カルリオン家の人々 9
ソフィアが私を連れて来たのは、やはり昼間私と公爵が話した広間の扉の前であった。
「さぁ、シャルル様。お入りください」
さすがに躊躇われたが、かといってこのまま扉の前にいるわけにもいかない。
私は扉をゆっくりと押して中に入った。
広間は長いテーブルの上にある燭台の灯りだけが、暗い部屋を照らしている状態だった。
そして、その長いテーブルを挟んで部屋の向こう側に、待ち構えていたかのようなカルリオン公爵の姿があった。
その傍らには鋭い目つきの執事サンソンも控えている。
「やぁ、シャルル君。座りたまえ」
言われるままに私は近くにあった椅子に腰を降ろす。
すると、ソフィアはそのまま私の側を通り過ぎて公爵の側に立った。
「さて……先に謝っておこう。すまなかった」
「……え?」
公爵はいきなり私に向かって頭を下げてきた。
意味がわからず私は混乱する。
「え……公爵? なぜ謝るのです?」
「ああ、いや……私も昼間はついカッとなってしまったようだ。公爵の身分にありながら申し訳なかった」
「あ、いえ、そんな……私は、その……公爵が怒っても当然のことを言ったわけですし」
「……シャルル君。君は……アルドンサと結婚する気はないのか?」
そう訊ねてくる公爵に、私は少し戸惑ってから応える。
「公爵。その質問に答える前に、一つ聞いてもよいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
「公爵は、私がどのような素性のものか、なぜお聞きにならないのですか?」
「何? 君の……身分だって?」
「ええ。屋敷に来たときの私は、どう見たって貴族の子息には見えませんでした。普通でしたらカルリオン家の屋敷になど入れないはずの格好でした。それなのに、私はこうやって今も屋敷の中にいます。なぜですか?」
すると、公爵は少し黙って大きく息を吐き出してから、私を見る。
「いや……昼間はああいったが、本当は決めていたんだ」
「何を、ですか?」
「可愛い我が娘アルドンサが連れてきた男なら、どんなヤツでも無条件で迎え入れよう、ってね。それがあの子の父親を死に追いやった私があの子にできる最後の親としての行為だと、ね」
公爵がそう言うと、その場を沈黙が支配した。
私もそれに対してどう応えればいいのかわからなかった。
公爵がまさかそんなことを言ってくるとは思ってみなかったからである。
「聞いているんだろう? アルドンサから。私は彼女の実の父じゃない」
「……はい。聞いています」
私は重い口を開いてようやくそう応えた。
「そうか。なら話は早いな……サンソン、あれからもうどれくらい経つんだ?」
「かれこれ15年でございます」
「そうか……15年か……」
公爵は遠い目をしながら天上を見上げた。
「……あれはシュレスヴィヒ領最後の攻略戦のことだった。いざ最終決戦という時に手紙が来たんだよ。なんとそれは敵のヴィッテンベルク伯爵だった。今更命乞いなど見苦しいと思ったが、手紙の内容はそうではなかった。彼は自分の一人娘、クリームヒルトの命だけは救って欲しいと言ってきた。息子を戦争で亡くし、その悲しみから妻が死んだ直後であった私に、伯爵はその一人娘を捧げると言ってきたんだよ。まぁ、その時はそんな話、受け入れるはずもなかった。君だってわかるだろ? 敵の娘を自分の娘にするだなんて、いつその娘に復讐をされるかわかったもんじゃないんだから」
「え、ええ……そうですね」
「だが、気が変わったんだよ。なぜかわかるか?」
すると公爵は満足そうに笑いながら私を見た。
「実際にその娘に会ったからだ。娘は伯爵の勅使によって我が屋敷に連れてこられた。その時のアルドンサ……いや、クリームヒルトは実に素晴らしかった。もうすぐ父親の命を奪おうという相手に対し一切物怖じせず、むしろ、睨みつけてきたのだ。私は思ったよ。男ならば稀代の勇者になったであろうとね。だから、私はその子を引き取り、アルドンサの名を付け、カルリオンの娘にしたのだ」
話がひと段落すると、公爵は少し話し疲れようで大きく伸びをした。
「しかし、問題はここからだった。娘にしたはいいものの、まったくアルドンサは心を開こうとしなかった。そうだよな? サンソン?」
「ええ。勉強も鍛錬もキチンとこなすのですが、まるで子供らしさがありませんでした」
「そうそう。だから、私達は分かったんだよ。この子は、自分の父親、家族の命を奪った私達に怒っているんだとね。そんなあの子に対して私達は……まぁ、優しくすることしかできなかった」
公爵は少し悲しそうに俯いた。
「私はあの子に自分の息子以上の愛情をそそいできたつもりだった……しかし、それも今考えてみればあの子に対する罪滅ぼしだったのかもしれんな……」
「公爵……」
「……と、まぁ、長い話になったが、私が君を受け入れたのはそのような理由だ。いや、もっと話したいことは一杯ある。だが、アルドンサがこの家に着てから15年間は私やここにいるサンソン、ソフィアにとってかけがえのない時間で、話そうと思ったらそれこそ15年間かかってしまうだろうからやめておくよ」
公爵はそういってニッコリと笑った。
傷だらけの顔に似つかわしくないその笑顔は、とても優しそうに見えた。
「……だから、私が君に聞きたいのは君の素性じゃない。一つだけだ……アルドンサと結婚する気はあるのかい?」
公爵は確認するようにゆっくりと私に訊ねてきた。
私の心に、その言葉は重くずっしりと響いてきた。
「……公爵」
「ああ。なんだい?」
私は顔をあげて公爵を見た。
「……私は、貴殿のご息女アルドンサ・カルリオンのことが好き……いや、そうじゃないな。はっきり言いましょう。私は、彼女のことを……愛しています」




