黒の書と呼びたいコンビ
なぜ、無愛想な気だるげガール、東郷要と二人きりで校舎裏なんてそれっぽい場所にいるのか、俺の方が説明してほしいほどである。
俺の予想が正しければ、部室を出た俺をゆっくりつけていることに気付き、撒いてやろうと校舎をぐるぐるしていたら肩を掴まれた、というものである。予想じゃなくて経過だね。
「あの」
「なんでしょうか」
東郷も帰るつもりなのか、肩にかける鞄を持っている。で、それをごそごそと探って何かを取り出した。
それは一冊のノートだった。外見にこれといった特徴のない、ごくごくシンプルな大学ノート。まあノートってのは中身で決まるものだからね、中を見ないと何も言えないよね。
「読んでみてください」
俺は彼女に対して今まで『どうしたの』『大丈夫』『何か』『座ったら』くらいしか言ったことないのに、彼女は言って、それを俺に渡してきた。
よもや彼女が絶滅したと思われた魔術師で、これは魔導書で読んだら俺がすぐに狂う、なんてわけはないだろうから、ひとまず言われた通りに目を通してみる。
タイトル・青春の輝きと甘酸っぱさ、ペンネーム・日本のトーゴー
どういう物語かといえばホモ本であった。
内容は三人の少年の心情を微細に至るまで書き記し、一人は好きな女の子のために告白することを考える。
二人目は一人目に好かれようと一緒に告白の方法を考えてあげる、だがその感情が友情なのかそれ以上の何かなのかを途中で悩んでしまう。
三人目は仲の良い一人目のために、二人目同様告白法を考えてあげるけど、大体自分の気持ちに気付き、最低限しかしない、というものだった。
その未発達な感情を、言葉にもできず、自分が一人目を好きであることにすら気づかない青い少年達の複雑な感情を、できるだけ客観的に、かつ踏み入った部分まで記す文章。
気がつけばノートの殆ど全てを読み込んでいた。
結局、告白は失敗してしまう。一人目が泣きじゃくる状況で、二人目と三人目は悲しむのやら喜ぶのやら、それを自責する感情に、三人がそれぞれ押し潰されそうになっている。
話はそこで終わっていた。
「続きは?」
「まだ」
こんなところで止められると、悲しくて仕方がない。
「……しっかし、なんで俺に?」
「こういう作品は飯野先輩が好きだって、先輩が」
東郷の言う先輩は藤のことである。まあ好きだけどね、これ全然一般に向けても大丈夫な感じのボーイズラブだと思うよ。
「ってか東郷さんは腐女子なの?」
言うと、彼女は首を横に振った。
「色々書いてみたいから、先輩に何書いたらいいか尋ねた」
「んで同性愛ね。藤らしいっちゃ藤らしい。抵抗なかったの?」
「子供、好きだから」
東郷の言葉だけじゃどっちの意味なのかが分からない。普通の趣味の持ち主であると信じたい。
「それで、質問なんだけど」
と彼女は続ける。
珍しいなぁ、今日は積極的だなぁ、という雰囲気は、なんだか読書ちゃんと初めて喋り合った時のことを思い出した。
「……輝かないの」
「え、なに、どういうこと?」
東郷は開かれたページを適当っぽく指で擦って、もう一度俺を見て言った。
「輝きと甘酸っぱさなのに、輝いてない」
「いや、それは知らないけど」
俺には充分輝いて見えたと思う。短く下品にまとめた話と違い、長く丁寧に気持ちを綴ったこれは、俺が今まで読んだどの作品よりも深く、単なる性癖によるもの以上の感情のゆさぶりをもたらした。むしろ甘酸っぱさより心苦しさのが勝ってるけど。
「この後、三人はバラバラになる。誰も幸せにならない」
「う、そうなのか……」
そりゃ悲しい。原作者の台詞だけでは感じないが、そういう心の隔たりを彼女の文章にされると、親友と距離が開くことを何度も経験した俺には凄まじい共感も伴って、涙してしまうかもしれない。
「輝かない。だから、決めて欲しい」
「何を? まさか」
「そう、続き。輝く結末を」
熱いことを言っているが、彼女はいまだに気だるげな瞳のままだ。
しかも、俺、今めちゃくちゃ大変なことを言われているんじゃないか? 話の結末考えろって、そりゃ無茶だ。
「製作者のご意見が一番だろ。そんなもん、言われてもなぁ」
