カルリオン家の人々 6
それからしばらく、私は部屋の中で待機していた。
カルリオン公爵は出て行ったままで戻って来なかった。私としては一人この部屋で待機しているのは、この上なく居心地の悪いことであったので、誰でもいいからとにかく部屋に入ってきてほしいと思っていた。
そんな矢先のことだった。
「シャルル!」
部屋の扉が開いて聞こえて来たのはアルドンサの声だった。
「ああ。アルドンサ……アルドンサ?」
私は振り返って返事をしようとした。
しかし、そこで言葉が詰まった。
その理由はといえば、私の視線の先にいたのは、蒼い目が覚めるようなドレスを纏った、絶世の美少女だったからである。
……いや。絶世というのは少し過激な表現だとは思うが。
「大丈夫だったか? 父上に何か言われなかったか?」
「え……あ、ああ。大丈夫だった」
私は思わずその美少女に見蕩れてしまい、ただ間抜けに返事をすることしかできなかった。
「そうか。よかった……ああ。そうだ。シャルル。お前も着替えた方がいい。その服は汚れているし、安物だろう?」
「え? あ、ああ……そ、そうだが……」
「なら、ソフィアに言って適当な服を持ってこさせよう。お前も一緒に来い」
そう言ってアルドンサは私の手を掴んだ。
その時明確に心臓が一段高く跳ね飛ぶのを、私は実感した。
「ん? どうした?」
「あ……すまないんだが……君は、アルドンサ……だよな?」
私がそういうと、ドレスの美少女はキョトンとした反応だったが、私の言わんとしていることを理解したようで、頬を膨らませて私を睨んだ。
「なんだ? お前にとってのアルドンサ・カルリオンというのは甲冑に身を包み、小汚い服を着ている少女のことなのか?」
「あ、ああ、いや、そういうわけでは……ないのだが」
私が慌てて否定すると、アルドンサはニカッと歯をむき出して笑った。
「照れているのだな。可愛いヤツめ。ほら、行くぞ。お前にも似合う服を見繕ってやろう」
私は、言われるがままアルドンサに手を引かれて、ようやく部屋を出ることが出来た。
そして、その後、メイド長のソフィアのこの上なく不機嫌そうな態度になんとか堪えながら、私も服を新調することとなった。
新調といっても、同じような新しい服に変えるだけで別段目新しい服になった、というわけではなかったのだが。
「うむ! これでお前もようやくこの街の人間らしくなったな」
しかし、アルドンサは満足そうにそう言ったので私もとりあえずそういうことと納得することにした。
「さて……ソフィア。そろそろ夕食の時間なのではないか?」
「え? ああ。そうですね……で、シャルル『様』もお召しになるので?」
「様」の部分をわざとらしく強調して、ソフィアは訊ねてきた。
「おいおい。ソフィア、シャルルはいわば私の客人ようなものだぞ? お召しになるに決まっているじゃないか」
「……かしこまりました。お嬢様がそうおっしゃるのでしたら、そのように致します」
そういってソフィアは、私とアルドンサの前から足早に去っていった。
途中振り返って私を睨んだかと思うと、そのまま盛大に再びコケたのだが。
「……はぁ。まったく……すまないな。カルリオンの家の人間というのは誰も彼も変わっていてな」
「あはは……いや。そんなことはない。皆良い人じゃないか」
「良い人、か……お前がそう言ってくれるなら幾分私の気持ちも楽になるよ」
溜息をつきながらアルドンサはそう言った。
しかし、私はつい先ほどの公爵とのやり取りを思い出す。
結婚、か……
そんなことは遠い未来の話だと、私は思っていた。
しかし、今私の前には、その未来の話を現実にしようと話してくる少女がいる。
彼女は私にとってかけがえのない存在であるし、何度も私を救ってくれた。
だから、結婚しろと言われれば、むしろ、喜んでしたいくらいである。
だが、問題があった。
今の私は、果たして結婚をしていいのだろうか?
アルドンサと幸せになって、いいのだろうか?
アルドンサには申し訳ない話であったが、幸せというのを考えたときに脳裏に浮ぶのは、あの黒いシスターのことであった。
「シャルル?」
「え? あ、ああ。なんだ?」
「どうした? 暗い顔をして」
「ああ……いや。少し考え事をな」
「そうか……まぁ、確かに革命都市については、考えなければいけないものな……」
そう。そして、何より、革命だ。
この国には現実問題として危機が迫っている。
そんな状況下で自分の幸せに対する態度、気持ちなんてわかるはずもないのだ。
「……といっても、悩んでいても仕方ないだろう。とにかく飯だ。さぁ、行くぞ」
「あ、ああ。そうだな」
そうして、私とアルドンサは、屋敷の食堂に向かった。




