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カルリオン家の人々 2

 サンソンの後ろについてやってきたのは、豪壮な屋敷の玄関扉の前であった。

 豪壮な屋敷にふさわしいきらびやかな装飾が施されたそれは、元貴族の私であっても、扉の取っ手に手をかけること自体遠慮させるほどの出来であった。


「さぁ、お嬢様。広間で旦那様がお待ちです」


 サンソンはそういい扉を開けた。

 私とアルドンサは共に扉の中に入る。

 屋敷の中は、家とは思えないほどの広さだった。

 頭上高くに天井が広がり、玄関から見渡しただけでも、一階とニ階、それぞれに十以上の扉が見えた。


「すごいな……この家は」

「はっはっは! それはそうだ! ブランダ王国一の名将、カルリオン公爵の家だ。その武勲を示すほどの豪壮さであって当然だろう」

「ま、まぁ、そうなんだが……予想以上というか、なんというか……」

「まぁ、そんな遠慮することはないぞ。この家の主はもうすぐお前になるのだからな」


 そう言ってアルドンサは軽くウィンクした。

 私は半笑いでそれに返した。


「お嬢様。広間へどうぞ」


 急かすように背後からサンソンの声が聞こえた。

 私とアルドンサはそのまま歩き出す。

 広間へは、まず階段を上り、長い廊下を渡ることになった。

 廊下はどこまでも続いているように思え、壁には明らかに名のある画家が書いたと思われる絵画が並んでいた。

 おまけに廊下の窓を何人ものメイドたちが賢明に掃除している。フロベールの家にもメイドはいたが、廊下で働いている人数だけでも、フロベールのメイドを軽く超えている。

 これが真に頂点に立つ貴族なのか……私はあまりのことにフワフワした感覚に捉われていた。

 まるで地に足が着いていないような、そんな感覚だ。


「シャルル」


 と、そんな私にアルドンサが声をかけてくる。


「あ、ああ。すまない」

「着いたぞ。この先に父上がいる」


 いつの間に目の前には扉があった。どうやらここが広間のようだ。

 アルドンサの表情は真剣だった。私も唾を飲む。

 カルリオン公爵……歴戦の勇者ともなれば一体どんな強面の人物なのか。


「くれぐれも、失礼のないようにお願いしますよ」


 サンソンが感じ悪く釘を刺し、扉の取っ手に手をかけ、それを開けた。

 その先にあった広間も、これまた大きく、私の目の前には長いテーブルがあった。

 そのテーブルの向こう側に、一人の男性が座っている。

 直感的にそれが、カルリオン公爵だとわかった。

 そして、カルリオン公爵は、予想通り、強面だった。

 顔には幾つもの傷があり、獲物を狙う獣のような鋭い目つきをして、こっちを見ている。

 私は心臓が高鳴るのを感じた。


「旦那様。お嬢様がお帰りです」


 サンソンが淡々とそう言った。

 すると、カルリオン公爵は立ち上がった。そして、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 そして、私とアルドンサの前に立った。


「父上。ただいま帰りました」


 アルドンサが凛々しい声でそう言った。

 公爵は厳しい目つきでアルドンサを見ていた……が、ふいにその目つきがふっと柔らかくなった。


「……アルドンサ! どうして父に何も言わずに家出なんてしたんだ!?」


 そして、次の瞬間公爵は、この上なく心配そうにアルドンサに訊ねた。

 その口調は、先ほどまでの恐ろしい威厳をすべて吹き飛ばすくらいのなんだか普通の父親のようなそれだった。


「騎士道修行のためです。ダメでしたでしょうか?」

「ダメに決まっているじゃないか! まったく……アルドンサ。私はお前に危険な目に合って欲しくないんだよ。どうして父を心配させるようなことをするんだい?」

「父上。お言葉ですが、私も既に一人前です。そのような心配は不要です」

「一人前? 何を言っているんだ、私の可愛いアルドンサ……いいかい? お前は女の子らしく、父の目が届く安全な場所で過ごしてくれないと、私が困るんだよ?」


 アルドンサの顔を見ると、相当辟易しているようだった。

 なるほど……天下の公爵も、娘に関して相当心配症らしい。

 まぁ、実の娘でない分、公爵としても何か思うところがるのかもしれないが……


「……で、君は誰かな?」


 と、そんな風に思っていると、いきなり私に矛先が向いた。

 カルリオン公爵はアルドンサに対するのとは違う、先ほどと同じような鋭い目つきで私を見ている。


「あ……え、えっと……わ、私は……」

「彼はシャルル。私の将来の夫になる人だ」


 瞬間、その場を沈黙が支配した。

 私は青い顔でアルドンサを見る。サンソンは表情一つ変えずにその場に立っていた。

 そして、公爵は……


「……将来の……夫?」

「はい、父上。私とシャルルは将来を誓い合った関係です」


 カルリオン公爵は無言で俯いている。

 不味い。絶対に不味い。私は死を覚悟した。

 しかし……


「……そ、そんな……あ、アルドンサが……将来を誓い合ったって……」


 ふらふらとよろめきながら、公爵は近くの椅子に座り込んでしまった。


「旦那様。大丈夫でございますか?」


 サンソンがすかさず主人の元に駆け寄る。


「サンソン……聞いたか? アルドンサが……」

「はい。将来を誓い合った人を連れてきた、と」

「そんな……アルドンサが……結婚するってことか? そ、そんな……信じられない……」


 公爵はそのまま俯いてしまった。

 どうやら、相当にショックだったらしい。


「お嬢様。シャルル……様」


 と、主人の容態を重く見た執事サンソンが私達のほうに顔を向ける。


「旦那様はお話できない状態です。申し訳ございませんが、お部屋を出てお待ち下さい」

「あ……え、えっと……わ、私は――」

「分かった。サンソン。父上を頼むぞ」


 そういってアルドンサはそのまま部屋を出て行ってしまった。

 仕方がないので私もその後に続く。


「よし。これで一段落だな」

「え……アルドンサ、良かったのか?」

「ん? 何がだ?」

「だって、公爵……相当ショックを受けていたようだぞ?」

「ああ。それはそうだろう。公爵は私を実の娘のように可愛がって来たんだ。しかも、一般的な父親のそれよりも異常と言えるほどに可愛がってきた。そんな人が娘が結婚という話を持ってくればショックを受けるのは当然だろう」

「え……じゃ、じゃあなんでそんな話を……」

「そりゃあ、いつか話さなければいけない話なんだ。仕方ないだろう?」


 悪びれた様子もなく、アルドンサは私にそう言った。

 ああ、そうだ……アルドンサはこういうヤツだったな。

 私はとりあえずアルドンサの言う通り、一段落住んだことに安堵して大きく溜息をついた。

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