神の子ども達
それからしばらく、私とアルドンサは、モニカの後をついていった。
長い廊下を抜け、階段をいくつか通り、段々と薄暗い場所へと私達は連れて行かれているようだった。
「シスターモニカ。一体どこまで連れて行かれるんですか?」
しびれを切らしたアルドンサが、イラ付いた様子で訊ねた。
「え? あぁ~、ごめんなさい~。そろそろ、着きますよぉ~」
モニカがそう応えた後、さらにしばらく歩くと、小さな部屋の前で、モニカは足を止めた。
「ああ、ここですぅ~」
そういってモニカは扉を三回ノックする。
「みなさぁ~ん。私ですぅ~。モニカですよぉ~」
すると、扉がいきなり開いた。
「え?」
私は思わず声を漏らしてしまった。
開かれた扉の先に立っていたのは、
「……子ども?」
子どもだった。
といっても、先ほどのお子様王様よりもさらに小さな子供。
それこそ、5つや6つといった程度の幼子たちであった。
そして、子ども達は一様に、暗い目つきで私達を見ていた。
「さぁ、みなさぁ~ん。元気にしていましたかぁ~?」
しかし、子ども達は返事をしない。
なんだろう、この子ども達は……まるで元気がないというか……
子どもらしい明るさや無邪気さをまるで備えていないという感じだ。
「さぁ、お二人さん、部屋の中にはいってください~」
モニカはそう言うと部屋の中に入っていった。
私達もそれに続く。
部屋の中にはさらに多くの子ども達がいた。
しかし、皆一様に暗い目つきで私達を見ている。
「シスター……これは……」
「この子達は、『神の子ども達』ですよぉ~」
「神の……子ども?」
「はい~、みなさ~ん、今日は神様にお祈りはすませましたかぁ~?」
子ども達は無言のままにモニカに向かって小さく頷いた。
「それは結構です~。もうすぐ夕食の時間ですからねぇ~。夕食の前にも、もう一度キチンと、神様にお祈りを捧げるんですよぉ~」
子ども達は再度何も言わずに頷いた。
それを見ると満足そうにモニカは部屋を出る。
私達も慌ててその後を追う。
私はその一瞬だけ、振り返って子ども達を見た。
子ども達の視線はやはり、暗く、どこまでも底が見えないような井戸の奥の黒さのように不安な色をしていた。
「あの子達は、捨て子なんですよぉ~」
大聖堂の礼拝堂に戻ってきてから、モニカはそう言った。
「捨て子? シスターは捨て子の面倒を見ているのか?」
アルドンサが訊ねる。
「面倒なんてそんなぁ~、私はただ彼らに神に祈る場所を提供しているだけですよぉ~」
「しかし、さきほどの様子だと、食事も提供しているのだろう?」
「えぇ、簡単なものですけどねぇ~。アルドンサさん。私さっき、この国の人たちは皆幸せだといいましたよねぇ~?」
「え? あ、ああ。言っていたな」
すると、モニカは一旦を間を置いてから、天上を見上げてゆっくりと口を開く。
「私だって、そんなことはないってわかっています~。ですけど、そうであってほしいと思っているんですよぉ~。だから、私は、神に仕えるものとして、この国住んでいる人たちは幸せであると、言っておきたいんですぅ~」
相変らず口調は間延びしていたが、その目つきはどこか悲しげで本当にすべての人の幸福を願っているようだった。
「そ、そうなのか……シスター。すまない……私は……」
「いいんですよぉ~。アルドンサさん。でも、これで少しは私の神への行いを理解していただければ幸いですぅ~」
モニカは笑顔でそう言った。アルドンサも先ほどとは打って変わって優しげに微笑んでいる。
どうやら、完全にモニカを聖人として信用したらしい。
しかし、私は違った。
明らかに違和感がある。
子ども達のあの目。
私はあの目を見たことがあるからだ。
どこまでも寂しく、絶望的なあの目……
そんな子ども達に神の祈る場所を提供しているという聖女……
私にはどうしても、目の前の「女神」が完全無欠の聖人だとは思えなかった。
もっとも、私はマリアンナとの旅で、神などいないということをあまりにも強くわからされてしまったからというのもあるのかもしれない。
だから、モニカを偽善者であると決め付けるわけではないのだが……
「では、シスター。私達はこれで」
「はい~。では、またぁ~」
私とアルドンサは礼拝堂を後にした。
帰り際、私はモニカの方を振り返った。
モニカも未だに私を見ていたので、私とモニカの視線が正面からぶつかる。
「ん~? どうしましたかぁ~?」
おっとりとした雰囲気のままでモニカは尋ねる。
「……いや、なんでもない」
「うふふ~、そうですかぁ~。それにしても~、シャルルさんは、あの騎士様とは違って、お間抜けさんではないようですねぇ~」
「……何だと?」
聞き間違いかと思って私は思わず驚いた。
しかし、モニカは何も言わずにそのまま私に背を向けた。
礼拝堂の中を歩く彼女を、先ほどと同じように信者たちが取り囲む。
それに対応する彼女の表情はそれこそ、慈悲に溢れている。
だが、どうにも私にはその笑顔が嫌な予感を想起させて仕方ない……
「シャルル?」
と、アルドンサの声が聞こえてきた。
「あ、ああ。すまない。行こうか」
私とアルドンサは再び馬車に乗り込み、大聖堂を後にした。




