断罪教会 1
育ての父をも殺したマリアンナに絶望するシャルル。そんな二人の元にある人物が訪ねてくるのだった。
神父の死に顔は、巨斧で切り裂かれた割には穏やかだった。もはや、この世に未練はないと言わんばかりの。
実の娘同様の存在に殺されたのだ。未練がないわけがない。だが、それでも神父の顔は穏やかだった。
「起きたか」
後ろを振り返る。そこには返り血を浴びたままの黒衣の修道女、マリアンナが礼拝堂の椅子に、なんのことはないという風で座っていた。
「……断罪、したのか」
「ああ。ふぅ。疲れた」
悪びれているようにも見えないし、悲しんでいるようにも見えない。いつもと同じだった。
私はまた、内臓を強く掴まれるような、嫌な感触を味わった。
「さて、行くぞ。準備はできているか?」
準備など必要ない。私はただマリアンナの荷物を持てばいいのだ。私に必要なのはマリアンナと付き合っていこうという覚悟だった。
「マリアンナ。すまないが、少し待ってくれないか」
「少しならいいが、早くしろよ」
私はそのまま祭壇の前で倒れている神父の遺体を抱き上げる。
そして、そのまま教会の外へと向かった。
「また、それか」
私が穴を掘り、そして神父の遺体を埋め、簡易的ではあったが、埋葬を済ませた。
その間ずっと不思議そうな顔で、マリアンナは私を見ていた。
「ああ。そうだ。人が死んだら埋葬する。貴族も庶民も、それだけは変わらずに行うことだ」
「ふぅん。お前、随分と変わったな。ちょっと前のお前なら庶民と一緒にするな、とか言いそうなのに」
確かに、フロベール家を追い出されたばかりの私なら、きっとこのようなこともできなかったであろう。
この時までに、私はこの国の貴族、庶民が経験するよりも多くの「人の死」を経験し、見てきた。それは確実に私を、貴族の誇りだけが中心となっていた人間とは違う存在に変えてくれた。
そして、皮肉にもそれは、マリアンナのおかげなのだと、改めて認識した。
「まぁ、私も変わったのだ。お前も変わったらどうだ?」
失言だと思ったが、マリアンナは特に反応することもなく私を見ていた。
「変わる、か」
それだけ呟いてマリアンナは、神父が埋まっている地面を見る。
少しでも彼女の心境に変化があることを私は願った。
「変わる? 何をおっしゃっていますの? シスターマリアンナ?」
と、次の瞬間いきなり聞こえた声の方向に、私もマリアンナも顔を向けた。
そこにはマリアンナと同じような修道服――こちらはまるで鮮血のような真っ赤なものであったが――の少女が立っていた。
少女はニッコリと微笑んでいる。
だが、それは、貼り付けたようなわざとらしい笑顔だった。
「お前か。なんでここにいる」
「緊急ミサですわ。ジェラルド様からお達しです」
マリアンナと同じような真っ白な髪。それが真っ赤な修道服の下から見えている。
しかし、少女の方はようやく私の存在に気付いたようで、目を丸くして私の方に顔を向ける。
「あら? そちらの方は教会の方かしら?」
「え? ああ。私はシャルル。シャルル・フロベール。名門フロベール家の二十八代目当主に……なる予定だったものだ」
少女の反応は薄かった。その細い目つきでキョトンと私のことを見ている。
そこで口を挟んだのはマリアンナだった。
「なんでもない。ただの私の荷物持ちだ」
「荷物持ちですって? シスターマリアンナ。驚きですわ。貴女が『人間』と係わり合いを持つなんて」
マリアンナは黙ったまま少女を睨む。少女は意地の悪そうな笑い方でマリアンナを見ていた。
「そうですか。でしたら、マリアンナの『荷物持ち様』に、きちんとご挨拶しなければいけませんね。ワタクシ、『純白のエリス』と申します。マリアンナと同じ、断罪人ですの」
深くお辞儀をするエリス。
まるで、貴族の令嬢のような綺麗なお辞儀の仕方であった。私も思わずそれに返してしまう。
「さて、それでは、マリアンナ、行きましょうか。断罪教会に」
あまりに唐突な申し出に私は面食らってしまい、マリアンナの方を向く。
「マリアンナ? どういうことだ?」
「どうもこうもない。緊急ミサということなら仕方がない。行くしかないだろう」
そういってマリアンナは「純白のエリス」と名乗った少女の方に近付いて行く。
「おい、早く来い」
状況についていけない私は、呆然としてしまっていたが、マリアンナの呼び声で我に返り、その後を追った。
そこから私とマリアンナ、そして、エリスは、教会から少し離れた場所まで歩いた。
