アリシアの古城 2
古城へと向かうシャルルとアルドンサ。城に入ると、二人は中を探索する。中を探索するうちに二人は思いがけない存在と出会うのであった。
「……なぁ、シャルル」
「ん? どうした? アルドンサ?」
「……ホントに城の中に入るのか?」
不安そうな顔でそういうアルドンサ。
「入るのか、って……町のものに約束してしまったではないか。化物を退治してくる、と」
「あ、いや、そうなんだが……」
それでもやはりアルドンサは行きたくないようである。
私は思わず溜息をついてしまった。
「アルドンサ。君は騎士なのだろう? 大丈夫だ。化物なんて……たぶん大したことない」
「たぶんって……お前の見た化物はどんなヤツだったんだ?」
そう聞かれると思わず口篭ってしまう。
ここで、あんな大きな狼の話をすれば確実にアルドンサはさらに怖くなってしまうだろうし……
「な、なんだ? 口にするのも憚られるほどの化物だったのか?」
「え? あ、いや。そういうわけではないのだが……とにかく、城の中に入ろうじゃないか。今日の君は鎧だって装備しているし、きっと大丈夫だよ」
鎧を着ているからといって大丈夫という私の言葉に疑念を覚えている顔をしながらも、私達は目の前にそびえる城の中に入ることにした。
城門は既に形を成しておらず、鉄の門が倒れていたので私とアルドンサはそれを踏み越えて中に入る。
正面の扉開きっぱなしであった。おそらく人がいた頃に数人の男がいなければ開けられなかったであろう扉の開いている隙間を通って私とアルドンサは城の中に入った。
城の中は、昼間だというのに薄暗かった。在りし日の荘厳さを感じられる程度に広さはあるが、そこら中に瓦礫が転がっている。
「ふむ……人は住んでいないそうだな」
「す、住んでいるのは……化物だけだって言いたいのか?」
私のすぐ後ろにピッタリとくっついてアルドンサはそう言った。
「……アルドンサ。くっ付きすぎた。歩きにくいぞ」
「く、くっ付いてなどいないぞ! お、お前が化物に教われないようにま、守っているのだ。はっはっは……」
ひきつった笑みを浮かべながらアルドンサはそう言う。
やれやれ。こういう状況下にあってまったく物怖じしない少女も考えものだが、鎧に身を包んでいても脅える少女も考え物である。
私とアルドンサはそのまま城の中を探索することにした。一階はどうやら完全に廃墟のようでどの部屋も埃まみれのゴミだらけであった。
階段を上り二階へ行く。ニ階に行くと長い廊下の向こうに大きな扉が見えた。
「あの先が……広間だろうか?」
「ひ、広間……そ、そこに化物がいるのか?」
「わからん。だが……いるとしたらそこだろうな」
アルドンサが小さな悲鳴をあげる。私はそれに構わずにそのまま先を進んだ。
「しゃ、シャルル……やはり一度戻って体性を立て直した方が……」
「今更戻ってどう体性を立て直すんだ。行こう」
渋々アルドンサも私についてくる。
そして、大きな扉の前に立ち、私はその扉に手をかけた。
ゆっくりと音を立てて扉が開いて行く。
私も思わずゴクリと唾を飲み込んでしまった。アルドンサは相変らず脅えている。
扉が開くとやはりそこは広間のようだった。
しかも、かなり大きい。
「……ふむ。広いな。この城の主の間を考えて良さそうだな」
「あ……ああ。そうだな」
「……アルドンサ。王都にある城もこれくらい大きいのか?」
「え? あ、ああ……そ、そうだな。一度だけ王の間に行ったことがあるが、これくらいの大きさだった」
「なるほど。つまり、ここは王の間というわけか」
ブランダ王国では城というのは王都クローネにしか存在しない。殆どの貴族は城など持っていないのだ。
他国との小競り合いはあれど、既に百年以上、大規模な戦争を経験していないブランダ王国の貴族にとっては城などというのは無用の長物であり、皆豪勢な屋敷を住みかとしている。
つまり、この城はブランダ王国ができる以前の代物だということが、私にも理解できた。
「王? ブランダ王国以前の王か?」
「そうだ。そうなると、この城は相当古いものということになるな……」
「そうね。そりゃあ、今から300年前に建てられたんですもの。古いお城よね」
と、私とアルドンサは同時に固まってしまった。
なぜなら、私とアルドンサ以外の声がはっきりと聞こえたからである。
「あ……アルドンサ。聞こえたか?」
「ああ……い、いや! 聞こえなかった!」
「え? じゃ、じゃあ、今のはなんだ?」
「そ、空耳だ! そうに違いない!」
「あら。空耳なんかじゃないわよ。私よ。今喋ったのは、私」
私達は一層すくみ上がってしまった。
聞こえている。確実に聞こえているのだ。
おそらく少女の声。どこからともなく聞こえてきているのである。
「え、ええい! どこだ! 化物! このアルドンサ・カルリオンが相手をしてやろう!」
錯乱気味にアルドンサは剣を抜き、構えた。
「だから、ここだって」
「え?」
アルドンサは振り返った。
その先にいたのは、黒いドレスを纏った少女だった。
少女言っても私とアルドンサより少し年下で、マリアンナよりも年は上の感じだ。
宵闇のような真っ黒な瞳で、私とアルドンサを見つめていた。
「ふふっ。ようこそ。お二人さん。私のお城へ」
少女が可愛らしい笑みで私達にそう言った。
と、その瞬間、アルドンサは足元から倒れてしまったのであった。
「あ、アルドンサ!?」
「あらあら……大変。どうしましょう」
アルドンサに駆け寄る私。そこへ、少女もこちらに近付いてくる。
私は思わず身構えてしまった。
「ふふっ。大丈夫よ。とって食おうなんて思ってないわ……ああ。でも、もしかしたら血は吸いたくなっちゃうかもしれないけどね」
「……へ? 血?」
「ええ。ああ、自己紹介してなかったわね。私はアリシア。アリシア・アルフォード。この城の主、吸血鬼よ。よろしくね」
アリシアと名乗った少女はそういって妖艶な笑みを私に向けたのであった。




