栗林陸也の反省?
地獄が沢山あるということは、とある閻魔様の補佐の方からお聞きしました。オープニングテーマで散々聞いたよ。面白いアニメだった……。
そう郷愁に浸るも良いが、世の中にはそれに区別されない地獄もある。
たとえばこれ、テスト地獄!
チャイムが鳴ると同時に生徒達の歓声と溜息が入り混じったカオスな音が俺の心を苛む。
しかし本当に恐ろしいのが、溜息を吐いた人はテストが酷かったとは限らないし、歓声をあげた奴が良い点数を取るわけではないことだ。
海棠とか溜息吐いているし、栗林とか歓声あげてるし。
「っしゃー! 終わったぜ! 遊ぶぜ遊ぶぜ!」
物知りな伊津男たんは知っておるぞよ! ああいう輩はとにかく解放されたことに喜んでその後の地獄を知らぬのだ! えらいでしょ、褒めて褒めて!
はっ! 思わず幼児退行するほどに嫌気が差していた! 幼児であっても自分のことを伊津男たんなんて呼んだことはない。しょこたんくらいしかたん付けしてない。
あいつって確か万年赤点取ってる状況で平均マイナス五点くらいを取ろうとか言ってたのに、なんであんな明るく笑ってんの? 忘れちゃった? ありえる。
記憶か、記憶を失うっていろんな要因があるよね。ヒロインとか空から落ちてきた人ってそこそこ記憶を失うものだからな。あいつもそういう要素があるのかもしれない。
いや冗談で言ったけどそれもない。飯野伊津男は、栗林なんとかを、最低の屑と認識します。
正直、俺だってあいつが全くの悪い奴で昨今増えてきた憎むべき悪役だとかサイコパスて罪の意識を感じない奴だとは思わない。ただの一般人だと思っている。
しかし一切の不安を感じている様子がなく、他人を傷つけてもへらへらしているところなんて罪悪感を持ってない様子で……こ、こいつもしかしてモノホンのサイコちゃん?
なんだか怖くなってきたので一刻も早く離れようと立ち上がろうとした瞬間、その肩に手を置かれた。
「待って、一緒に帰らない?」
「あ、あなたは! 教室で堂々と話しかけることがまずないゲッツーさん!」
「説明口調どうも。で、いい?」
そんなに睨んだ風に言われるとはいともいいえとも言いづらい。ただ個人的には藤と帰りたいです。
牛山の後ろには海棠が無言で俺をじっと見つめている。背後霊のような、俺に恋する人のような、そんな熱烈な視線だ。恥ずかしいような、うざったいような。
俺は二人に何も言わず、藤の方をちらりと見た。が、藤はつんとした様子で目を閉じてあわただしく荷物をしまい、とっととバックレてしまう。
これはそういうことなんですか? つまりそういうことなんでしょ? こいつらと帰れってことなんでしょ!?