「意見、ご都合でも何でもいい」
一人は失恋、二人は叶わぬ恋、少年達の行方はいかに。
「んー……難しいな」
「……そう」
俯いた東郷は少し残念そうだ。期待外れって顔をしている。
「やっぱり東郷さんの考えが一番だと思うぞ。どんな終わり方でも、きっと納得できると思う」
「……できない」
「は?」
「私の作品はいつも輝かない。キラキラしない。物足りないの。もっと劇的な、誰もが目を見張るような、そんな感動がないの」
熱烈に語る彼女の、真意というか、本性というものを、俺は初めて知った。
崇高と言ってもいい、俺なんかが一緒にいてすいません、なんて言いたくもなる。意外に真面目すぎますね。
「どんな理不尽でもいい、馬鹿げてるって笑われてもいい、幸せに終わる人がみたい」
「……じゃあ、最初の告白を成功させたらどうなの?」
「そしたら、二人はどうなるの?」
「そりゃ、まあ二人の想いは無為になるかもしれないけど、ベターエンドだし、収まりつくところだろ」
「……」
東郷は納得していないような顔のまま、俯いた。
「……考えてみる」
それだけ言って、そして東郷は自分からどこかへ行った。
彼女が部室に戻ったとは考えにくいし、家に帰ったんだろうか。
何はともあれ、俺も帰ることにした。
物語はコウタ、ヒロオ、ミナジの三人から繰り広げられる。
コウタが主人公のようで、活発で勇ましく男らしいが、女子に恋したのは初めてで親友二人の助けを求める、というところから始まる。
意外と二人はよく意見を出してくれて、コウタは自信を持つ。
けれど次にヒロオの視点になる。
ヒロオは活発じゃないけど、元気いっぱいでちょっとアホの子っぽい感じだ。コミカルだけど、悩みとかはしっかりあって、一番人間味があるかもしれない。
彼はコウタが恋したことに驚きながらも、自分なりの意見を出す。けれど妙な感覚を覚える。
そしてミナジは一般論だけをぶつけて、自分は何も言わなかった。彼ははっきり、告白に対していい感情を持ってはいなかった。けれど普段クールな彼は、それが普通だと思われていたわけだ。
三人はそれぞれすれ違いを孕んだまま、コウタの告白が成功するように、それぞれができる方法で情報を集めていく。
そして結局はシンプルな方法で告白して、失敗。
……告白が成功しようと失敗しようと、ハッピーエンドにはならねえな。
そもそも人の幸せってなんだろうね。掴み取るものなのかしら。
見てて寒々しくなるラノベの主人公好き好きヒロインってのは、今考えてみりゃ凄い努力家だな。自分を好きになってもらうためにありとあらゆる手を尽くすのだもの。
でもそれで世間体だの何だのを気にしていないから創作物なのだ。同性愛なら作品の中でも別キャラからなんか言われるし、現実なら猶更そういう目は厳しい。
何なら同性愛ってだけで迫害される。もうそんな現実は沢山だ!
三人が幸せになる、そんな結末を東郷の作品で作るなんて不可能じゃないだろうか。彼女のはガチガチに真剣な作品で、言っちゃ悪いが島卓の作品がゴミに見えるレベルだ。島卓のは分かりやすいテンプレラノベばっかり書いているから、正直親近感が沸く。
現実的な話の流れならどうなるだろうか。
三十分弱考えて出した結末を、俺は明日彼女に語ることにした。
わざわざ、教室で藤に、東郷に話したいことがある、なんて言って、彼女の放課後部室に来てもらうようにして、アポを取り付けた。
そもそも俺も三年になって部活に行かないし、東郷もあまり部活に来ないからである。
だが、放課後に部室に来ると、ちゃんと東郷は昨日藤が座っていた場所にいた。
あとヒラちゃんと島卓も昨日と同じように座っている。三年勢はもういないが。
「うす」これが俺。
「いーす」島卓。
「……どうも」ちょっと気まずそうなヒラちゃん。
で、東郷は無言の会釈。
「今日は蓮人さん、来ていませんの?」
なんか蓮人さんとか言っちゃったから変なお嬢様のような喋り方になってしまった。
「友達と遊びに行くそうですが、それが何か」
氷のように冷たいヒラちゃんの声、怒っているのか、もう嫌われたのか、どっちにせよ今日は関係ないということで。
