革命都市 9
「随分と遅かったな」
「申し訳ありません。少し、シャルル様と二人きりの時間を楽しみたかったものですから」
「ふぅん。そうか」
興味なさげにマリアンナはそう言った。
マリアンナのその言葉を聞くと、エリスはニッコリと笑い、私に頭を下げる。
「では、シャルル様。ワタクシはこれで」
「あ……ああ」
私が唖然としていると、そのままエリスは夜の闇へと消えて行った。
私とマリアンナだけその場に残される。
「おい」
マリアンナがぶしつけに私と呼びつける。
「な、なんだ?」
「何してきたんだ? エリスと」
「え? あ、ああ……クリスタに、会った」
「クリスタ? アイツ何か言ってたか?」
「えっと……私に興味があるようだった」
「お前に? 変なヤツだな。アイツも」
「ああ。でも……すぐに興味を失くしたよ。私がアイツにとっては普通の人間だったらしい」
マリアンナはその蒼い瞳で、私を見ている。
私は、そのままその瞳の中に吸い込まれてしまいそうな感覚に陥った。
「そうか。まぁ、お前は普通、というか変なヤツだからな」
「あ、あはは……そうだな」
「で、お前、私がいなくなった後、アルドンサとよろしくやったのか?」
「……へ? よ、よろしくって……わ、私は、別に……」
「なんだ。やってないのか? 男と女が二人になれば、やるものじゃないのか?」
「……マリアンナ。お前、それどういう意味かわかって言っているのか?」
「ああ、わかっている」
そういわれてしまうと何も言えなくなってしまうので、それ以上私は聞くのをやめた。
そして、しばらくの間を置いてから、私はもっとも聞きたいことを聞くことにした。
「……なぜ、私を置いていった?」
マリアンナが私の方を見る。
思い出すのはエリスの言葉だった。
私がアルドンサと共に旅をしたから、アルドンサを優遇しているように見えたから……
マリアンナはそんな風に思っていたのだろうか?
「さぁな。置いていきたかったから置いていったのさ」
しかし、マリアンナの返答は私の期待のものではなかった。
「……え? お、お前、それじゃ理由になってないぞ」
「だから、言っただろ。置いていきたかったから置いていった。理由なんてない」
マリアンナの言葉には、どこか含みがあるようだった。
ちゃんとした理由があるという風に私には思えて仕方なかったのだ。
「……そうか」
しかし、その時の私にはそれ以上詮索する気になれなかった。
詮索してはいけないと、私自身直感的に思ったからである。
「そうだ。あまり気にするな」
「気にするな、って……お前なぁ」
「それより、シャルル。お前、もうこの街を出ろ」
「……は?」
いきなり言われたその言葉に、私は間抜けな声を漏らしてしまった。
「出て行け、ということだ」
「な、なぜ?」
「なぜって、出て行った方がいいからだ」
「出て行ったほうがいい……私達がこの街にいると何か問題があるのか?」
「ああ。ある」
マリアンナははっきりと、私に聞こえるように言った。
そして、その言葉が決して「嫌だ」と言わせない威圧感があった。
「……お前は、どうするんだ? 一緒に出て行くんだろう?」
「私は、行かない」
「な……なんでだ!? お前……私達はここまで一緒に旅をしてきただろう?」
「行かないと言ったら行かないんだ。何度も言わせるな」
マリアンナは冷たい瞳で私を見る。
一体なぜマリアンナはこんなことを言うのだ?
これではまるで私に、自分から離れろと言っているかのような……
「……お前、まさかとは思うが、私が贔屓をしているなんて思っていないよな?」
「贔屓って、どういうことだ」
「……私が、アルドンサのことばかり優遇している、と」
すると、マリアンナは私のことを驚いたような表情で見た。
そして、不自然に口の端を釣り上げて、馬鹿にしたように私を見た。
「ふっ。優遇、ねぇ。つまり、私がお前に冷遇されていると」
「そ、そういうわけでは、ないが……」
そして、呆れたようにマリアンナは大きく溜息をついた。
「おい、シャルル。一つ言っておくが、お前は私の所有物なんだ。所有物が主人のことを冷遇できるのか?」
「そ、それは……」
「所有物の癖にどうでもいいことを考えるな。とにかく、この街を出て行け。街の入口まで送ってやるから、アルドンサをつれて来い」
マリアンナはきっぱりとそう言った。
しかし、私はその言葉になぜか安心してしまった。
私は、まだマリアンナの所有物なのだと。
マリアンナが、私のことを、自分の所有物と考えていてくれるのだ、と。
なんともどうしようもない考えだったが、私にとってはマリアンナと私の関係が断ち切れてしまったのではないということが確認できて、何より嬉しかった。
だから、ようやく私も「この街を出て行け」という言葉が、決して私との今生の別れを申し出ているのではないということがわかった。
「……わかった」
だからこそ、私はそれを了承し、宿屋へアルドンサを迎えに行った。




