カルリオン家の人々 10
「……ほぉ」
公爵は顔色一つ変えずにそう言った。
私としてはそんな言葉を言ってしまった後も、心臓がバクバクと脈打っていた。
「なるほど……我が娘を愛している、と。だが、君は昼に言ったよな? アルドンサとは結婚できないと」
「え……ええ」
「だとするとおかしな話じゃないか? 君はアルドンサを愛している。それなのに結婚はできない……なんだかそれじゃあ、アルドンサと関係は続けたいけれど、結婚は面倒だからしたくないみたいじゃないか? え? どうなんだい?」
公爵は勤めて冷静に話している風であったが、その瞳の奥には怒りともとれるような色が見て取れた。
しかし、無論私とて、そう言う意味でそんなことを言ったわけではない。
「……公爵。私はアルドンサとの結婚を面倒だなどと、一度も思ったことはありません」
「それならば、なぜ結婚したくないんだ?」
「結婚したくないのではありません……今は、できないのです」
「できない? なぜ?」
私は少し間を置いてから、一呼吸して、公爵の方を再び見た。
「……私はまだ、幸せになっていけないと思うのです」
「なんだって?」
公爵は怪訝そうな顔をした。
私は構わずに先を続ける。
「仮にアルドンサと私が結婚したとしましょう。すると、おそらく私は幸せになるでしょう。それは、アルドンサとのこれまでの旅を思い返せばわかることです……ですが、私にはまだやることがある」
「やること? まさか、君……昼の話か? わかった……仮に革命を目論む集団がいるとしよう。だが、君がそれに関わる必要があるのか? そういうことは、私や国の騎士団に任せておけばいいことで――」
公爵がそういい終わらないうちに、私は立ち上がってしまった。
そんな私の行動に、公爵、そして、両隣の執事とメイドは目を丸くする。
「公爵。ダメなのです。私には……それに関わる必要があるのです!」
きっぱりと私はそう言った。
公爵はしばらく私のことをジッと見ていた。私も同じように見返す。
「……ふっ。はっはっは!」
と、いきなり公爵は笑い出した。
「旦那様。いかがされましたか?」
執事が不思議そうに尋ねる。
「いや……面白いと思ってね」
「はい? 面白い?」
公爵は笑いすぎて目に溜まった涙を拭いながら私を見る。
「ああ。王国一の貴族と今すぐにでも結婚を許されているというのに、あくまでそれを拒否している目の前の若者がだよ」
「はぁ。左様でございますか」
サンソンは理解できないようだったが、公爵はなんだか満足そうだった。
「そうだ。まったく……シャルル君。君は強情なヤツだ。わかった。そこまで言うなら今すぐにとは言わない。だが、これからは君はアルドンサ・カルリオンの許婚として振舞いたまえよ」
「え……そ、それじゃあ……」
「はぁ……私は疲れた。そろそろ寝るとしよう。サンソン、行くぞ」
そういって公爵は執事と共に広間から出て行った。
「……はぁ」
公爵が出て行った瞬間、私は自然と大きく溜息を漏らしてしまった。
「……お見事、でしたね」
と、まだ残っていたソフィアが感心したようにそう言った。
「え? あ、あはは……そうかな?」
「ええ……旦那様にあそこまで言えるなんて……シャルル様、私はどうやらアナタを少し見くびっていたようです……お嬢様の『ご友人』として、認めましょう」
「ご友人? さっき公爵からは許婚と言われたんだが?」
「それは……わ、私は、まだ認めておりませんよ!」
ソフィアは頬を膨らませてそう言った。
そんなソフィアを見ていると、ようやくホッとした気分になることができた。
「さて……部屋に戻るか」
「そうですよね。私もお供しましょう」
そうして私とソフィアは広間を出ようとして、扉を開けた。
「……え?」
しかし、ここで予想外のことが起きた。
「……あ、アルドンサ?」
扉を開けた先には、寝巻き姿のアルドンサが、恥ずかしそうな顔をして立っていた。