「そうでしたか。まあ問題はありませんが」
「その喋り方は?」
「いえ、特に意味はありません」
「気持ち悪いのでやめてください」
「……はい」
嫌われてもいいなんて言ったけど、そんなのは駄目だよ。もう心折られそうだ。
「と、ともかく今日は東郷さんに話があったんだからね!」
「あ、そうですか。彼女が来たのは珍しいと思っていたところです」
で、東郷と目が合った。相変わらず面倒臭そうな雰囲気で正直ビビる。
「あの、いいでしょうか」
「うん」
明らかに向こうの方が目上なんだよな。いや、作品の出来からして俺は見上げるしかできないし、仕方ないけど。
「昨日の作品の結末について、私もう一つ考えてきたのですが」
「どうぞ」
言いながら東郷は変わらない気だるげな目で、ノートに文字を綴っている。また話を書いているのだろうか。
ともあれ、俺は自分の考えを語ることにした。
「告白が終わって十年後に三人が再開するわけだよ、まず」
緊張しちゃって倒置法になってしまう。東郷は可愛いとか言われるよりも、無表情で怖いとか言われる側の生徒で、俺もちょっと怖いと思っているのだ。
東郷は文字を綴りながら、うんうんと頷いている、こういう仕草は可愛らしいよね。起き上りこぼしみたいで。
「んで、三人でその告白のことを語り合うわけだよ。こんなことあったね、みたいに」
「なるほど」
「ヒロオはもう彼女とか作って、なんなら結婚とかしてるんだ。でもミナジはまだ同性愛とかで、誰とも付き合わず、ひっそりしている、と」
「それで」
「三人で話して、ミナジがどういう状況か知って、ヒロオも少し同調して、コウタに納得される。その結果三人は、まあ今まで通りの関係、くらいだろうけど」
「で?」
「終わり」
俺にはそれ以上の結末が思いつかなかった。彼女の作品に輝きなんてのは似つかわしくない、とも思っているのかもしれない。
少し暗いけれど深い、冷えた水の底のような作品が似合う、そんな感じ。
「……ほお」
東郷が初めてこっちを見た。
「意外です」
「何が?」
「少年が好きと聞いていたので、大人になった話を持ちだすと思ってませんでした」
「ちょっと俺に対するイメージ酷過ぎない? 俺ってば真面目なんだよ?」
俺はこれでリアリストのつもりである。残念ながらデュエリストではない。
非現実を求めるのは何よりも現実を知っているからである。
もし物語を俺が作るなら、きっと東郷と最も近い形になるのだろう。島卓や藤のは都合が良いように展開されるし、蓮人のように現実にファンタジーな存在が現れる作品は、その影響とかが想像できない。
ちなみにキヨのは詩的情緒にあふれている感じで正直意味も良さも分からん。ドブはミステリーばっか。ヒラちゃんは文学的に人の汚い感情とか本性を挙げ連ねている、これも共感できるのよね。で、クロは雑多だけど、人の綺麗な感情を挙げ連ねている感じである。藤の? 言わなくても分かるでしょ?
いろんな作品を読むだけ読んできたけれど、一番面白いのは東郷のこれだと思う。今までのだとヒラちゃんが読書ちゃんだった時に書いた、芥川の羅生門をオマージュした、火事場泥棒の心情をつづったのが良かったと思う。どうでもいいけど。
自分でも意外なことに、案外みんなの作品をちゃんとわかっているみたいだ。
自分が意外と真面目だということを知って、ますます謂われのない悪印象を腹立たしく思う。
「……でも、男の子がすきなんですよね」
「はい、真面目だけど男の子が好きですが何か」
「……いえ、いいです」
なんか敬語使われるようになってんだけどなんで? 畏怖されてる? 本能的な恐怖を植え付けちゃってる?
好感度上がったとかならいいなぁ。この子には好かれたいとか思っちゃう俺はやっぱり男の子なのだろう。でもクロとかキヨには好かれたくないよね。
「では、それで考慮してみます」
「あ、はい。できたらまた読ませてください」
「分かりました」
「なんで二人とも敬語なんですか?」
俺達の話にヒラちゃんが混じってきた。どうして二人とも敬語なのか、だって?
