革命都市 7
「お、お前は……クリスタ」
「おぉ~、名門貴族のフロベール家の御子息に名前を覚えてもらえているとは光栄だねぇ」
ニヤニヤしながらクリスタは私を見る。
私は思わずエリスを見てしまった。
「あらあら。申し訳ありませんわ。シスタークリスタにシャルル様のことを話してしまいました」
「ああ、聞いたぜ。大丈夫だ。別に貴族だからってこの街から追い出そうなんて俺は思っていないぜ。それに、アンタは随分とマリアンナと仲良しらしいじゃねぇか。クックック……」
私はもう一度クリスタの方に振り返り、その右目と対峙する。
確かに、その右目はまるで人を視線で殺せるかのような目だ。
「……マリアンナはどこだ?」
「マリアンナ? ああ。アイツならどこかに出かけちまったぜ」
「そうか……ならば用はない。帰らしてもらうぞ」
「おいおい! ちょっと待てよ。少し俺とお話ししていこうぜ。貴族さんよぉ」
馬鹿にしたような笑いを浮かべて私にそういうクリスタ。
あまり刺激しない方がいい相手であると思う。
だとしたらここは大人しく従った方がいいのだろうか。
「シャルル様。大丈夫ですわ。シスタークリスタは別にシャルル様を取って食おうなんて思っていませんわよ」
「……そんなことはわかっている。で、何を話したいんだ?」
すると、クリスタは立ちあがり、私の方に近付いてきた。
「聞きたいんだよ。どうして、マリアンナ……いや。断罪人なんかとここまで旅をしてこられたんだ?」
「どうして、って……私はマリアンナに買われたのだ。ただの成り行きだよ」
「成り行きねぇ……成り行きで断罪人なんかと旅ができるとは、アンタ大したもんだよ。それに、アンタのせいでジェラルドの親父は死んだそうじゃねぇか」
クリスタは私の目の前で立ち止まると、覗き込むようにして私の顔を見てきた。
「私のせい、というわけではないが……」
「でも、マリアンナはアンタを殺すはずだったのに、親父をぶっ殺したそうじゃねぇか。一体どういうことかねぇ」
「それは、教会の規定とやらで……」
「教会の規定! はっ! やれやれ、そうかい。ま、そういうことにしておいてやるよ」
そういってようやくクリスタは私から離れた。
一つしかない眼光に、私はまるで蛇に睨まれたカエルのような気分が味わわされたのだった。
「まぁ、俺としちゃあ、アンタには感謝しているんだぜ。あのクソ親父がとにかく死んだんだ。これで断罪教会のボスはあの親父じゃねぇ。今は、この俺だ」
「クリスタ……お前はエリックに協力しているのか?」
「協力? まぁな。アイツが手伝って欲しいって依頼してきたから、こうしてこんな狭いところに収まってやっているわけだ。でも、悪い気分じゃねぇぜ。なんたってボスだからな。この街にいる断罪人は全部俺の言うことを聞くわけだ。例えば、俺が今、エリスに、アンタを殺せって言ったら、エリスはその通りにするんだぜ?」
「なっ……ば、馬鹿な……そんなはず……」
私はエリスの方に振り返る。
エリスはただニコニコと笑っていた。
「え……エリス?」
「ふふっ。なんでしょう? シャルル様」
私はそれ以上先は怖かったので聞くのをやめた。
「あっはっは! 心配すんなよ。そんなこと命令しねぇから」
「……分かっている」
「分かっている? ホントにそう思うのか?」
「何?」
「ホントに俺みたいな断罪人が、お前を殺すのをためらうと思っているのかよ?」
そういうクリスタの表情は狂気に満ちていた。
マリアンナとはまったく違う、明らかに人に恐怖を与えることを楽しんでいるかのような顔だった。
「……あ、ああ。そうだ」
私は強がってそう言ってしまった。
ここでその通りだと肯定することは簡単だったが、それでは断罪人が恐ろしいということを認めていることに他ならないからだ。
しかし、どうにも目の前にいるクリスタは恐ろしいといわざるを得ないというか……
「……はぁ」
と、いきなりなぜかクリスタは大きく溜息をついた。
そして、私のことにまるで関心がなくなったかというようにつまらなそうな瞳を向ける。
「今度はなんだ?」
「いや……俺の期待はずれだった。なんだよ。お前、普通のヤツじゃねぇか。あのマリアンナと一緒に旅をしたっていうからどんなイカれたヤツかと思えば……エリス。もういいぜ」
「あら? よろしいのですか?」
「ああ。俺はソイツにもう興味はない」
そういってクリスタは椅子に座り、頬杖をついた。
「ほら。さっさと行けよ」
そういわれたので私はクリスタに背を向ける。
エリスが付いてくるように促したので、私は歩き始めた。
「……私も一つ聞きたい」
部屋を出る直前、私は口を開いた。
「……なんだよ?」
気だるそうな声でクリスタが返答してくる。
「……お前も、ジェラルドに断罪人に……武器にされたのか?」
クリスタの方に振り返る。
最初はつまらなそうな顔をしていたクリスタがさも嬉しそうに口の端を釣り上げた。
「ああ、そうだぜ。俺もあの親父のイかれた儀式に参加していたんだ。人間を武器にしまう、イかれた儀式になぁ」
「……もうジェラルドは死んだんだ。断罪人である必要はないと思うんだが?」
すると、クリスタはキョトンとした目で俺を見る。
そして、笑いをかみ殺しながら口を開いた。
「はぁ? 何言ってんだよ? 一度断罪人を始めたらもう二度とやめられない……いや、頼まれてもやめたくねぇな。なぜか分かるか? 俺はな、人を断罪するのが好きで好きでたまらねぇんだよ。斬って断罪、潰して断罪、突き刺して断罪……ああ、考えただけで断罪したくなってきちまったぜ……!」
そういうクリスタは、本気のようだった。
本気で断罪が楽しくて仕方がないようである。
コイツはマリアンナやエリスとは違う。
既に純粋な武器になってしまっているのだ。
私はそんなクリスタを見て強くそう思った。
「そういうわけだからよ。俺に断罪されたくなかったら、さっさと俺の前から居なくなった方がいいぜ。貴族さんよぉ。あっはっはっは!」
私はクリスタに背を向けた。
そして、エリスと共に悪魔の高笑いが聞こえる部屋を後にした。




