま盗賊たちの前に出る。
ちなみに、6人弓兵が居たが全員音もなく始末しておいた。流石に俺でも力を抑えた状態で20人+弓兵6人を相手にするのはキツい。
「………どうもこんばんは、皆さん」
「あ!?何だテメェは!?すっこんでろガキが!!」
「うるさいお方だ。すみませんが、少し眠っていて下さい」
すぐそばの男が汚らしくつばを撒き散らしながら怒鳴ってきたので顎を拳で打ち抜いておねんねさせる。ほかの奴らからしたら、俺が一瞬で男のそばを通過したと思ったら男が崩れた、といったように見えただろう。
当然、盗賊たちは激昂し、冒険者たちはあんぐりと口を開けてポカーンとしている。
「て、てめぇ!!アンドラに何をしやがった!?」
「あー、うるさいな、モブの名前なんて所望してないんですよ。
命は取りませんから大丈夫ですよ。まあ、あそこの獲物は私が貰いますがね」
そう言ってから冒険者たちを一瞥すると、敵意をこちらに向けてきた。俺も盗賊たちみたいに彼らを襲うとでも思ったのだろうか?まあ、どっちでもいいが。
「くっ!!お、おい!お前ら全員でかかれ!何人かは残ってそいつらを逃がすなよ!!」
「たった10人か………愚か、としか言いようが無いですね」
「………!?どうした!なぜ弓を撃たない!?」
む、リーダーらしき男が先程から手を挙げて何か合図をしているのは気付いていたが、そうか、弓兵に対しての合図だったのか。残念な事に、その弓兵たちもみんな今頃は夢を見ている。
「弓兵ならば先程全員始末しました。ほら、あなたたちもさっさとかかって来なさい。待てど暮らせどその剣を向けるだけで振り上げやしない。それは飾りですかね?」
「野郎!!バカにしやがって!!死ねえええぇぇぇぇえ……ぐはっ!?」
驚愕しているリーダーを放置して雑魚どもを挑発する。簡単に挑発に乗ってくれた。馬鹿のように剣を振り上げて攻めてきたので懐に潜り込みみぞおちに一撃。それだけでそいつは崩れ落ちた。
「もー、めんどくさいんで纏めて片付けちゃいましょうか」
「こ、ここまでコケにされたらもう黙ってられねぇな……野郎共、全員同時にかかれ!!」
全方位から盗賊が襲いかかって来る。よし、じゃあ一網打尽といこうじゃないか。
「『ショット』」
「うっ、ぐああぁぁあ!?」
周りの盗賊たちが同時に吹き飛ばされる。至近距離でゴム散弾を浴びたんだからな、当たり前だ。
何人かの後ろにいた奴らも吹き飛ばされた奴らの巻き添えを喰らっている。そいつらには個別にショットをお見舞いしてやる。
10分ほどで全ての盗賊たちを縄で縛った。なかなかの重労働だった。
冒険者たちはずっと俺を警戒していた。うむ、なかなかいい心構えだ。これで俺を警戒しなかったら冒険者業などすぐにやめたほうがいい。
「あんたは………いや、君は何者だ?」
「残念だが、それに答える理由が存在しません」
リーダーらしき奴がこちらに問いかける。まさに直球の質問だが、それに律儀に答えるようなバカは居ないだろう。居るものならば見てみたい。
「君は只者ではない。それは僕たちでも分かった。決して敵対するつもりは無いが、剣を向ける事は承知してくれ」
「別に構いませんよ。あなたたちからしたら、俺がいつあなたたちを襲うか、とても恐ろしいでしょうからね………フフフフフ」
不敵に笑って見せると、女性2人がひどく動揺していた。男2人は汗を滲ませてはいるが、その気概はなかなかのものだ。
もちろん俺はこいつらを襲うつもりなんて全くない。助けた意味が無くなってしまうじゃないか。
「ま、通りすがったらあなたたちが襲われていたのが見えたので助けただけです。別に下心はありません。
そこらの盗賊はあなたたちの好きにして構いませんよ?身ぐるみを剥ぐのもよし、殺すのもよし、近くの街に突き出して報奨金を貰うのもいいでしょう。