藤の許可がある以上、別にこいつらと帰ることもやぶさかではないのだが……。
笑顔の栗林とは数日くらい口を聞きたくないのが本音だ。
この間の喧嘩別れみたいなのも原因の一つだが、あいつだけはどうにも相容れない、水と油のような仲な気がする。
「なあ櫂斗、遊びに行こうぜ、どっかなぁ!」
栗林もそのままのテンションでこっちにまで来る。俺はどうするものか。
「よし、一緒に帰ってやってもよい」
「何その上から目線」
俺の決断に対する牛山の言葉も当然だが、それ以上なんか言われたら一人でだって帰ってやる。
「別にいいだろう。栗林もいいか?」
「モチのロンだぜ!」
やはりこうなるか。牛山、もっと粘っていいんだぜ。
四人で家に帰ると言っても、海棠と牛山はルートが別である。こないだ藤と海棠が二人で帰るということがあったように、校門を通って左が俺と栗林、右に牛山とか海棠とか、ってのがそれぞれの家ルートなのだ。
俺は栗林と二人きりで帰らねばならんのか、と吐き気に近い何かを抱えつつ、校舎内にいるうちに二人に言う。
「てかまだテスト一日目なんですが……」
土日を挟んで、まだテストは月曜、火曜と存在している。つまり地獄にホトケの状況、呑気に遊ぶなんて言う奴はいないはずなのだ。
そんな存在するわけのない存在、二律背反的なアンチノミー的な存在は、別に話しかけてもないのに俺に親指を立ててくる。
「だぁーいじょうぶだって! 休み二日もあるし!」
「テストも二日あるんですがそれは……」
変わらず能天気な栗林だが、海棠のごつい手が俺の肩を掴んだ。
「大丈夫だ。陸也もちゃんと勉強をしている」
「マジ?」
「大マジだ」
間髪入れずに海棠が言うのだから嘘ではないのだろう。しかしこの態度を見て欲しい。
うほいうほい、と喚きながら軽いステップを刻む彼、まるでおもちゃを与えられた猿である。パトランプみたいなのが乗っかったヘルメットをかぶった間抜け面の猿を想像してほしい。あれに近い。網で捕まりそうなアレだ。
しかしそれを諌める保護者はちゃんといた。
「ちゃんと勉強しないと殺すからね」
怒るからね、と同じくらいのテンションで軽く放たれた殺人予告に、栗林も流石に動きを止めた。パトランプみたいなのが黄色になったアレである。
「……まあ、息抜きもほどほどに、みたいな?」
腕をポキポキならしながらゲッツーさんが近寄ると、ランプが赤くなった如く栗林は駆けだした。
まんまあのゲームじゃないか……、しかし栗林とてゲッツーさんに走りで敵うなんて思ってないだろうに、それでも逃げるのか。
思いもせずに溜息が零れた。そんな背中を海棠にぽんと叩かれる。
「俺達も行こう」
「……まー、そうだな」
歩けば歩くほどに校門は近づく。栗林と二人で帰ることになる。辛め。
「それじゃ、バイバイ」
牛山が手を振るのを見送って、俺は栗林と並んで歩く。
……何この空気、僅か一秒で空気が凍り付くとかそういう能力者?
こいつは海棠達が一緒にいた時は賑やかそうと騒がしかったのに、俺と二人きりになった瞬間にぽつんと黙り込んでしまった。
まあ変なこと喋られても困る。それに余計なこと喋られてもムカついてたまらん。
俺の家よりも先に栗林の家がある。とっとと別れてしまって家で勉強しよう。テストはまだ二日あるんだ。
「なあ伊津男」
ついに話しかけてきやがった。
「なに?」
「お前に先に言っておくことがあんだけどなぁ!」
なんでこいつはちょっと怒っているんだ。俺が何したってんだ。それとも俺が何もしてないから怒ってんのか?
「おう、なんだ」
「俺だって勉強が本当に嫌で、めちゃくちゃ辛いんだ!」
「それがどうしたんだよ……んなもん知ってるってーの」
「だからよ……そりゃ、本気で死にたいなんて思ってねーけどさ……」
気まずそうな雰囲気で、ようやくこいつが何を言いたいのかわかった。
なんか黙ってたのも気まずいからなんだろう。
「死にたいって言いたくなる時くらいあるだろ。だから、悪気はなかったんだって……」
「もういいよ。気にしてないし」
「ごめん! 悪かった……」
俺は気にせずに先に進んだ。
「ほら、おまえんち、俺はもう帰るから、ちゃんと勉強しろよな」
「お、おう!」
栗林は幼稚園児でもしないくらい、手をぶんぶん振って別れを告げた。
一人になった。
栗林の奴も少しは反省して、海棠達の言う通り多少は真面目にやっているのかもしれない。
けれどこのことは深く考えないことにした。
本当にあいつが反省しているかどうか、俺の前でそういうこと言うデリカシー、などなど言いたいことを考えれば考えるほどに、どんどん文句が溜まっていくからだ。
溜めると分かっているなら相手にしない。華麗な無視も生きるためには重要だと思う。
ともかくこの一週間は色々あって、普段のテスト期間よりも勉強が不足している。
明日と明後日、そしてテストのある月曜日、この三日間はマジでやらねば……。