そこには一台の馬車が用意されていた。
エリスは颯爽とその馬車に乗り込む。それに続いてマリアンナも。私だけがその馬車を眺めていた。
「おい」
「え?」
「早くしろ」
「待て、断罪人は馬車に乗れないんじゃないのか?」
「この馬車は特別だ。早くしろ」
ふと私が目を反らすと、馬車の運転手と目があった。
黒いフードを目深にかぶったソイツは明らかに様子がおかしい。確かに普通の馬車ではないようだった。
私が馬車の荷台部分に乗り込むと、馬車は動きだした。
狭い馬車の中では、私とマリアンナが隣に座り、その向かい側に赤い修道服のエリスが座っていた。
「しかし、お久しぶりですわね、シスターマリアンナ。前に会ったのが前回のミサですから……三年ぶりでしょうか」
「さぁな。私はお前に興味がないからよく覚えていない」
マリアンナのその態度に対しても、エリスは特に表情を変えることはなく、ニコニコと微笑み続けている。
どうやらマリアンナは、別に私に対してのみ、ああいった態度をするわけではないのだということが、この時判明したのだった。
「それにしても……シャルル様ですか? シスターマリアンナとは長いのですか?」
「え? いや、長いわけではないが、三ヶ月前から、私はマリアンナと一緒だ」
「三ヶ月……シスターマリアンナと三ヶ月ですか。すごいですわね。さすがマリアンナが荷物持ちに選んだだけありますわ」
エリスという少女は、笑顔を崩さないが、その分、なんだかマリアンナよりも恐ろしいような、不気味な感じがした。
「エリス。お前、仕事は?」
「お仕事ですか? ええ、もちろんこなしておりますわよ。『漆黒のマリアンナ』と『純白のエリス』……断罪教会の双璧を成す断罪人の名に恥じない程度で」
「ふぅん、そうか」
気の無い返事をマリアンナはエリスに返した。
この娘も、マリアンナと同じように各地を放浪し、依頼に従って人を殺しているのか。
そう考えた途端、私の胸に苦味が広がる。
今、私と同じ空間にいる二人の少女はどちらも正常ではない。人を殺して生き、人を殺すことを生きがいとしている少女達だ。そんな少女二人とこんな狭い空間にいるというのはかなり息が詰まる思いだった。
そのまま馬車に乗って、どれくらい経っただろうか。
馬車の荷台は雨避けの布で覆われてしまっているため、外の様子がわからない。しかし、それなりに時間は経ったはずだった。
そして、馬車は唐突に止まった。
「着いたようですわね」
エリスが立ち上がり、そのまま荷台から降りる。
マリアンナもそれに続いたので、私も馬車から降りた。
外は真っ暗だった。どうやら深夜のようである。
「さて、行きましょうか」
エリスが歩き出した。マリアンナと私はその少し後をついていく。
「おい、マリアンナ。この先に断罪教会があるのか?」
「うるさい。黙って歩け」
何もわからぬまま、私はマリアンナと共に歩く。
暗い夜道は恐ろしかったが、前方に歩く紅の修道女と、私の隣を歩く漆黒の修道女に恐怖しているのか、獣や夜盗の気配はまるで感じなかった。
それから約五分程度歩いた所だった。前方に巨大な影が見えてくる。
「あ、あれは……?」
「あれが、断罪教会だ」
さらに近付くにつれて、断罪教会の全貌が見えてきた。
古い屋敷をそのまま使っているようなそれは、不気味な雰囲気を醸し出しており、まるで幽霊屋敷だった。
「おい、シャルル。行くぞ」
私が呆気に取られていると、マリアンナは先に行ってしまった。私は後を追う。
館の前まで来ると、その不気味さがより強く感じられた。
目の前にある大きな古めかしい扉の前で、私、マリアンナ、エリスが立ち止まった。
「シスターエリスとシスターマリアンナ、ただいま戻りましたわ」
エリスがドアを叩いてそう言った。
中から返事はない。
「よろしいようですわね。どうぞ、お入り下さい」
エリスが耳障りな音と共に、大きな扉を開いた。
「お、おぉ……」
館の中に入った私は、つい驚嘆の声を漏らしてしまった。
屋敷の中は、かつての私の家、つまりフロベール邸にも劣らない程度の広さであったからである。
しかし、それは広さだけであった。
長い間掃除をされていないのか、埃っぽい雰囲気だった。
そして、何年前のものかわからないシャンデリアが、薄暗く屋敷の中を照らしている。
「ジェラルド様、エリスとマリアンナにございます」
ジェラルド。私はその名前を聞いて反応する。
