二十八話
「ちょっと待てよアイツ俺と同い年だよな‼︎ 一年半前って、えっと」
「小学六年生。希愛来の一つ上の時点で婚約者……資産家の子でもないのにか」
「そうっすよね婚約者だなんて金持ちのイメージっす」
暗い雰囲気から一変。各々思い思い発言し主婦の井戸端会議みたいになり、話題を切り出した希愛来は真っ赤に染まる頬を両手で抑えている。
軸屋の疑問は最もだ。皇真の親は両方普通の家柄で政略結婚はありえない。だったらなんだと答えを求め寄せられた視線にセセラギは目を伏せた。一呼吸、息を吐き告げる。
「ごめんなさい。言葉がたらなかったわねん」
婚約者と決まったのは父親ホルガーの事件が起きた直後。そしてその彼女は。
「仲ノ総合病院でずっと眠り続けてる」
植物人間だと言い切るかいなかで、ガタンと大きな音が鳴った。机上のコップが揺れ中に波紋を作る。
「晴樹さん⁇」
わなわなと震える宮下から恐ろしく無機質な声が聞こえた。
「どういう事っすか……それ」
「晴樹さんちょっと」
仲間が暴走族の卑劣な手により怪我をせよ、その能力から戦前には出ない卑怯者と罵られたって、平凡と陰口たたかれようが「仕方ないっすよね」といつも受け流す温和な性格が嘘のような言動にはセセラギも戸惑った。硬直している希愛来や気遣う息吹の声にも気づいていないらしい。
(あららん。これはまずいわね)
目は口ほどに物を言う。机に叩きつけた拳をそのままに、ジッとこちらへ視線定める瞳は怒りに満ちている。
「晴樹」
軸屋のとがめる呼びかけにも耳をかさず、いきどころのない怒りをぶつけるように宮下が叫んだ。
「だって、だってそれって借金の肩代わりって事じゃないっすか‼︎ 五十嵐君はなんも悪くないのに親のせいで」
「その五十嵐君が今ここにいたら」
感情高ぶっている相手へ怒鳴り返すのは逆効果。声にした事で抑制効かなくなりどんどん燃え上がっているだろう怒りの勢いを削ぐ為に、努めて静かな声で語りかける。
「間違いなく彼に殴られてるわよ。君」
「……意味わかんないっす」
子供の喧嘩を止めたいのなら意識を逸らせ。過去の経験から養った知識は興奮した大学生相手にも効くようだ。話を聞く気になった宮下へ畳み掛ける。
「彼の愛を否定してるようなもんだもの」
わざと意味深な言い方すればこちらのもの。真意を測るかのように黙って自分を見ている。訳が分からないとオロオロ視線を迷わせている子供二人には申し訳ないが後で説明しよう。
(慰謝料とか責任とか中学生、ましてや小学生には直ぐにピンっとこないわよねん)
宮下がおとなしくなったところで口を開く。
「皇真君は彼女を愛してるからこそ婚約者になったの」
自分が調べた彼の過ごした日々を語る。
日本に移住して間もない頃、ハーフ特有の容姿から学校でイジメ受けていた。
そんな時寄り添って支えてくれたのが婚約者に当たる彼女。
彼はまるで姫を守る王子に映るぐらい常に一緒にいた。
彼女を幼稚な理由で虐げる子へ拳を振るうのがしょっちゅうあり、容赦を知らない子供の恐ろしさは他校にも噂が渡って親は随分苦労した事を。
「あいつが俺の学校、私立に来たのって」
「一年半前の事件のせいもあるけど、公立だと何かと不都合あったからでしょうねん」
決して許される行為でないが、私立はある程度札束積めば個人の生徒を優遇する所だって存在する。金に困っている母親が敷居高い学校へ息子を入れたのはせめてもの愛情だと、皇真が勉学に励み特待生となり学費浮かしているのは親孝行だと信じたい。
「そして事件が起きた日、病院中に響く声で言ったそうよ」
全身火傷による重症おった彼女は手術を終え一命は取り留めた。けれど医師は無情な現実と選択を迫った。
「遷延性意識障害……重度の昏睡状態で、回復の見込みはありません」
安楽死か延命治療施すか。延命治療は始めればその人物が自然に息をひきとるまで打ち切れず、意識不明のまま生かし続ける事になる。
「一生植物人間にさせるぐらいなら、いっそ」
そんな呟きがどこからかもれる。
この子はまだ生きてる。
ならお前は自分じゃ何にも出来ず筋肉も衰えて醜くなっていくこの子を見ていられるのか。
でも回復する可能性だってゼロじゃ。
医者がありえないと言ってるんだ。自分達の勝手ではなくこの子の為を思って。
小学六年生の子に理解など出来なかった筈だ。しかし大事な子の命が、目の前でヒステリックに叫び合う大人達の決断に委ねられているのを皇真は敏感に感じていた。
『えんめい ちりよ じて下ざい』
涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を床になすりつけ悲願した。
『ぜっだ、いに。じあわ''ぜ する‼︎』
『む''ずめさん、を』
『くださいっ‼︎ おれに‼︎』