「そんなことヒラちゃんだって分かるでしょ?」
「……まあ、何となくは」
ヒラちゃんに敬語のなんとかを昔語ったものだ。敬意がなくても使うものなのだ。無論、この場合は敬意もありきだが。
でも東郷はなんで敬語なんだろうね。急に変わったし。
そんな東郷は、今荷物をまとめ始めている
「帰るの?」
「はい」
と、そのまま鞄を持って立ち上がった東郷に、俺含む部内の三人が反応する。
「んじゃまた」と俺。
「さようなら、東郷さん」とヒラちゃん。
「それじゃまた今度ー」と島卓。
東郷もヒラちゃんを見て、軽く会釈する当たり、やっぱり新部長は人望があるな、と感じる。
そんで島卓の反応が三年の俺よりも同級生の東郷の方が丁寧という事実。あいつ俺の前だとイースとかウスとかしか言わないんだけど、なんなん?
軽い怒りを覚えつつも、島卓が東郷を好きって知っているから、大人な俺は速やかに教室を出ようとする。
「あ、先輩、ちょっといいですか?」
扉に手をかけたところで、ヒラちゃんの声で振り返る。
彼女も立ち上がっていたところだ。
「ちょっと話があるんですけど」
ちょっと話がある、そう言われて呼び出された時に良い話があった試しがない。
「忙しいんだけど」
「何故?」
「……べんきょー」
「はい?」
「……なんでもないです」
女子って威圧感ない? そりゃ牛山みたいにあからさまじゃないけど、今のヒラちゃんはちょっと怖かった。
「では、ついてきてください」
意外な先導力に少し驚きながら、ついていった先は体育館と校舎を結ぶ渡り廊下、いつぞやかドブがキヨに振られたって話をされた場所だった。
改めてヒラちゃんが俺を見て、その暗い瞳を俺に向けた。俺、同じこと言ってるね。
「それで先輩は、私のこと嫌いですか?」
「えええええ、なにその質問」
思わず震え声が出てしまう。それで、って何がどうそれで何だよ。何の話してたっけ?
「ずっと聞きたかったんです。先輩はこんなことを聞く人は嫌いでしょうけど、私が一年間あなたのことを好きだと言ってきたのに、それでも何も思われていないとするならば、それはそれで認めます」
「は、はぁ。とどのつまり、何がいいたいんでしょうか?」
なんか今日はプレッシャーをかけてくるようで少し怖い。最近のヒラちゃんは、どうも責めてくるような感じなのである。
そりゃ俺が告白されても『え、なんだって?』とか言ってたら非難されても仕方ないけど、こちとら思いのたけは全てぶつけているのである。こんな怒られる理由が分からん。
が、理由はようやく話されるのである。
「先輩も大学を受験して、新しい人間関係を作るでしょう。きっと黒野や元部長とは殆ど会わなくなるでしょう。……私も、会いたくない高校時代の一人ですか?」
目線を下げて、髪の毛で目を隠したヒラちゃん。
要するにあれらしい。
……自分で言うのも恥ずかしいけれど、俺がいなくなって寂しいとかそういう奴らしい。
モテる男はなんとやら、と言うが、普通に携帯電話の番号すら教えてないのが問題なのかもしれない。きっかけがなくて家族と藤しか登録していないのだ。海棠達も昔はしていたのだが、アドレス変更に伴い、もう知らない。
だが電話ができなくとも、彼女は俺の家を知っているし、会いたくないわけでもない。
「全然会うよ。ただ会う理由がないと会わないだけだね」
嘘偽りない言葉なのに、ヒラちゃんは何故か悲しそうな顔をした。
「……私、嘘でもいいから言って欲しいなんて、初めて思いましたよ……」
なんて言って欲しいのか、なんてことは流石に聞けない。けれど俺には空白の言葉は実際になんだったのか分からなかった。
安っぽい愛の言葉だろうか、はたまた社交辞令の遠慮の言葉だろうか。
昔の彼女なら絶対に言わなかった言葉だろうに、そんな悲しそうな顔で懇願されると俺も反応に困る。
「まあ、なに? クロとかキヨよりかは好きだって。俺は俺に好意持ってくれている人は好きだよ」
「でしょうね、ふふ……、じゃあ、戻りましょう」
言って足早に生徒会室に戻るヒラちゃんは、何かを諦めたようにも見えた。
ほどなくしてヒラちゃんとクロが付き合い始めた、なんてことをクロ本人から聞いた。
付き合うと言っても休日ちょっと一緒に遊ぶってくらいで、あんまり色っぽいことはしないらしい。というか正直なところ喧嘩ばかりしているらしい。
けれど二人はそのように、意見を戦わせることで、二人ともが普通になっていくのだろうと思う。
ま、ヒラちゃんに会うのが少し億劫になったのが、唯一の難点だ。