マリアンナを誘拐し、人殺しの機械に変えた男。
ケイン神父が話してくれた男の名前だ。
「おぉ……エリスにマリアンナ。私の可愛い娘達。よくぞ帰ってきてくださいました」
どこからともなく声が聞こえてきた。
幾重にも反響しているかのようなその声は、不気味だが、どこか安心感を与えるかのような不思議な声だった。
「して、娘達よ。その御仁はどなたですかな?」
「マリアンナの荷物持ちだそうですわ」
「マリアンナの? ほほほ……マリアンナ、面白いですねぇ、『人間』を荷物持ちにするとは、何か心境の変化が起こるようなことでもありましたか?」
それは、聞いていて不快になる笑い声だった。
マリアンナは顔をしかめた。
「ない。荷物持ちが必要だから雇っただけだ」
「ええ、そうですか。そうでしょうねぇ。私の知っているマリアンナは『人間』に興味がある断罪人ではありませんものねぇ。安心しました」
「ジェラルド。毎回思うのだが、いるならさっさと姿を現したらどうだ?」
マリアンナがいらだたしげにそう言うと、館の二階に人影が現れた。
ジェラルドは、まるで、骸骨にそのまま人間の皮を貼り付けたような風貌の男だった。
痩せ細った体躯で、魚のように飛び出た大きな瞳が私達を見ていた。
服装はケイン神父と同じように神父服を着ているように見えたが、よく見るとそれは、聖職者が着る神父服ではなく、それに似せただけの丈の長い服であった。
「お久しぶりですねぇ、エリス、マリアンナ」
何年ぶりかの我が子との対面を喜ぶ親のような顔をするジェラルド。
エリスはそれに対し愛想良く笑ったが、マリアンナはいつものように無愛想に顔を反らしただけだった。
「それで、マリアンナの荷物持ち殿、ですかな? 貴殿のお名前は?」
ジェラルドはギョロギョロとした目で私を捉えた。
「私はシャルル・フロベールだ。王侯認可貴族フロベール家の二十八代目当主に……なる予定だった男だ」
私がいつものようにそう名乗ると、ジェラルドは大きい目をさらに大きくして私を見た。
まるで私の存在をじっくりと観察するかのように。
「なるほど。貴族様でしたか。私はジェラルド。ジェラルド・クルボワンです。以後よろしく」
そういって深くお辞儀をするジェラルド。
その妙な礼儀正しい態度が鼻に付いた。
ジェラルドの礼儀正しさはどうにもわざとらしく思えたのだ。
「ジェラルド様、緊急ミサの通達とのことでしたが、いかがされましたか?」
「え? ああ、そうでした。しかし、それは食事の後にしましょうか」
ジェラルドは屋敷の奥に戻って行った。
言われてみれば、昨日からまともな食事を取っていない。
食事という言葉が出た途端に、私は、自身が空腹だと言うことを意識してしまい、情けなく腹が音を立てた。
「腹、減っているのか?」
「え? あ、あはは……まぁな」
腹の音を聞かれてしまったらしく、マリアンナは私にそう聞いてきた。
「食堂はこっちだ」
マリアンナは私の先を歩き、二階への階段を上がった。
「ふふっ。不思議な方ですわね」
後ろから声が聞こえてきたので、私は振り向いた。
エリスが不気味な笑みを浮かべて私を見ていた。
「どういうことだ?」
私は、エリスに尋ねる。
「いえ、シスターマリアンナだけでなく、ジェラルド様も、どうやら貴方様に酷く興味を持ったようですわね。もちろん、ワタクシも貴方様に興味があります。三ヶ月もシスターマリアンナと一緒に旅をなさって来た方ですもの。できるのならば、ゆっくりとお話したいですわ」
エリスは私の顔を覗き込んでくる。
貴族の令嬢のような端整な面持ちに私の心臓は高鳴った。
しかし、マリアンナ以上に何を考えているのかわからないその瞳を見ていると、それと同時に、底なしの不安が私を襲ってきた。
「ねぇ? よろしいでしょうか?」
「え……? 何がだ?」
「後でゆっくり貴方様とお話をすること、ですわよ」
「……まぁ、考えておこう」
私はエリスに背を向けて、階段の上で待っているマリアンナのもとに向かった。
「どうした? アイツに何か言われたのか?」
「いや……なんでもない」
「ふぅん、気をつけろよ。私、アイツのこと苦手なんだ」
苦手なんだ、というマリアンナの言葉を聞いてから私はふり返る。
エリスがやはりこちらを見て、まるで獲物を狙う狐のような、狡猾な笑みを浮かべていた。
「さぁ、召し上がってください」
食事といっても貧相なものだった。
固いパンと干し肉、そして、安っぽい葡萄酒。