さて、俺はそろそろ帰ります。連れを置いてきてしまっているのでね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!まだ礼も何もしていない!剣も降ろす!だから待ってくれ!!何かお礼がしたいんだ!」
「必要ありません」
冒険者の願い出をばっさりと切り捨てる俺。別にお礼が欲しくて助けた訳じゃない。助けたかったから助けただけだ。礼なんぞ必要ない。
「せ、せめてお名前を!名前をお聞かせ下さい!」
「………俺は名も無き黒仮面だ。余計な詮索するぐらいならさっさと眠っておけ。盗賊の残党がもし居て、攻めて来たら体力が持たないぞ?それじゃあな」
「ああっ!?」
強化した脚で上に飛び、月明かりをバックに木の上を飛び去った。少しカッコつけすぎだろうか?だがせっかくの異世界だ、これくらいは許して貰いたい。
後ほど、中央大陸全土で、謎の黒仮面を着けた美しい金髪を持つ、一人称が『俺』の美少女がいると噂が流れた。
その噂を聞いた俺が1人で悶絶したのはもはや言うまでもないだろう。
─────
翌朝、俺が目覚めて周囲を警戒してから約30分後、ブラスが起床した。まだ目がぼんやりしているので、ほっぺたを抓ってやったら涙目になりながらも覚醒した。
さらにその30分後、ウルが起床した。ウルは寝起きが悪く、起こそうとするブラスと起きようとしないウルとのやり取りがまるで母と子のようで思わず笑ってしまった。
「なにを笑っているんですかご主人様!?」
「いや、お前らなんだかお母さんと子どもみたいだなー、と思って」
「お父さんはご主人様ですか!?」
「なんでそうなるんだ。違うから。
違うから涎を拭きなさい」
ブラスは俺にベタ惚れしてしまっているな。これはいかん。いずれ俺離れさせんとコイツのためにならないし。
「朝は嫌い…………」
「しょうがないだろう?ほら、さっさと飯を食って出発するぞ。
もし行けそうならば今日中にも双子平野に入るぞ。無理そうならば手前の街で宿を取るがな」
そう言いながら3人分の携帯食料を取り出す。
今日の携帯食料はカロリーメ○トモドキである。味はしない。いや、不味いと言っていいだろう。唯一の救いはそんなに硬くない事だろうか?
「あんまり美味しくないです………」
「こら、文句言わずに食べなさい。栄養は抜群みたいだし、安いし、味の面を充分に補えるメリットがあるんだぞ、これには」
「………えーよー?」
ウルが首を傾げながら聞いてくる。ブラスも同じような仕草をしている。
ああもう、2人とも凄く可愛いな!!親バカ?ああそうだよ、俺は親バカだバーカ!!
「あー………そういや栄養の概念はこっちには無かったな。
んー……毎日、野菜や果物を食べないといけないだろ?それには理由があってな?」
適当に栄養の概念を教えてみる。ウルは途中で飽きて携帯食料をもそもそと食べていたが、ブラスは興味津々といった様子で俺の話を聞き入っていた。
「なるほど………ご主人様は博識ですね!!流石は私のご主人様です!!」
「………ご主人様が、凄くすごい……のは分かった………」
「ウル、こんどじっくりとお勉強をしような。逃がさんからな」
「お、お勉強なんて、やだっ!!」
ウルは勉強が嫌いな、典型的な子どもだな。好き嫌いとかも多そうだな。
「だーめ。きっちりと教養を叩き込んでやる!!」
「うう………ブラス〜、助けて〜」
「ダメなのです!!お勉強は大切なのですよ?」
ウルがその後、この世の終わりみたいな顔をしていたが、今回の件で成果を挙げる事が出来たら無しにしてやると言うと、すぐ立ち直っていた。現金な奴だ。
「さあ、目指すは双子平野だ!出発!!」
やっと中間地点だ。まだまだ先は長いが、アリスが助けを求めているはずだ。
必ず救い出してやる!!待ってろよ、アリス、そして死神!!