狼と死神 5
森の中というのは薄暗い。
しかも、それが朝方、まだ日も昇りきっていない時間帯となれば尚更だ。
まるで、見えない何かに睨まれているような感覚が、私を苛む。
マリアンナの方は何とも思っていないようであった。
道なき道を、草や木の枝を踏みしめながら歩いて行く。
足元の気持ちの悪い虫や、小さなネズミが這いずりまわっているのを見て、私はマリアンナの背中だけを見て歩くことにした。
「暗いな。もう少し遅い時間帯に来ればよかったか」
「な、なんだ? お前、まさか、怖いのか?」
マリアンナは私の言葉に無表情で振り返ってくる。
私も、もちろん反射的に言っただけなのだ。
むしろ、恐怖を感じていたのは私の方である。
「まぁ、怖い」
しかし、マリアンナの返答は意外なものであった。
「え? こ、怖い?」
「ああ。怖いね」
わざわざ私は訊き返してしまう。
なぜなら、怖い、と言いながら、全く恐怖を感じているような表情を、マリアンナはしていなかったからだ。
「そ、それは、なぜ?」
「なぜって、周りは暗いし、なんだかよくわからんし――」
「あ、あぁ……そうだな」
こんな死神のような風体とは言え、一応マリアンナもか弱い少女だ。
恐怖という感情を持っていても、それは当たり前のことなのだ。
私はその時、マリアンナの中に普通の少女を見た気がして少し嬉しくなっていた。
「だから、依頼がちゃんとこなせるかどうか怖いな」
しかし、次の瞬間にマリアンナの口から出てきた言葉を、私は理解することができなかった。
「……え?」
「だから、ちゃんと目当ての罪人が出てきてくれるかどうかが怖い、って言っているんだ」
「え……怖くないのか?」
「は? 何が?」
「こ、この薄暗い森や……あ、足元の気持ち悪い虫とか」
そう言われてマリアンナは初めて足元を見たようだった。
拳程の大きなムカデがマリアンナの足元に這いずっていた。
それを見つけるとマリアンナは何も言わず、それを足で思いっきり踏みつけた。
ムカデは、粉々になった。
「いや。別に」
マリアンナは私に背を向けた。
どうやら、私がその時、マリアンナに人並の感情を期待したことは、間違っていたようだった。
「あ」
「ん? なんだ?」
そう思った矢先、私は、間抜けに声を漏らしていた。
ふと気付くと、マリアンナの目の前に狼がいたのだ。
「マリアンナ!」
私が叫ぶが早いか、狼はマリアンナに襲いかかってきた。
が、それよりも瞬く間に狼は、マリアンナの大斧によって、真っ二つに切断された。
「これが、オオカミか?」
見たことのない生き物に初めて出会えたことを喜ぶ――相変わらずの無表情だったので喜ぶというのは語弊があるが――ように、マリアンナは狼の死体を見つめている。
「だ、大丈夫か?」
「何が?」
「何が、って……ん?」
ここでようやく私は、事の重大さに気付いたのであった。
見れば、私とマリアンナの周りを、狼の群れが囲んでいる。
今のはそのウチの一匹にすぎなかったのだ。
皆、一様に悪魔のような真っ黒な毛を逆立て、ナイフのような牙を剥き出しにしていて、私達を取り囲んでいたのである。