だが、それまでのマリアンナとの旅を考えると、それらの食事も上等な部類に入るのだろう。
食事中はほとんど誰も喋らなかった。テーブルの上の蝋燭が不安定に各自の顔を照らしている。むしろ、何も言葉を交わしてはいけないのではないかと思われた。
しかし、どうすればいいのか。
そもそも、まさか断罪教会の本部に来るとは思わなかった。
今食事を共にしている痩せぎすの男が、マリアンナを殺人の機械に変貌させてしまった張本人。しかし、そんな男を前にして私はなにをすればいい? ソイツに殴りかかればいいのか? それとも……
「シャルル殿」
不意に名前を呼ばれて私はそちらの方に向く。
見れば、ジェラルドが私の方に向かってわざとらしい笑みを浮かべていた。
「な、なんだ?」
「貴殿は、この国のあり方をどう思っておりますかな?」
「……何だと?」
ジェラルドは手近にあったナプキンで口元を拭ってから私を見る。
「この国は不条理です。富めるものは富み、貧しいものは貧しい一方だ。戦火は絶えず多くの失われるべきではない命が失われた。貴殿はどう思います? この状況を」
「改善されるべき余地はあると思うな」
「改善? ほほほ。面白いことを仰いますな。シャルル殿」
細い喉がそのまま破れてしまいそうなくらいに、ジェラルドは大きな笑い声を出す。
「改善などという問題ではない。むしろ根幹から作り直すべきです」
「それは、革命でも起こすといいたいのか?」
「革命。まぁ、その言葉が一番適当でしょうか」
その言葉を聞くと我が弟、ジョージを思い出す。
ジョージはこの国が間違った方向に進んでいると、マリアンナに殺される前に言っていた。
私はゴクリと唾を飲み込み、次に出てくる言葉に勢いを付けた。
「……その革命のために、断罪人を作ったのか?」
一瞬、沈黙が空間を支配する。誰もが食事をする手を止めた。
私は自分の額を一筋の汗が垂れるのがわかった。
だが、私に今できることがあるとしたら、それは、事実の真相を突き止めることだ。
なぜ、ジェラルドは狂気に走ったのか、なぜ、マリアンナは殺人をこなす機械になってしまったのか……
ジェラルドはゆっくりと私の方に顔を向けた。
「ほぉ。誰に聞きましたかな?」
「ケイン神父だ」
「ケイン……ああ、なるほど。マリアンナ、貴女はケインを殺したのですね」
「当然だ。依頼だったからな」
マリアンナはこともなげにそう返事した。
ジェラルドは満足そうに頷く。
「そうですか。シャルル殿。貴殿はそのケインから、マリアンナを私が攫ったとかお聞きになりましたか」
「ああ。貴方がマリアンナを攫い、そして、ケイン神父の実子であるフランツをマリアンナに殺させたということも」
フランツという言葉を聞いてジェラルドは反応した。
そして、そのままニンマリと薄気味悪く私のことを見てくる。
「懐かしい名前ですねぇ。最初に貴殿を見たときは驚きましたよ。本当にフランツに瓜二つなんですからねぇ」
ケイン神父も言っていたが、どうやら私はそのフランツの生まれ代わりだといわんばかりに似ているようだった。
「ああ。それもケイン神父から聞いた。それで、貴方に聞きたいのだが……一体何があったのだ?」
ジェラルドは小さく溜息をついてから、遠くを見るように目を細める。
そして、おもむろに口を開いた。
「昔話ですよ。ジェラルド・クルボワンは良き親友を持っていた。しかし、戦争がジェラルドを変えてしまったのです。戦争はジェラルドから何もかも奪っていきました。民も、愛も……私は決めました。私から全てを奪っていったこの国は、間違っている。だから、変える必要があるのだ、と。しかし、私は小さな土地の領主に過ぎない、では、どうすればよいのか? それならば誰にも劣ることのない最強の兵器を手に入れればいい……そして、私は、何物をも凌駕する武器を手に入れたのです!」
ジェラルドは興奮気味にそうまくし立てた。魚類を想起させる不気味な眼光が、食卓の上の蝋燭を反射して、らんらんと輝いている。
「それが、断罪人というわけか?」
「ええ。その通り。断罪人とは人であって人にあらず。人の形をした武器なのです」
「しかし……私にはとても、ここにいるマリアンナやエリスが武器には思えない。彼女達はただのか弱い少女だろう?」
私も言葉に熱が籠るのがわかった。というよりも、主張したかった。
マリアンナは少なくとも人間であるということを。
人間であってほしいということを。