テレビで流れていたものの見様見真似、それでも日本語に不慣れな皇真が自分の想い伝える術はこれしかなかった。
莫大な治療費はどうする気だ。子供のお前に何が出来る。殴りかからんとする男を近くにいた医師が抑える。女は仇の息子がふざけるなと憎々しい目でお前が死ねばよかったんだと殺意を浴びせる。
皇真の母親はただ呆然と立ち尽くしていた。
「この後どうなったのかは今が示してるわよねん」
「父親が起こした事件。大体察しつくが詳しく……いや、後で頼む」
渋面つくる軸屋の周りには今にも泣きそうな、実際希愛来は鼻をすすっており、三人を落ち着かせるのが先だと温かいココア淹れたりやら背をさすり息吹と希愛来が帰る頃には日が暮れていた。
***
「もう大丈夫か」
「はいっす。取り乱してすいませんでした」
「珍しいわよねん。君が怒るなんて」
「……八つ当たりしてすいませんでした」
皮肉で言ったわけではなかったのだが、宮下は向かいの席に座る軸屋と斜め前のパソコン机で資料纏めるセセラギに頭を下げる。
「気にしてないわ。私の話す順番も悪かったのよん」
「で、何かあったんだろ」
まだまだ配慮すべき事多い歳である子供が帰宅して三人だけになった空間に、宮下はポツリポツリ心の内を話してくれた。
「西園寺との戦いで……僕、守られたんっす」
防御壁の性質上、仲間を守るのが己に課せられた役目だ。わかっている。だが負傷して担ぎ込まれる人がたまにさげすむ視線投げるのだ「アンタは楽でいいよな」って。普段陰口囁く奴らが堂々と戦ってる姿にムカつくんだ。
でも仲間だからそんな嫉妬や馬鹿にする視線気づかないふりして守るのに集中する……なんて嘘で。鉄壁を誇ってるからこそ幹部の地位にいれる平凡な自分が唯一胸張れる場所を、見下す連中に奪われたくないだけ。
幹部以外仲間とか思った事がない。実を言えばその幹部にすら奴らと同じように、嫉妬してる。
こんな情けない思い抱いてるせいか部下が慕うのは息吹だ。
こんな容姿の為か大事にされてるのは可愛いらしい希愛来だ。
戦場には出ないセセラギだって皆に豊富な情報を与え信頼されてる。
圧倒的なカリスマ持つ軸屋はいつも憧れの対象である。
個の魅力がない。超能力者になり得たのは激しい自己嫌悪だった。LEP使えど自分は変わらない現実が寂しくて悔しくて、辛かった。
「頼ってくれたんっすよ」
ただ応援を待つしか出来ない自分に向けられた真っ直ぐな瞳。
『タイミング任せる』
LEPの戦闘、しかも相手は敵幹部。危機的状況に素人を単独で行かせる経験者へ軽蔑もせず信じて、文字通り自分に決断を委ねた。
「正直頼られるのがあんな大変とは思わなかったっす」
間違っていたらどうしよう。本当にこれでいいのか。初めて味わう心臓を押しつぶすプレッシャーは不安もあったが、その分満ち足りた気分もあった。
「終わったぁ〜って気抜いたら、西園寺しぶとくて」
LEPは集中がものをいうが、ずっと気を張り巡らせ続けはしない。
去年の夏。大きな抗争があった。その時怪我を負った宮下へ、周りは防御壁能力者が何してんだと呆れた目をした。端から自分を守る概念がない態度は絶望に似た衝撃で宮下の頭を揺さぶった。
「守って……くれたんっすよ」
ケタケタ笑う西園寺が怖くただ震える自分を、それが当然のように皇真は目の前に立っていた。
「こんな僕でも五十嵐君となら背中合わせで戦える。だからあの子は指令とか関係なく、守りたい。守ろうって決めてて、その、つい……」
すいませんと話しを締めくくり、しょげる宮下の横でセセラギは軸屋へ目配せる。
宮下がケイサツに入り一年と少し。
共に戦うメンバーを仲間とは思っていない。幹部にすら後ろめたい感情抱き接している。
両拳を膝に乗せ軸屋の言葉を待つ宮下は誰にも言えずにいたんだろう。皇真という存在がいて初めて打ち明けられた本音。息吹と希愛来が聞けばショックで寝込むかもしれぬが……。
(私達、最初っから知ってるのよねん。君が苦しんでたのもその原因も)
今更感が否めない。
(匠さんも一緒みたい。参っちゃうわ)
実に困るのだ。宮下の心境の変化は。
「五十嵐君が大切だって言うお前の気持ちはわかった」
世間話のついでに多少ぐらい相談乗れど、ここはメンタルクリニックではない。胸に潜む暗い部分に触れず相槌を打つに留まる。
「信頼できる人がいるのは安心するものねん」
「ハイっす」
「だがお前もう一つの役目忘れてないか」
きょとんとし、軸屋を見つめた宮下はケロリと言った。
「監察官として裏切り者を見つけたら報告っすよね」
「今のターゲットは誰かしらん」
自覚を促そうと厳しい心構えで意地悪な問いをしたセセラギは面喰らう。
「五十嵐君っす」
宮下は晴れ晴れとした顔で信頼する人物の名前を断言した。