ジェラルドは私の言葉を聞くと、少し面食らったようだが、すぐに馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ふふっ。傍目にはそう見えるでしょう。ですが、アナタが知らないだけです。戦争になればマリアンナやエリスは一人で百人……いえ、千人の兵隊を葬ることができます。作った私が保証しますよ」
ジェラルドは自信満々で言った。
やはりこの男は狂っている……話していればわかる。
私は今までこういった人種の人間と関わったことはないが、それでも、話しているだけで激しい嫌悪感が胸の内に湧き上がるのを、私は感じた。
「戦争に、この子達を送り出すのか?」
「ええ。それこそ依頼があればね。既にある筋の方達からは、戦争の際にはマリアンナやエリスを貸し出すように依頼されているんですよ」
「なっ……! 貴方はそんなことが許されると思っているのか! いくら自身の不幸な境遇があったからといって、こんな年端もいかない少女達を――」
その時、いきなり私の前に大きな斧の刃が振り下ろされた。
それは、食卓を真っ二つに砕き、粉々にしてしまった。
私は唖然とする。
「うるさいぞ、シャルル」
マリアンナが鋭い瞳で私を見ていた。
私は硬直した体でマリアンナを見ていた。
……なぜだ? 私は間違ったことを言っているのか?
確かに私は世間知らずだ。
だけど、この三ヶ月マリアンナと旅をしてきて思った。
マリアンナはこのままではいけない。このまま人を殺し続けるような旅を続けてはいけないのだ、と。
なのに、マリアンナは私の気持ちを少しも理解してくれていないというのか? 私は確かに見た。マリアンナが感情のない完璧な武器というわけではないということを。マリアンナは人間であるかもしれないということを。
なのに、どうして……
「どうやら、シャルル殿はお疲れのようですな」
ジェラルドは席を立つ。
「エリス。シャルル殿を寝室にご案内しなさい。シャルル殿。お話はまた明日。ああ、後、マリアンナ。後で私の部屋に来るように」
ジェラルドは席を立った。
私は力なくそのまま席に座り込んだ。
「あらあら。お食事が粉々になってしまいましたわね。シスターマリアンナ。アナタにしては珍しいですわ。そんな風に感情を露にするなんて。やはり、シャルル様は『特別な』荷物持ちなのですか?」
狡猾そうな目付きで、エリスはマリアンナに尋ねる。
マリアンナはそのまま席を立つと、足早に食堂を出て行った。
「ふふっ。面白いですわね。やはりシャルル様とマリアンナ……この三ヶ月どのような旅をしてきたのか、非常に気になりますわ」
そう言うとエリスも立ち上がる。
「シャルル様。ご寝室でそのお話、このエリスにゆっくりとしてくださらないかしら?」
エリスから話しかけられても、私は、目の前で真っ二つになった食卓を呆然と見つめていた。
「シャルル様?」
エリスが私のことをもう一度呼んだ。
私はよろよろと立ち上がり、エリスの方に向かって行く。
「……なぁ、エリス」
「はい?」
「……君はマリアンナとは違うのか?」
私の問いかけに、エリスは少し戸惑った素振りを見せたが、その後には、ニッコリと微笑んだ。
「ふふっ。そんなことはありませんよ。ワタクシも、シスターマリアンナと同じ、断罪人ですから」
エリスはそう言うとそのまま歩いていった。
それじゃあ、エリスも壊れているのか? 断罪人ということは、人を殺すことを生業としているというわけだ。そんな人間が壊れていないわけがない。
その後、エリスは私を寝室に案内した。
「では、シャルル様。ワタクシとお話しましょうか?」
「え? ああ。しかし……」
「ふふっ。ワタクシとの会話で、少しでもシャルル様の気になっていることが解決されるかもしれませんわよ?」
妖しく目を光らせ、エリスは私の顔を覗き込んだ。
私は、その誘いが危険であることを把握していた。
しかし、私の知らない断罪人に関しての秘密を、エリスは知っている。
私は知らなければいけないと思った。
マリアンナという少女と向き合うためにも。
「……ああ。わかった」
「ふふっ。嬉しいですわ。殿方と会話するなんて久しぶりですもの。あ、お紅茶を用意してきますわ。お部屋でお待ちになっていてくださいね」
満面の笑みで、エリスはそのまま来た道を引き返していった。
一体、断罪人とはなんなのだろうか。
私は答えのない疑問を頭の中で繰り返しながら、天井を見上げたのであった。




